第24話 妖艶なキスですか?
タクシーの車内を、沈黙が支配していた。
タクシーの運ちゃんはビビってしまい、カーラジオまで止めてしまった。誰も喋らず、重い空気がのしかかる。
あの後、女子高まで歩いて戻り無事にタクシーに乗ることが出来た。そこまでは良かった。
僕が助手席に座り、後部座席の真ん中に玲子さんが座った。そして玲子さんの左に修二が、右に楓さんが座る。女性に配慮した良い配置だと思う。
タクシーの運ちゃんは50代くらいのダンディなおじ様で、声が渋くて素敵でした。
玲子さんが住所を伝え、タクシーは軽快に走り出した。
タクシーのカーナビを信じるならば、あと30分くらいで目的地に到着するっぽいです。
カーラジオから流れる流行りの歌を聴きながら外の景色を眺め、痛む頬に顔を歪めていたら、空気を読んだのか読んでいないのか、良く分からないけどタクシーの運ちゃんが渋い声で話しかけてきた。
「お兄さんすごい顔だねぇ。どうしたんだい?」
「えっ!? あ、はい、ちょっとやらかしちゃいました」
ちょ、運転手さんやめてください。加害者が後ろに座っているんです。空気読んで!!
「その傷を見ると殴られたのか? 察するに喧嘩か~。喧嘩は良くないぜ? 特に暴力は駄目だ。人間ってのは動物と違って言葉を使えるんだ。暴力で全て解決するような愚行に走っちゃお終いだぜ?」
「だ、大丈夫です! 気にしないで下さい……」
助手席からは後ろが見えないけど、玲子さんから殺気が漏れてます。運ちゃん気付いて!!
「お兄さんもやられたからってやり返しちゃ駄目だぜ? 暴力を振るう……」
「運転手さん、うるさいですわ!! 今は何も聞きたくありませんの、黙ってて下さらない!?」
「あ、はいっ!」
玲子お嬢様のキツイ言葉にダンディな運転手さんも察したのか、背筋を伸ばしてシャキっとしちゃいました。あぁ……カーラジオも消されてしまい、アイドルの可愛い歌が消えてしまった。
そこから20分以上誰も喋らず、聞こえたのは車の走る音だけでした……。
沈黙した車内にカーナビの到着を知らせる音声が流れた時、渋い声のダンディなおじ様がホッと息を吐いたのを見た。運転おつかれさまでした!
「お釣りは要りませんわ。取っておきなさい」
「あ、ありがとうございます!」
お金はこれまた玲子さんが払ってくれたのですが、さすが玲子お嬢様です。1万円札をそのまま上げちゃいました。
こんなセリフはドラマの世界だけだと思ってたけど、リアルで聞けるなんて幸せです。今度飲み会で千円だして、お釣りは要りませんわって言ってみようかな!
タクシーから降りて辺りを見回すと、正面に大きくて立派な洋風な門が待ち構えていた。門の左右には高さ2mを超える頑丈な塀が遠くまで伸びていて、簡単に侵入出来そうにありません。よく見ると監視カメラもいっぱい付いている。
玲子さんがインターホンを操作してゴニョゴニョしていたら、門の奥から家政婦さんが走って来るのが見えた。きっと少しでも遅れたら玲子お嬢様の厳しい罰が待っているんだよ。玲子さんが家政婦をしかるとか、ちょっとドキドキするね!
「薫さん、変な事を考えるのはやめていただけますかしら」
「な、何も考えてないよ? 広い御屋敷だな~って思ってただけですよ?」
「嘘ですわ。薫さんが変な事を考えると、顔がニヤニヤしてますのよ」
「ええぇぇ!!」
まさかの新事実発覚! これって玲子さんにしかバレてないよね? 葉月ちゃんにバレたらまずいぞ……。
「……ふふ、あ、ごめんなさい……」
おお、楓さんが笑ってくれた。もしかしたら心に傷を受けて塞ぎこんでしまうかと思っていたけど、大丈夫そうだ。やっぱり女の子は笑顔が良いよね!
「謝らないでいいよ! (女の子は)笑顔が可愛いんだから、もっと笑ってくれると嬉しいな」
「……っ! は、はい……」
「さすが薫だぜ!」
「薫さん、葉月ちゃんに言いますわよ?」
「そんな~」
みんなで笑っていたら、家政婦さんが来て中へ案内してくれた。いつもだったら楓さんが帰って来る時間に、門のところで家政婦さんが待っているらしいです。
入口の門からして立派だったけど、敷地内の建物も立派でした。綺麗に手入れがされた植物や大きな池までありました。すごいお家だ。
立派な玄関に入り、スリッパを履きリビングに通された。畳張りの家かと思ったら、中は普通に洋風な感じがします。住みやすさ重視なのかもしれない。そもそも、玄関だけで僕のワンルームと同じくらいの広さだったけどね!
