第23話 抱き着きますか?

 葉月ちゃんと付き合い始めてから数日が経ち、周囲もだいぶ落ち着いてきた。でも、たまにチラチラと視線を感じることがある。


 バイト先では加藤さんやギャルBの綾香さんにからかわれたりしたけど、みんな葉月ちゃんとの仲を祝福してくれた。


 そんな平和な日常で、葉月ちゃんとの交際は順調に進んでいる。休みの日に買い物に行ったり、ご飯を食べに行ったりと、ありきたりなデートではあるが楽しく過ごせている。


 だがしかし、切実な問題がある。お金が無いのである。ちょっと遠出するだけで電車賃が掛かるし、ご飯のお金も掛かる。


 家庭教師のバイトでも新しくしようかと検討したけど……。






 ある日、バイト先からの帰り道で葉月ちゃんに相談してみました。


「ねえ葉月ちゃん、ちょっと家庭教師のバイトとかしようと思ってるんだよね。かなり給料が良いって聞いたんだ」


「家庭教師……。高校生に教える感じですか?」


「うん、多分そうだと思う。もっと稼いで葉月ちゃんに良い物とか買ってあげたいなって」


「先輩……」


 よし、葉月ちゃんが感動している。家庭教師のバイトなんてした事ないけど、きっと葉月ちゃんみたいな女子高生に勉強を教えれば良いんでしょ。まあ男の可能性の方が高いけど、これも葉月ちゃんのためです。


「ダメです」


「えっ?」


「家庭教師のバイトなんてしたら、違う女に先輩が行っちゃいます。許せません」


「いや、女性とは限らないし、男性の可能性の方が高いよ?」


「ダメです。私と一緒に居る時間が減っちゃいます。お金は気にしないで良いので、もっと一緒に居て下さい。……ダメ、ですか?」


「……っ、分かったよ葉月ちゃん。でも、喫茶店のバイトはちょっと増やすね」


「ふふ……分かりました。私もお付き合いしますね」


 そっと抱き合い、キスをした。






 そんな事もあり、デートで葉月ちゃんも気を利かせて払いますと言ってくれたりするが、これ以上甘やかされたら大変な事になりそうだ。


 見栄を張って全部払ったりしていたが、たまに割り勘でお願いすることもあります。情けないです。やっぱり男として、デート代は全部出して上げたいのです。


 地道に鑑定も続けているから、そろそろレベルアップしても良い気がするんだけど、一向にレベルアップの気配がない。そもそも、レベルアップしたら教えてくれるのだろうか?


 とにかく金運アップをお願いします……。神様どうか……、どうかお願いします! 葉月ちゃんにプレゼントとか買ってあげたいのです……!


 そうして今日も、鏡を前に神に祈った。




【中野薫】


※今日の運勢※

 今日はすごく感謝をされるでしょう♪

 ちょっと痛いこともあるけど、男の子は我慢だぞ!

 あと、金運上昇にはレベルが足りません。




 レベルが足りません……。もしかしたら鑑定してもレベル上がらないのかもしれない。


 毎日色々な物や人物を鑑定していたけど、変化がない。


 もしかして上限回数を超えてやらないといけないのかと思ってやってみたが、頭痛と眩暈が酷くなるだけで何の成果も得られなかった。あ、ボールペンを鑑定したらインク残量教えてくれたのは良かったかも。


 今日からは、知らない人の個人情報は出来るだけ見ないようにします! 


 知らない人の今日の運勢で悲惨な結果を見てしまった時、すごく落ち込むのだ。どうにかして教えてあげたいけど、言ったところで信じて貰える訳がない。下手したら通報されてしまうかもしれない。今のところ死ぬような危険な結果は無いから良いけれど、あまり悲惨な結果を知りたくないのである……。なのでしばらくお休みです。まあいつかレベルも上がるでしょう! たぶん……。


 それよりも今日の運勢です。すごく感謝をされるって何ですか? ちょっと痛いってコケるのかな? まあ、悪い運勢じゃないからあまり気にせずに過ごそうかな。


 今日は金曜日だし、一日頑張れば明日は休みだ。さて、そろそろ大学に行くか~。




   ◇




 もう秋も深まり、冬が近づいてきた。冬と言えばクリスマスである。


 今の僕の財力で、果たして葉月ちゃんを満足させるクリスマスプレゼントを買うことが出来るのだろうか?


