第25話 発情期ですか?


 今朝は自然と目が覚めた。昨晩は興奮して色々と頑張ってしまったが、目覚めはスッキリでした。


 まずは顔を洗い、身支度を整える。ワックスを付けてみたけど、あまり上手くいかなかった。もう少ししたらカリスマ美容師のところへ行く必要があるだろうか? またお金が無くなります……。


 今日は土曜日なので朝からバイトです。そしてなんと、夜は飲み会があるのです!! 実は昨晩、玲子さんから電話があった。以前初デートの翌日に玲子さんと賭けをしたやつです。僕が葉月ちゃんとキスをしたのかを賭けた結果、僕の勝利でご馳走してくれることになっている。しかも葉月ちゃんも一緒です。


 その飲み会の場で、昨日のバス事故回避の件について話をしようという事です。


 よし、まずは気合を入れてバイトしよう。いっぱいお金を稼がなくてはならないのです。その前に今日の運勢を見ておこう。……そろそろ金運アップ来たかな?




【中野薫】


※今日の運勢※

 修羅場の危機!! 鑑定を使って乗り切ろう♪

 あと、金運上昇にはレベルが足りません。




「修羅場!?」


 修羅場ってなんでしたっけ?


 スマホを取り出しググって見たら、『戦乱・闘争の、悲惨をきわめた場所』って出てきました。ふぅ、僕には関係なさそうだ。セーフセーフ。


 あれ、下の方に恋愛の修羅場っていうのがあるぞ? 


 『恋愛において修羅場とは、浮気や二股、不倫など“裏切り行為”の決定的証拠を見つけてバトルを繰り広げること』って書いてあった。ふぅ、僕には関係なさそうだ。セーフセーフ。


 何故だろう、冷や汗が止まらない。僕は葉月ちゃんを裏切るような事をしたのだろうか? 全然思い出せない。とりあえず、彼女優先で生活しよう。




   ◇




 今日は朝から17時までバイトです。午後から葉月ちゃんがシフトに入っているのでそれまで耐えようと思います。


 午前中は加藤さんとギャルAこと明日香さんと一緒です。二人とも仕事がテキパキとしているので負けないように頑張ろう!


 朝のピークが終わり、お客様の帰られたテーブルを掃除してキッチンエリアで洗い物をしていたら、急に加藤さんが近づいてきた。というか、接触してきました。僕の左腕を抱きしめています。なぜ!?


「中野く~ん。香水付けてる? 今日の中野くんはすごく好きな匂いがするんだよね~♪」


「ちょ! 加藤さん抱き着かないで下さい! あとクンクンしないでください~!」


「そんな事言わないで~。すっごく好きな匂いなのよ~。クンカクンカ」


 どうしたんだろう加藤さん。今までこんな事無かったのに……。左腕に葉月ちゃん以上に柔らかい感触が……。


 匂いってなんだ? いつもと違う事って何かあったかな……?


 もしかして、昨晩のソロ活動か!? 確かに昨晩は一人でお楽しみだったけど、匂いなんて残ってるのか?


「あー、中野サボってる!! しかも浮気してんじゃん、まじうけるー!」


「ちょ、加藤さん離れて下さい!!」


「あぁん、良いところだったのに~」


 強引に加藤さんを引きはがし、距離を取る。


「一体どうしたんですか、加藤さんらしくないですよ!?」


「なんかね~、中野くんの匂いを嗅ぐとね~、こう、お腹がキュンキュンしちゃうの。そういうの、あるよね♪」


「ないですよ!!」


「うわ~! 葉月にチクっちゃお~」


 これが占いにあった修羅場の始まりなのか!?