リビングというか客間っぽいところに案内され、大きなテーブルに立派な装飾がされた椅子が並んでいます。とりあえず修二の隣に座っておけば大丈夫な気がする!
「もうお昼ですから、出前を取りますわ。お寿司でいいかしら?」
特に異論もなく、みんな頷いていました。お寿司なんてお正月に食べて以来な気がします。そもそも出前でお寿司って食べたことないです!
「楓は体調が悪いのでしょう?
「はい、お姉さま」
楓さんはお部屋に戻られました。戻る途中、案内してくれた家政婦さんに話しかけていたから、あの家政婦さんが恵子さんだと思います。
玲子さんが他の家政婦さんに何やら相談しているようです。なんだろう?
「薫さん、治療をしますのでこちらに来てくださいな」
玲子さんに呼ばれ、客間の奥にあるソファーへ案内されました。座ってみると、すごくフカフカしてるけど反発のある、座ったことのない感じのソファーでした。寝れそうです。
30代前半くらいの綺麗なお姉さまが、僕の前に膝をついて見つめてきます。やばい、ドキドキする……。
「中野様、まずはお口をゆすいで下さい」
そう言われ、コップの水を口に含み、蓋の着いたバケツのようなものにペッと吐き出した。ちょっと血が混じっていたかもしれない。
3回くらい繰り返し、OKが出た。
「痛いかもしれませんが、少し大きく口を開けて下さい」
口を大きく開いた時、ちょっと頬が痛かったが、我慢しました。お姉さまがペンライトで口内を観察し、薄い手袋をして中の傷に薬を塗ってくれました。
「縫う程の傷になっておりませんので、軟膏を塗りました。しばらくこれで様子を見て頂き、治らないようでしたら病院へ受診して下さい」
「ありがとうございました」
その後、頬を冷やすための氷嚢を持って来てくれました。詳しく聞いたところ、傷は口内だけで、頬はビンタされた方だけ赤くなっているようだ。しばらく冷やせば治るだろうと言われました。このお姉さん、お医者さんなのかな?
◇
客間に座りしばらく雑談をしていると、お昼ご飯のお寿司が運ばれて来ました。それぞれ個別に寿司桶が並べられ、とても豪華です。
「楓は体調が悪いようなので部屋で寝てますわ。薫さんごめんなさいね」
「いえ、全然お気になさらず。お大事にしてください」
なんだろう、この豪華な御屋敷にいる玲子さんは、いつもの10倍くらい高貴なオーラを発しています。緊張する!
寿司桶を覗いてみると、赤身やトロ、イクラ、ウニ、頭の着いた海老など、見たことがない豪華なラインナップです。お吸い物もありました。
「どうぞ召し上がって下さいね。お代わりもありますので遠慮なくどうぞ」
「頂きます!」
修二と被ってしまった。お箸を持ってまずは赤身から頂こうかな。よく見るとお箸も金箔っぽいのが施された黒い高級品です!
「うっ」
「どうしましたの薫さん?」
「すごく美味しくて感動しちゃいました!」
「……ふふ」
実は口に入れた瞬間、お醤油が傷口に染みて声が出ちゃったのは内緒です。それにしても美味しいなぁ、シャリも甘みがあって最高です。
「うまいか薫?」
「うん、すごく美味しいね。こんなに美味しいお寿司は初めてかもしれない」
「まぁ薫さんったら、言いすぎですわ」
あれ、もしかして上流階級な二人からしたら、このお寿司はノーマルなグレードなのかもしれない。恐ろしい!
それから少し雑談をしながらお寿司を頂き、食後のお茶を頂いています。
「それで本題ですが、出来れば夜に帰って来る両親に内容を説明したいのですが、薫さんもご一緒出来ますかしら?」
「うっ! えっと……これから東京に戻ってバイトに行かないといけないので……出来れば……」
金欠な僕は、バイトに行ってお金を稼がなくては行けないのです! べ、別に玲子さんの親御さんと会いたくない訳じゃないんだからねっ!
「そうですか、仕方ありませんわね。修二さんは残って下さいね?」
「お、おう……」
修二さん、頑張ってください。未来のお義父さん、お義母さんと仲良くするんだぞ!!
