第28話 土曜日はエッチの日ですか?

 

 カオスな飲み会はまだ続いていた。


 玲子さんが楓さんを説得しているようですが、楓さんも頑固なのかまったく相手にしていないようです。


 想像だけど、楓さんが厳しい家庭環境の中で感じていたストレスを発散するため、あのエロ本のような内容を夢見て妄想していたに違いない。


 きっと叶わない夢、叶っちゃいけない夢と信じて自制して生きてきたのだろう。


 それが僕のせいで現実になっちゃいそうなのだ。兄貴は年上だしエロ本の設定とは異なっているが、年下に見える合法ショタっ子、しかも美少女? 良く分からないけど設定が盛り盛りで興奮しているんだと思う。


 兄貴と仲良くなれば、必然的に天王寺家は僕とも縁が出来る。つまり玲子さんのお母様を味方に付けることが出来るのだ。


 もしかしたら楓さんの場合、既に婚約者とかいたのかもしれない。玲子さんの実家はすごく立派で歴史を感じたから、政治的な婚姻とか普通にありそうだったし。修二と玲子さんも昔からの幼馴染で仲良くやっているが、元々は許嫁だったのかもしれないね。


 つまり、まだ見ぬ婚約者よりも、うちの兄貴の方が幸せになれると感じているんだと思う。あの楓さんの食いつきを見る限り、兄貴は楓さんの好みに適合しているようだ。少なくとも僕よりも。だって僕は許容範囲だったからね!


 兄貴もこのままコスプレしているだけじゃダメだろうし、楓さんに良い方向へ導いて貰いたいです。よし連絡先をあげちゃおう!


「楓さん、これ兄貴の連絡先ね」


「ありがとうございます中野さん。ヒナタちゃんは私が幸せにします!」


「う、うん……宜しくお願いします。でもうちの兄貴、就職決まってないから来年ニートかもしれないよ?」


 どうやらうちの兄貴、就職活動で圧迫面接にあったらしい。なにやら容姿をボロクソに言われたり、嫌な事があったそうです。そこからもうやる気が無くなってしまったらしく、コスプレして遊んでいる。


「大丈夫です。お母様に言ってグループ会社のどこかに入れて貰いますので安心して下さい」


 まさかの身内採用! あれ、兄貴にとって楓さんは最高の相手なんじゃないかな!?


 というかグループ会社って何ですか? まあ今は聞かなかったことにしよう。


「薫さん、うちのお母様に会って下さいね?」


「えっ!?」


「だってそうでしょう? 薫さんのせいで、もう楓を止められませんわ。日向さんを紹介した薫さんが責任を持ってうちのお母様に説明して下さいね」


 玲子さんは笑顔だけど、目の上がピクピクして怒っているように見えます。そもそもの原因は楓さんを連れて来た玲子さんが悪いと思います。


 そうだよ。玲子さんが楓さんを連れて来なければこんな修羅場にならなかったし、全部玲子さんが悪い!


 でもダメだ。僕は玲子さんには頭が上がらないのです。だから僕が言えることは一つだけ……。


「はい、よろこんで!!!」


「先輩ずるいです! 私も連れてってくださいね!」


「じゃあ今度の土曜日に実家へ行きますわよ。いいですね?」


 土曜日か、あれ、今度の土曜日って何か予定があったような気がするぞ……。


 なんだっけ、デートするんだっけ?


「ダメです! 土曜日は先輩のお家でエッチするんです!!」


「……」


 僕は思わず顔を両手で覆ってしまい、下を向いてしまった。僕の彼女はどうしてしまったのだろうか。出会った頃の小動物みたいなプルプルと震えて毒を吐いてくる可愛い葉月ちゃんはどこに行ってしまったのでしょうか。でもこんな葉月ちゃんも大好きです!


 それよりも、エッチじゃなくてイチャイチャするんじゃなかったっけ?


 もう葉月ちゃんの中ではエッチな事をするのが決定されているっぽいです。これは男として僕も準備せねば……。


 というか、葉月ちゃんの宣言でまた空気が凍っちゃったじゃん!


 顔を塞いで下を向いているからみんなの表情が見えないけど、きっと楽しい事になってるよね!


 もう僕は反応しませんからね! 玲子さんが全部悪いんですからね!


 ずっとこのまま両手で顔を覆って、嵐が過ぎ去るのを待とうと思います。


「……先輩? そうですよね? 土曜日はエッチの日ですよね?」


 酷いよ葉月ちゃん、それを僕に振るの? 何て答えたらいいんだろう……。


 土曜日はエッチの日、すごく良い響きだねって返そうかな?