 そもそも、クリスマスプレゼントって何を贈ったらいいの?


 ネットで調べてみたら、有名ブランドのアクセサリーやバッグを贈るのが喜ばれると書かれていた。更に調べてみたところ、クリスマスの後にはフリマサイトに有名ブランドのアクセサリーやバッグが大量出品されるらしい。不思議だね!


 まだまだ先だし、未来の自分に任せよう。頼んだぞ、未来の僕!!


 さて、いつもの朝の集合場所で今日も今日とて鑑定です。


「そろそろさ、鑑定しないで良いかなって思って来たんだけど、どう思う?」


「どうした突然」


「占いは必須ですわ!!」


 やっぱり玲子さんは食いついてくる……。


「いや、自分を占っておけばみんな大丈夫そうだし、めんどくさいなって……」


「まあ確かに。俺なんて語尾がニャンって占いばっかりだしな……」


「困りますわ!?」


 修二の占いは何故か語尾がニャンになる結果が多い。焼き芋だったりメロンパンだったり、食べ物系がおいしいニャン! って結果がほとんどです。修二の周りは平和でいいですねー。


 玲子さんの場合は、地味に生活に役立つ情報が多い気がする。テストの情報だったり特売情報など、ちょっとした幸せを感じる内容が出ることが多い。信仰心の違いか?


「今日の僕の占いを見たら、『すごく感謝をされるでしょう♪』って書いてあったし、きっとお爺さんか誰かを助けてあげるんだよねきっと」


 ちょっと痛いって事は伝えませんでした。だってコケて悶絶するとかの情報は恥ずかしいじゃん……。


「いや、それだけとも言い切れないかもしれないぜ?」


「まずは占ってくださいまし! はよはよですわ!!」


「あ、はい。すぐにやります……」


 玲子さんに強く言われてしまうと、逆らえないのであった。怖いのですぐに書いて渡しました。あれ、やばいぞ?



【千葉修二】


※今日の運勢※

 レポートの出し忘れに注意するニャン!




【天王寺玲子】


 ヤンデレ度10%(-3)


※今日の運勢※

 妹は好きですか?

 もし失いたくないのなら、帰りのバスに乗せてはいけませんよ?




「やべーのが来たな」


かえでが危険ですの!?」


 どうやら玲子さんの妹さんの名前は楓さんらしい。


「楓さんって今どこにいるの?」


「楓は千葉の高校へ通っています。ちょっと電話してみますわ!」


 玲子さんがスマホを取り出し、楓さんに電話をかけている。


「ねえ修二、僕の占いの結果に楓さんの情報が無かったって事は、自分が認識している大事な人しか該当しないのかな?」


「玲子の結果を見る限りだと、そうなのかもしれないな」


「じゃあ出来る限り鑑定した方が良さそうだね。葉月ちゃんも忘れずにやらないと」


「俺や玲子なら信じてやれるけど、それ以外だと信用されないのがネックだなぁ……」


 そうかもしれない。二人の場合、修二の死亡フラグを回避するという実績があったから理解してくれた。


 葉月ちゃんなら信用してくれるかもしれないけど、それ以外の人に言ったところで聞いてくれるかどうか……。


 自分に当てはめて想像してみよう。


 もし家族の知り合いだという人物から急に、『あなたは今日死ぬかもしれません。僕の言う通りに行動してください』って言われて信じられるだろうか? 僕だったら絶対に信用しない。新手の宗教を疑っちゃうね。


 どうやら玲子さんの電話が終わったようだ。


「ダメですわ。もう教室に行っているのか、電源を切ってしまってますわ」


 時刻は8時45分、もう授業が始まる頃かもしれない。


「しゃーない、みんなで助けに行くか!」


「さすがにこの占いを見て無視は出来ないもんね!」


「修二さん、薫さん……!」


 授業をサボることになるけど、今日は午前中の2科目だけで助かった。必修科目でも無いし、なんとかなるでしょう!