 とりあえず加藤さんを避けて距離を取る。そういえば今日の運勢に『鑑定を使って乗り切ろう♪』ってあったよね。ちょっと見てみようかな。




加藤紅葉かとうもみじ


 22歳バイトリーダー独身彼氏なし。

 身長160cmくらいでボブカットが似合う優しいお姉さん。でも何故か彼氏なし。

 豊満な体を武器に、年下の男の子を甘やかしてドロドロにしてしまう年下キラー! でも何故か彼氏なし。

 彼女の毒牙にやられた純真な男の子は、性癖が歪んでしまうという怖い人です。でも何故か彼氏なし。

 気を付けて、彼女の食欲せいよくを満たすには、体1個じゃ足りないのだから……。


※所有スキル※

 童貞が醸しラブ出す芳醇な性臭サーチ


※今日の運勢※

 今日は発情期です♡ 

 近くに美味しそうな匂いがするから狙っちゃおう♪




「ひぃっ!」


「ひどいわ中野くん、私の顔見て悲鳴を上げるなんて!」


「ち、違うんですごめんなさいー」


 ここに居たら危険なので一旦ホールに出ようかな。それよりもスキルが増えてるよ。なんで~!?


「僕はホール行ってきますので、洗い物お願いしますね!」


 そうして僕は、加藤さんの魔の手から逃げたのであった。




   ◇◇





 そろそろお昼時という時間になった頃、珍しい人を見つけた。


「あれ、修二来てたの?」


 店内を巡回してお客様へのサービスを行っていると、二人席に修二だけがポツンと座っていた。


 玲子さんは居ないようだ。


「おっすー! さっき帰って来たところ」


「玲子さんは?」


「玲子はまだ実家にいるぜ。色々と話し込んでたから先に帰って来た」


 久しぶりか分からないけど、実家に戻ったから家族で色々と語り合っているのかもしれない。


 修二はきっと肩身狭くて逃げて来たんだろうな。彼女の実家なんて行ったことないけど、僕がもし葉月ちゃんのお家にお邪魔したら、ずっと震えている自信があるね!


「あんまり聞きたくないけど、あの後どうなった感じ?」


「楓は夜には体調が良くなったから大丈夫だ。あっちの親に事故の事とか簡単に説明したけど、親父さんは半信半疑だったな」


「そりゃそうだよね。信用する方がやばいと思う。別に信用して欲しい訳じゃないし、どっちでも良いけどね」


 そもそもな話、玲子さんのご両親に信じて貰わないといけない事なんて何もないのである。


 楓さんが事件に巻き込まれないようにあれだけ動いてしまったから説明が必要なだけであり、説明しないでも良いと思っていた。だから玲子さんに丸投げしました。


 玲子さんがどういう風に説明したのか分からないけど、問題になるような事はないだろう。


「薫、注文良いか? オムライスランチ頼む。食後にブレンドコーヒーで」


 どうやら報告のついでに、お昼を食べに来たようだ。修二がお店に貢献すれば、僕のお給料に反映されます! よし、何かサイドメニューとか追加させようかな。


「かしこまりました。ご一緒にケーキも如何ですか!?」


「ケーキかー。今日はいいや」


「そう言うと思った」


 二人して笑ってしまった。修二はそこまで甘いもの好きじゃないからね。




   ◇◇◇




 お昼の休憩時間になったので休憩室に来ました。見たところ、誰もいないようだ。


 さて、賄いのお昼ご飯を頂きます。今日のご飯は自分で作ったオムライスです。修二のを見て美味しそうだったから作ってみました。マスター直伝のフワフワオムライスではなく、玉子を半熟にしてトロトロにしたオリジナルです! ケチャップが効いたチキンライスにトロトロの玉子が絡まって、とても美味しいです。


 これなら家でも作れそうだけど、あのボロアパートのキッチン設備じゃ作れないよなー。キッチンの大きな家に住みたい。はぁ、やっぱりお金か……。


 パクパクもぐもぐと食べていたら、女子更衣室からギャルBこと綾香さんが出て来た。


「チーッス中野パイセン! 旨そうなの食べてますね~」


「こんにちは綾香さん、賄い頂いてます」


 綾香さんはこっちをジロジロと見てきて、なかなか休憩室から出て行かない。誰かを待っているのだろうか?