 このままカオスな状況を放置する訳にはいかないな。とりあえず、ありきたりな回答で濁そう。


 僕は下を向くのをやめて、葉月ちゃんの目を見て諭すように言ってあげた。


「葉月ちゃん、土曜日はお家デートでしょ?」


「……先輩、何を小学生みたいな事言ってるんですか? お家デートって言ったらセックスですよセックス。もうプロポーズまでしたんですから最後までやりますからね!」


「……」


 僕はまた顔を両手で覆ってしまい、下を向いてしまった。


 葉月ちゃんってお酒飲んでたっけ? そっか、僕が酔っ払って夢を見ているんだ。


「葉月お姉さま素敵です!」


「……カオスだな!」


「カオスすぎて、もう手に負えませんわ……」


 カオスな夜はまだまだ続く……。




   ◇




 少し落ち着いてきた頃、僕は思い出した。玲子さんにお金を返そうと。


 やっぱり占いの結果として楓さんが助かったとはいえ、5万円もの大金を受け取る訳にはいかない。


 玲子さんからしたら、交通費と治療費、あと感謝の気持ちとしてお金をくれたんだと思う。


 けどやっぱり僕は違うと思った。豪勢なお昼も頂いたし、感謝の気持ちを貰っただけで満足なのである。


 だから僕は玲子さんにお金を返そうと思う。


「玲子さん、これ昨日の手紙に入ってたお金、僕は貰えないから返すよ」


 僕はカバンから封筒を取り出し、そのまま玲子さんに渡した。


 玲子さんはちょっと驚いた表情をしていたけど、笑顔で受け取ってくれた。


「薫さんがそう言うのでしたら受け取りますわ。……でもそうですわね、これは葉月ちゃんに差し上げますわ」


 僕が渡した封筒は、葉月ちゃんの手に渡ってしまった。どういうことだろう?


 葉月ちゃんも封筒を受け取り、中身を見てビックリしている。


「童貞の薫さんじゃ私の気持ちを受け取ってくれないようですわ。葉月ちゃんはそのお金で今よりもっと可愛くなって、頑張って薫さんの童貞を卒業させてあげてくださいな」


「ふふ……分かりました玲子お姉さま。私が先輩の童貞をしっかりと頂きますね!」


 僕はまた顔を両手で覆ってしまい、下を向いてしまった。


「お姉さま素敵です!」


「すげー会話だな!」


 もう僕はずっとこのまま下を向いていようと思う。


 玲子さんも酷いよ。童貞ってバカにしてセクハラだよね!? それに女の子が簡単に童貞とか言っちゃいけません! 葉月ちゃんもだよ?


 誰か僕を慰めて下さい。慰めてくれるまでずっとこのまま貝のように縮こまっていようと思います。




『…先輩? 朝ですよ~。起きてくださ~い。早く起きないと遅刻しちゃいますよ~』




 僕のスマホから急に葉月ちゃんが話し出した。思い出したぞ、葉月ちゃんが帰るの遅くならないようにアラームをセットしていたのだった。つまり現在時刻は21時です!


 でも僕は聞こえません。貝になってます。みんなも反応ないし、ずっとこの下を向いていよう。


 あ、でもアラーム消さないと……。




『………………起きてくれないと…………キス……しちゃいますからね……』




 その瞬間、僕は顔を掴まれ強制的に起こされてしまった。僕は驚いて顔から手を離すと、視界に葉月ちゃんが飛び込んできた。


 そしてそのまま、僕の口内は葉月ちゃんに侵略されてしまった。


「んぅ……」


 僕は抵抗できず、ただただ葉月ちゃんの舌責めこうげきを受け続ける事しか出来ないのだった……。





「……ぷぁっ」


「はぁ……はぁ……」


 どれくらいキスをされていたのだろうか? やっと解放され正常に呼吸が出来るようになった。もう僕の口内は葉月ちゃんでいっぱいです。


 新鮮な空気が美味しい。まさか本当にキスされてしまうなんて思ってもいなかった。これではもう貝に戻れない。


「もうお前らあれだな、結婚しちゃえよ」


「そうですわね。さっさと婚姻届を提出した方がいいですわよ」


「葉月お姉さま、素敵です!!」


 そうしてカオスな飲み会は、僕のセットしたアラームによって強制終了されたのであった。





   ◇おまけの葉月ちゃん◇





 今日は初めて飲み会に参加しました。玲子お姉さまの妹の楓さんは、最初ちょっとだけイラッとしたけど、良い人でした。もしかしたら将来は親戚になるかもしれないし、仲良くしようと思います。