「修二は先にレポート出して来なよ。待ってるからさ」


「おお忘れてた! 占い当たってたな、サンキュー薫」


 修二が走って校舎行ってしまった。とりあえず戻ってくるまで待ってよう。


「玲子さん、念には念を入れて高校に連絡してみたら? 呼び出して貰えば連絡取れるでしょ」


「そうですわね。帰りのバスに乗らないように伝えておきますわ。あと、迎えに行くから待ってるようにも言っておきますわね」


 僕も念のため午後から入る予定だったバイトをお休みするかもしれないって電話しておこう。ごめんなさいマスターさん。





 しばらくすると、修二が帰って来た。走ってる姿もイケメンだった。


「おかえり。レポート大丈夫だった?」


「おう、問題なしだ。教授には家族の入院ってことで授業免除してもらったぜ」


「さすが修二、やるね!」


 修二に抜かりは無かったようだ。玲子さんも電話が終わったようです。


「とりあえず楓に話は出来ましたが、信じて貰えませんわね。あと具合が悪いようで、早退するかもしれないと言っていましたわ」


 具合が悪いんじゃ、いつ来るか分からない姉を待ってる事は無いかもしれないな。しかも姉が『今日はバスに乗ると死ぬから乗るな』とか意味わからないことを言いだしたら、洗脳されたのか疑っちゃうよね。


 まあ、玲子さんはちょっと怪しい宗教に片足突っ込んでるけどね……。いえ、神様は怪しくないです!! 宗教じゃないだけですから!!


「それなら尚更すぐに行こうぜ。玲子案内してくれ」


「分りましたわ」


 まずは電車に乗って1時間ほど移動した後、駅からタクシーで高校まで行くそうです。バスに乗るより早いらしい。


 久々の遠出かもしれない。埼玉の田舎から東京に出て来てから、正月に地元に帰るくらいしか長時間の移動は無かったと思う。


 しかも千葉に行くのは初めてかもしれない。不謹慎かもしれないけど、ちょっとワクワクします。


 


   ◇◇




 初めて千葉県に来たけど、すごく栄えていて東京と同じような感じがする。あれ、千葉と埼玉って仲悪いんだっけ? 埼玉県民だけど、聞いたことないんだよね。確か東京に行くには手形が必要なんだっけ……?


 そんなどうでも良い事を考えていたら、玲子さんがタクシーを捕まえていた。そうだ、人命が掛かっているのだ、真面目に行かないと!


 タクシーに乗り込み、楓さんの通う高校を伝える。良く聞き取れなかったけど、千葉国際女子高校? そんな感じでした。座る配置はもちろん僕が助手席です! 修二と玲子さんは後部座席で手を繋いで真剣な表情をしています。基本的に二人がお外で手を繋いでいるのを見たことが無かったので新鮮です。玲子さんからしたら心細いよね。修二、しっかりと支えてあげてね。


 15分くらいしたら学校に着きました。タクシー代はですが、助手席に座っている僕が払おうとしたところ、修二が払ってくれました。


 かなり大きな女子高です。大きな門が入口を塞ぎ、奥にオシャレな外観の校舎が見えます。入口には守衛さんがいました。ちょっと目があったけど、『おかしな真似をしてみろ、ぶっ殺すぞ』って感じで見られました。どこかの警備員さんを彷彿とさせる強者です。


 さて、これからどうしよう。学校の中に入って楓さんに会うのがいいのかな。玲子さんに聞いてみよう。


「ここらへんで学校が終わるまで待とうか? さっき喫茶店見たよ」


「いえ、一度学校へ行って所在を確認してきますわ。お二人はここで待っていて下さい」


 そう言って玲子さんは一人で門番を倒しに行きました。さすがに強者な門番さんも、玲子さんの高貴なオーラにはタジタジになってしまい、本来の実力が出せないようです。ふっ、情けない。





 しばらく時間が経ったけど、玲子さんは帰って来ない。捕まったのか!?


「暇だし、最寄りのバス停でも調べておくか」


「さすが修二、ナイスアイデアだね!」


 スマホを取り出し、バス停を探します。マップから探せばいいのかな? バス停の場所を調べるなんてやったことないから難しいね。


「あったぞ、門を出て右に200mくらいだな。……あ、反対側にも同じくらいの距離でバス停あるな」


「さすが修二、良く見つけたね!」


 修二のスマホをチラっと見せてもらったけど、門を出て左右どちらに進んでも200mくらいにバス停がありました。


 やばい、僕は全然役に立ってないぞ? 僕は何しに来たんだろう……。


「どっちのバスもあと5分くらいで来るな。知らない土地だとバスとか絶対分からないよな」


「うん。普段ほとんどバスを利用しないもんね」


 バスも同じ停留所で複数の路線があったりして難しいよね。最近のバス停は停留所に次のバスが来るまでの時間が表示されていたりと、便利になってるそうです。修二が言ってた。


 玲子さん帰って来ないなって思ってたら、修二に電話が来た。


「どうした玲子?」


 どうやら玲子さんからのようだ。


「……マジか! 分かったすぐ行く!!」


 むむ、切羽詰まった感じです。事件か!?