 コンソメスープを飲み、口を落ち着かせる。あっさりとしたコンソメスープはとても美味しく、お店の評判にもなっている。


「ねーねーパイセン! 一口ちょ~だい」


「えぇ!?」


「早く早くー、遅れちゃうから~」


 綾香さんが僕の右腕にしがみ着き、体をゆすってくる。香水の匂いだろうか、葉月ちゃんとは違った甘い匂いがする。


「わ、わかったから離れて!」


「あざーっす。じゃあはい、あ~ん……」


 綾香さんが離れてくれたけど、今度はあ~んを要求してきた。さすがにあ~んはダメだと思います。


「いや、スプーン渡すから、それでどうぞ」


「はやくはやくー、あ~ん」


 ダメだ聞いてくれない。綾香さんは小さな雛鳥のように口を開け、僕があ~んするのを待っている。


 葉月ちゃんとはまた違った小さな唇が妙に艶やかで、思わず生唾を飲んでしまった。


 まあ、一口ならいいか。さっさと終わらせよう。スプーンでオムライスを掬い、綾香さんのお口に運んでいく。


「ん~、うまー! 中野パイセンちょーうまー! あ~んして貰うご飯うまうま~!」


「ちょ、何か言い方が変だよ?」


 おかしい、何時のも綾香さんはこんな事をしないはずだ。しかもやけに大きな声で喋ってる。何かあるのか!?


「じゃあパイセン先行ってますね。……葉月パイセンちゃんゴチっす!!」


「ふぁっ!?」


 何故ここで葉月ちゃんの名前が出るんだ? 聞きたくても綾香さんは更衣室を出て行ってしまった。


 やばい、心臓がバクバク言ってる。落ち着こう。綾香さんの冗談かもしれないじゃないか。部屋を見回すがどこにも葉月ちゃんの気配はない。


 ふぅ、大丈夫そうだ。セーフセーフ。


「……先輩、浮気ですね?」


「ぴぃ!?」


 変な声が出てしまった。後ろを振り返ると、女子更衣室のドアの前に葉月ちゃんが立っていた。ちょっと目のハイライトが消えていて怖いです。


「更衣室で綾香さんと賭けをしたんです」


「か、賭け?」


「そうです。綾香さんから提案されました。先輩がお昼ご飯食べているのが分かりましたから、綾香さんが一口貰えるかどうかって賭けていたんです。一口上げるぐらい良いかなって思っていたんですが、まさかあ~んしてあげるなんて酷いです!」


「あ、えっと、ごめんなさい葉月ちゃん、断れなくてつい……」


「次は絶対に断って下さいね!」


「わ、分かりました!」


「はぁ、綾香さんの言う事なんて聞かなければよかったです。恋人なら絶対大丈夫とか煽られました……」


「ごめんね葉月ちゃん、僕も葉月ちゃんの彼氏だって自覚持ってしっかりするから、許してください」


「ふふ、そんなに怒ってませんよ。……でも、浮気しちゃダメですよ?」


「もちろんだよ。僕は葉月ちゃんを愛してます!」


「……先輩」


 葉月ちゃんが手を広げてハグしてアピールをしている。そうだ、僕は葉月ちゃんに寂しい思いをさせてしまった。彼氏として、しっかりとケアする必要があるよね!


「ごめんね葉月ちゃん」


 葉月ちゃんを優しく抱きしめた。顔が葉月ちゃんの髪に埋まり、甘い香りに酔いそうだ。クラクラしてくる。


 胸に当たる感触は加藤さんとは違う甘えたくなる柔らかさ、綾香さんとは違う甘い香り、もうこのままずっと葉月ちゃんと一緒に居たいと思った。


 葉月ちゃんからも優しくハグしてくれて、幸せを感じる。


 でも、急に葉月ちゃんが痛いくらい強く抱きしめた来た。


「……先輩から加藤さんの匂いがします」


「……っ!」


 あれか? 午前中にあった加藤さんの発情期のせいなのか!? 葉月ちゃんは加藤さんの匂いとか分かるのか……。


 どうしよう、せっかく良い雰囲気だったのに危険だ。何て返事をしたら良いんだ?