 楽しい飲み会が終わり、何故かぐったりしている先輩に家まで送って貰いました。もちろんお別れのキスをしましたよ。


 今日の先輩はちょっとアルコールの匂いがして、いつもと違う感じでドキドキしちゃいました。


 エレベーターで移動し、玄関を開けて中に入ります。靴を見たところ、お父さんも帰って来ているようです。


「ただいま~」


 リビングに行くと、お父さんとお母さんがワインを飲んでいました。いいな~、早く私もお酒が飲みたいな。


「おかえり葉月ちゃん。飲み会は楽しかった?」


「はい、楽しかったです。先輩も帰りが遅れないように時間を気にしてくれて、家まで送ってくれました」


「あら~いいわねぇ。薫くんだっけ? 今度会いに行ってみようかな~」


 ふふ、お母さんは先輩の事を気に入っているようです。そういえばお父さんには先輩と付き合ってる事を言ってなかったような気がします。まあお父さんだし、いいですよね。


 私もソファーに座り、おつまみのチーズを頂きます。


「今日、先輩にプロポーズされちゃった。それでね、私からもプロポーズしました!」

 

「葉月ちゃん、もしかしてお酒飲んじゃった?」


「ぷ、プロポーズだと!? どういう事だ葉月!」


 あれ、そこはおめでとうって祝ってくれるとこだと思ったのですが、違ったようです。あとお父さんうるさいです。


「先輩が卒業するか、お金が貯まったら結婚することにしました。だから遅くてもあと2年したら結婚しますね?」


「まぁ葉月ちゃん、随分と進んでるのね~。お付き合いしてどれくらいだっけ?」


「け、結婚? 葉月が?」


 なんかお父さんが壊れちゃいました。ワインを一気飲みして下を向いてブツブツ独り言を言ってます。


 先輩と付き合ってどれくらいだろう? もう2年くらい経ってる気がするけど……。


「だいたい1ヶ月くらいかな?」


「まぁ! 葉月ちゃん早いわね~」


「い、1ヶ月で結婚? 騙されてるんだろその薫とか言う奴に!」


 もうお父さん、さっきからうるさいですね……。


 先輩の事を悪く言うなんて許せません!


「お母さん、ちょっと相談があるから私の部屋でお話しましょう」


「分かったわ」


 そうしてお母さんを部屋に連れて行きます。


 リビングにはお父さんが一人、ポツンと取り残されています。


 何やらブツブツと言ってますが、先輩の事を悪く言ったので許してあげません。





 お母さんと一緒に私の部屋に移動しました。お母さんがベッドに座り、私は勉強机の椅子に座ります。


「さっきのプロポーズって本当なの?」


「ふふ……先輩にずっと一緒に居たいってプロポーズされました。将来は子供たくさん作って、笑顔が溢れる優しい家庭を一緒に作ろうって言われましたよ」


 先輩と一緒に住んで、子供作って、ずっと一緒に居る。そう考えただけで笑顔になります。


「うーん、随分と進んでるのね。でもまだ付き合い始めて1ヶ月でしょう? 結婚を決めるには早いと思うわ~。だって葉月ちゃん、家事だって何も出来ないでしょう?」


「う゛っ……はい、家事やった事ないです。でも先輩、家事出来なくてもいいよって言ってくれました……」


 そうでした。先輩は家事出来なくても一緒にやろうって言ってくれました!


「薫くんはそうかもしれないけど、基本的に男の子は家事をやらないものなのよ? よく見て見なさい、パパが家事してるところ見たことある?」


「無いです……」


 そうでした。私の知っている男性はお父さんが全てと言っても過言ではありません。


 お父さんは基本的にお仕事が多いので家にいることが少ないです。そして、今までお父さんが家事をしているところなんて一度も見たことがありません。


 先輩も家事が得意じゃないって言ってました。つまり、私が先輩をフォロー出来るくらい上達する必要がありますね!


「お母さん、家事を教えてください」


「ええ、明日から一緒に頑張りましょうね♪」


 やっぱりお母さんは頼りになります。早く家事が出来るようになって、先輩を支えてあげたいな。


 そうだ、お母さんは協力してくれそうですし、思い切って聞いちゃおう。


「ねぇお母さん、今度の土曜日に先輩の家でセックスするんだけど、どうしたらいいですか?」


「……」


 お母さんが固まってしまいました。せっかくのチャンスです、経験者にいっぱい質問しようと思います!


 そうして夜が更けるまで、お母さんに色々と教えて貰いました。


 待ってて下さいね先輩。先輩の童貞は私が貰ってあげますからね!!

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