「もう早退して出てるらしい! 俺は左側のバス停行くから右側任せた!」


 そう言って修二が走り出した。僕も急いで右側のバス停へ向かいます。


 全力疾走なんていつ以来だろう? 人命が掛かっているから本気で走る。


 とりあえず右側のバス停を目指して全力疾走しているが、右車線か左車線か分からない。さっき修二のスマホを見たとき、もっと良く確認しておくべきだった。


 そもそも、楓さんってどんな容姿なのかすら聞いていなかった……。今になって、今日の不甲斐ない自分に腹が立ってきた。ここからは気を抜かずに対応します!


 修二は200mって言ってたけど、こんなに遠かったっけ? 僕の体力が衰えているのか、体が悲鳴を上げる。


 息を切らせながら走ったら、停留所が見えて来た。バス停って右車線と左車線の両方にあるようだ。よく見ると、反対側の車線に女子高生っぽい人がいた。良かった、まだバスは来ていない。


 車が来ていない事を確認してから反対側の歩道に移動する。深呼吸をして息を整え、作戦を考える。まずは女子高生が楓さんなのかを確認しないといけないが、急に話しかけたら不審者だよね……。


 さり気なく近づいて行くと、女子生徒の容姿が見えて来た。停留所のベンチに、一人でポツンと座っている。


 紺色のブレザーに赤いチェックのスカート、更にニーソックスを履いていた。肩に掛かるくらいの長さの金髪は、玲子さんの妹であることを教えてくれる。遠目で見ても美人さんでした。


 でも、何て言って話しかけたらいいんだろう? 玲子さん電話してくれてないのかな? 『あなたは楓さんですか』って聞いても誘拐犯にしか思われないよね。玲子さんに電話して話しを付けて貰おうかな……。


 そんな事を考えていたら、バスが近づいて来るのが見えた。まだ100mくらい先だと思うけど、電話してたら間に合いそうもない。


 こうなったらやるしかない!


「あの! 天王寺楓さんでしょうか?」


 楓さんが顔を上げ、こっちを向いてきた。整った顔立ちが、玲子さんと似ていた。でも目の鋭さは玲子さんの比じゃなかった。怖いです。


「どちらさまですか?」


 凛とした声がする。やはり高貴なオーラを発するお方には、僕のようなヘタレじゃ太刀打ちできそうにないです。


「中野薫と言います。実は玲子さんが学校に居て、こっちに向かっているんです。バスに乗らずに待っていて貰えませんか?」


「……」


 やばい、バスが近づいてきた。楓さんは冷たい視線を送るだけで返事がない。まずいぞ……。


 やるしかない、あれを!


「お願いします! このバスに乗らないで貰えればそれでいいんです!」


 彼女の近くに移動し、土下座をした。人生2度目の土下座である。もうこれ以上、土下座をする事は無いと思います。


「……」


 やばい、完全に無視されてる。声すら掛けてくれない。強敵すぎるよ玲子さんの妹さん。


 バスが停留所に止まり、ドアが開いた。


 僕には、地獄の門が開いたように見えた。ドアの中から死霊たちが、楓さんを手招きしているように見えたんだ。




――このまま楓さんを行かせていいのだろうか?


 楓さんの事は良く知らないけれど、さっき見た感じでは、芯の強いしっかりとした子なんだと思う。そんな子がこんな所で死んで良いはずがない!




――玲子さんを悲しませていいのだろうか?