「……先輩、浮気ですか?」


「僕は葉月ちゃんだけを愛してます!」


 咄嗟に叫んでいた。あれは浮気になるのだろうか? 焦る、そもそも、浮気ってどこまでが浮気になるの?

 

 もうだめだ、素直に白状しよう。


「午前中のシフトでちょっと加藤さんと接触があっただけなんです。決してやましい気持ちはありません! 葉月ちゃん愛してます!」


「はぁ……。加藤さんにも困っちゃいますね。でも先輩、しっかりして下さいね?」


「もちろんです!」


 葉月ちゃんの拘束が弱まった。そうだよね、もっとしっかりしないとダメだよね!


 抱き合ったまま、葉月ちゃんが顔を見つめて来た。


「今度の土曜日は先輩もシフト入ってないですよね?」


「う、うん。一日空いてるよ。どこかデートに行こうか?」


 来週の土曜日は珍しく葉月ちゃんもシフトに入っていないので、二人ともフリーです。


「じゃあ土曜日は先輩の家で、お家デートしましょう!」


「お、お家デート!?」


「なんですか? 私とお家デートするの、嫌ですか?」


「全然嫌じゃないけど、狭いし……ゲームも持ってないから何も遊ぶものないよ?」


 お家デートって何するの? 分かった、レンタルビデオ店でDVDとか借りて一緒に見るやつだ。でもDVDプレーヤーなんて無いからテレビしか映らないや……。


「いいんですよ先輩。一日中先輩の家でイチャイチャしましょう?」


「……イチャイチャ!?」


 一日中イチャイチャ? こんな感じでずっと一日いるの? 嬉しいけど下半身とか色々と限界になって、拷問のような感じになりそうなんですけど……。


「……先輩、いまエッチな事を考えましたね?」


「そ、そんな事考えてないよ?」


「ふふ、目が泳いでますよ先輩」


「え、エッチな事なんて考えてないもん!」


 やばい、僕は葉月ちゃんに弄ばれてる。年下の女の子に手玉に取られるなんて……悔しい、でも感じちゃう!


「私が卒業するまでセックスはダメですけど……先輩知ってますか?」


「な、何を?」


 葉月ちゃんが僕の耳に口を寄せ、囁くように呟いた。


「……挿入しなければセックスにならないんですよ♡」


「エッッッッ!」


 あのクールでちょっと毒舌は吐いてた葉月ちゃんはどこに行ってしまったのだろうか?


 でもこんなエッチな葉月ちゃんも大好きです!!


 葉月ちゃんと見つめ合う。葉月ちゃんも恥ずかしいのか、顔が赤いです。きっと僕も真っ赤だと思います。


「だから先輩、土曜日は一日中イチャイチャしましょうね?」


「え、えっと、わかり……」


 答えを言う前にキスをされてしまった。10秒くらいの軽いキス、口内侵略はありませんでした。


「んぅ……」


 葉月ちゃんの艶めかしい声が脳を揺さぶる。


「じゃあ先輩、しっかりと働きましょうね!」


「……う、うん」


 僕はちょっと前屈みになりながら、返事をするので精一杯だった。


 葉月ちゃんは満足したのか、僕の横の席に座ってニコニコしている。


「さぁ先輩、早く食べないと休憩終わっちゃいますよ?」


「そうだね、早く食べちゃおう」


 僕も席に座り、冷めてしまったオムライスを食べようと、スプーンを掴もうとしたら葉月ちゃんに奪われてしまった。


「もう、しょうがないですね先輩は。私が食べさせてあげますね♪」


 スプーンを持ってニコニコの笑顔を向けてくる葉月ちゃんを見て、僕はもうこの子から離れられないのだと確信してしまった。

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