「では薫さん、今日は本当にありがとうございました。お礼は後日させて頂きますわ。駅まで送りますので乗って行って下さいね」
「ありがとう玲子さん! あと、占いの事とか説明必要だと思うけど、玲子さんに全部お任せします!」
「分りました。期待を裏切らないようにしっかりと対応しますわ」
正直なところ、占いの話が一番めんどくさいと思ったので残りたく無かったのです。玲子さんのご両親がどんな方なのか分からないけど、僕が説明したところで信じてくれないだろうしね。玲子さんなら上手い事やってくれると信じてます。あと修二もいるし。
そうして僕は、家政婦さんに車で最寄り駅まで送って頂きました。真っ黒な高級車は振動が少なく、お金持ちは違うんだなって痛感しました。
そして駅に着いたら、わざわざ家政婦さんがドアを開けてお見送りをしてくれました。
「こちら、玲子お嬢様からになります。お家に着いてから見て欲しいとのことでございます」
何やらオシャレな封筒に入ったお手紙を頂きました。なんだろう、すごいドキドキする!!
お礼を言って家政婦さんと別れ、電車に乗り込みました。お家に帰ってから見て欲しいって言われたけど、気になるので見ちゃいます! ごめんね玲子さん。
中を見ると、手書きの手紙と現金5万円が入っていました……。
『薫さん、少ないですが今日の交通費と治療費になります。本当にありがとうございました』
「……はぁ」
電車の中で、一人ため息をついてしまった。急いで書いたのか、玲子さんにしては走り書きになっていた。
このお金は受け取れないや。だって、僕は自分の意志で楓さんを助けたんだ。このお金を受け取ってしまったら、お金のために助けたようになってしまう気がした。
交通費くらいなら良いかと思うけど、あんな豪華なお昼ご飯を頂いてしまったので、チャラだと思う。ましてや治療費なんて絶対に貰えない。この傷は、楓さんを助けた僕だけの勲章だ。
「……はぁ」
またため息が出てしまった。月曜日になったらお金を返そう。でも玲子さんの気持ちを考えると、何かしらお礼がしたかったのかもしれない。
玲子さんには今までいっぱい助けてもらった。今日の分だけじゃ返しきれないくらいの恩があると思う。だから玲子さん、気にしないで下さい。
ちょっとだけ重い気持ちのまま、バイト先に直行するのだった。
◇◇
バイト先に到着し、何とか30分遅れでシフトに入る事が出来た。
マスターに謝罪し、急いで着替えます。鏡を見ると、少し頬が赤いけど、腫れも引いて目立たないと思います。
加藤さんにも謝罪をして、しっかりと働きます!
夕方が近くなり淑女様たちが帰りだすと、葉月ちゃんがシフトに入って来た。
今日は朝から大変な事が続いて疲弊していたからか、葉月ちゃんを見た瞬間、心が暖かくなった。やっぱり僕には葉月ちゃんが必要だなって思った。
テーブルの片付けも終わり、ちょっと一休み。いつものカウンター横のスペースで葉月ちゃんと並んでスタンバイです。
真面目に仕事していたけど、可愛い葉月ちゃんをチラチラと見てしまう。
「どうしたんですか先輩?」
「うん……葉月ちゃんが見れて嬉しいんだ」
「……嬉しいですけど、お仕事中はイチャイチャ禁止ですからね!」
「はい……」
やばい、今日の僕は甘えたくて仕方がないようだ。今すぐ葉月ちゃんを抱きしめてキスがしたい。これも全部、玲子さんが悪いんです!
◇◇◇
19時になり、僕と葉月ちゃんのお仕事は終了した。タイムカードを切って一緒に帰る事にする。
葉月ちゃんと腕を組んで駅に向かう途中、葉月ちゃんから提案があった。
「先輩、ちょっとそこの公園でお話しませんか?」
「うん……僕も葉月ちゃんとお話ししたい」
住宅街の街中にポツンとある小さな公園。小さな砂場とベンチくらいしかないが、都内だとこんなものなのかもしれない。
自販機でホットコーヒーとホットココアを買い、二人でベンチに腰掛ける。葉月ちゃんにホットココアを渡して暖まってもらう。もうだいぶ寒くなってきた。
「今日の先輩、いつもと違いますよ? 少し頬も腫れてますし、どうしたんですか?」
「今日は朝から色々とあってね。……突拍子もない事だけど、聞いて欲しいんだ」
「……ふふ、先輩の事だったら何でも聞いてあげますよ」
葉月ちゃんの言葉に、心が溶かされた。嬉しくなったのでそっとキスをした。
「ん……」
不意打ちだったけど、許して欲しい。今日の僕は甘々モードなのです。
「前にデートしたとき、占いが出来るって言ったの覚えてる?」
「覚えてます。『映画デートを楽しんじゃおう♪』だったと思います」
さすが葉月ちゃん、しっかり覚えてるね!