 玲子さんは僕の親友だ。女性だけど親友だと断言出来るくらい、信頼している。その玲子さんを悲しませて良いはずがない! それに……やっぱり女の子には笑っていて欲しい。




 この女の子を失ってはいけない。僕が彼女を救えるのなら、何だってしよう。その結果、葉月ちゃんを悲しませてしまうかもしれないけど……きっと許してくれるよね。


 どうか神様、僕に勇気ちからをください。


 顔を上げると、楓さんが腰を上げるところだった。やっぱり楓さんは芯の強い、しっかりとした女の子だ。


 もう僕に出来ることはこれしかないだろう。


 勢い良く立ち上がり、楓さんに抱き着いた。


「楓さんお願いします、行かないでください! 玲子さんを悲しませないでください!!」


「ちょ、放しなさい!! 何なんですかあなたは!?」


 楓さんの後ろから腰に手を回し、バスに乗らないように拘束する。


 こっちの状況を察したのか、バスの運転手さんが降りて来た。


 きっと僕は逮捕されるのかもしれない。でも、この子が無事ならそれでいいかな……。


「う゛っ!」


 楓さんの肘鉄を右頬にくらい、口の中が切れたようだ。血の味がする。それでも必死にしがみ付く。でも、神様は僕の味方だったようだ。遠くから玲子さんの声が聞こえて来た。


「楓! 大丈夫ですの!?」


「お、お姉さま! 助けてください! 痴漢です!!」


「薫さん! もう離れて大丈夫ですわ!」


 そう言われた瞬間、僕は彼女から距離を取った。しかし楓さんは鬼の形相でこちらを睨み、鋭いビンタを放ってきた。


 素人ヘタレの僕が躱せるわけもなく、僕の左頬にクリティカルヒットし、目から火花が散った。そして無様にも尻餅をついてしまったのだ。視界がぼやけ、頬がすごく痛い。泣きたい訳じゃないのに勝手に涙が出て来た。これが占いの結果なのか……?


 意識が朦朧としている間に修二も追い付き、修二と玲子さんが運転手さんを説得していた。何やら身分証明書のようなものを見せ、運転手さんの説得が成功したようです。運転手さんがバスに戻って行きました。


 そしてバスが発車し、30mくらい先の交差点を通過しようとした時、バスの横っ腹に大型のトラックが衝突する瞬間を目にした。かなり大きな音が響き渡り、野次馬が集まって来た。


「良かったですわ楓! 本当に無事で良かった……」


「え、お、お姉さま……」


 玲子さんが楓さんに抱き着き泣いている。一方の楓さんは、状況が分からないのか混乱しているようだ。そして僕は憔悴していた。


「薫よくやったな! お前のお陰だ!!」


 修二が僕の肩に手を置き、激励を送ってくれた。でもよく考えたら、修二が楓さんの対応をしていたらすぐ解決出来たと思います。


「僕が左側のバス停に向かえばこんな事にならなかったと思うんだ。修二ならイケメンだし、会話で解決出来てたと思う」


「そりゃ無理だな。俺の占いの結果を知ってるだろ?」


「そうだった。レポート提出だニャンだったね……はぁ。顔が痛い」


 バスの事故現場には人だかりが出来ている。そのうち警察とかも来て、対応してくれるだろう。


 さっき見た限り、バスの中には運転手しか居なかった。トラックもバスの左側面に突っ込んだようだし、運が良ければバスの運転手は生きているだろう……いや、生きていると信じたい。トラックの方は分からないです。


「薫さんありがとう! 本当にありがとう!!」


「……無事で良かったです」


 玲子さんが泣きながら僕のところへ来てハンカチを取り出し、僕の口に添えた。そんな高級そうなハンカチを使うなんて勿体ないですよ玲子さん。


「あ、あの……、さっきはビンタしてしまい……申し訳ございませんでした……」


 楓さんが泣きそうになりながら、謝ってくれた。それだけで頬の痛みが引いてきた気がする。


「こっちこそごめんね、体触っちゃって。怖い思いさせちゃって、本当にごめんなさい」


 見知らぬ男が急に話しかけてきて、自分の名前や家族の名前まで知ってたら恐怖しかないよね……。しかも土下座した挙句、抱き着いて来たなら一生トラウマものだ。


 どうか楓さんが男性恐怖症になりませんように……。


 後で玲子さんにフォローして貰うように伝えておこう。


「さすがにここに留まってる訳にも行かないし、タクシー呼ぶぞ。バスはしばらく乗る気になれないしな」


「そうですわね。学校に呼んでください修二さん。そこから実家に移動しますわ」


 そうして僕は、顔を腫らしながら、玲子さんの実家とやらに行くことになってしまった。


 玲子さんの実家って千葉だったのか……。敵なのか!?

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