「そうそれ、何故か知らないけど、一日5回くらい占いが出来るんだ」
「5回ですか……ちょっと少ないですね」
「この人の運勢が知りたいって思うと、【吹き出し】が表示されてね、今日の運勢が出るんだ。以前修二にあった事なんだけど……」
そして僕は、初めて葉月ちゃんに全てを話した。鑑定能力の使い方から副作用、昨日までの事、修二が死に掛けたときの事を……。
葉月ちゃんは茶化さず真剣に聞いてくれた。修二が死に掛けた話をしたとき、電話で慰めて貰った事を思い出したようだ。
「じゃあ先輩、私の今日の運勢は何ですか?」
「ちょっと待ってね、今見て見るから」
葉月ちゃんを視界に収め、神に祈った。
【
ヤンデレ度25%(±0)
※今日の運勢※
恋人と一緒に帰るとフラグ発生!
いっぱい慰めてあげましょう♡
こんな感じでした。ヤンデレ度は伝えないでいいよね?
「先輩、これって当たっているんでしょうか?」
「当たってると思うよ。自分で言うのもあれだけど、今日の僕はボロボロなんだ」
「じゃあ先輩、詳しい話は後にして慰めてあげますね!」
そう言って葉月ちゃんは僕の前に来ると、僕の頭を両手で優しく包みキスをしてくれた。
最初は優しいキス、挨拶をするようなキスだった。唇の柔らかさと葉月ちゃんの甘い香りが鼻を抜け、幸せを感じる。
次第に啄むようなキスになり、やがて葉月ちゃんの舌が侵入してきた。今日の僕は抵抗せず、癒されようと思います。
「んぅ……」
しばらくの間、葉月ちゃんの愛を感じていると、葉月ちゃんの舌が口内の傷口に接触してしまった。
「ん゛っ……」
まだ完全に塞がっていなかった口内の傷は、葉月ちゃんの舌により傷が広がってしまい、血が出てしまった。
葉月ちゃんも僕の小さな悲鳴を聞いて、キスを中断してしまった。
「ご、ごめん葉月ちゃん、ちょっと口の中切っちゃってて血が出たかも。水買って来るから口ゆすいで……」
急いで自販機に行こうとしたら、葉月ちゃんが僕の上に座ってきた。女の子座りというやつだろうか。
今日の葉月ちゃんは学校の制服にニーソックスという、僕の好みを知っているかのような装備である。スカートとニーソックスの組み合わせは最高です! そしてこの体勢は僕の股間が大変なことになりそうです!!
「大丈夫です先輩、私が治してあげますね♡」
公園にある街灯の光が、葉月ちゃんの顔を妖しく照らす。いつもより頬が赤くなり、呼吸が早い。
ドキドキしながら待ち構えていると、貪るようなキスをされた。
「んっ……んぅ……」
葉月ちゃんの舌が僕の口内を蹂躙する。僕の傷口を治療するためだろうか? 執拗に傷口を舐めまわし、僕の唾液を飲み込んでいた。
「ん゛っ……」
傷口が痛み、声が漏れる。だがその声を聞いた葉月ちゃんは妖艶な笑みを浮かべ、更に僕の口を犯した。
どれくらいキスをしていただろうか? 僕の下半身が限界を迎えた瞬間、葉月ちゃんが大きく体を震わせた。
「んぅ! ……はぁ……はぁ……どうですか先輩、お口は治りましたか?」
「う……うん、大丈夫……だよ?」
そうして葉月ちゃんは僕から降り、僕は手を引かれ立ち上がった。僕たちは腕を組み、葉月ちゃんが先導して歩き出した。
「残念ですが、もう帰らないとお母さんに怒られてしまいます。詳しいお話は明日でいいですか?」
「そうだね、あんまり遅いと心配されちゃうね。家まで送っていくよ」
「……ふふ、ありがとうございます先輩」
二人で腕を組んで歩くが、特に会話を必要としなかった。一緒に歩いているだけで、気持ちが繋がっている気がしたからだ。
ずっと無言で歩き、繋いだ手の感触で会話をしながら、葉月ちゃんのタワーマンションに着いた。
まだ公園を出てから2分くらいしか経っていないように感じるが、あっという間だった。
「寂しいですけど今日はここでお別れです」
「うん、帰ったら連絡するよ」
視線が重なり、自然とキスをした。本当に触れ合うだけの軽いキスを。
「じゃあ先輩、お休みさない」
「うん、お休み」
そうして手を振りながら、逢瀬が終了した。
葉月ちゃんが見えなくなった時、股間の不快さを確認するため、下半身を見た。
ズボンの股間あたりがべっとりと濡れていた。果たしてこれは、僕のものだろうか?
今夜は興奮して眠れないかもしれない。
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