第26話 プロポーズですか?


 バイトは何事も無く終わり、葉月ちゃんと一緒に今日の飲み会の会場である『居酒屋よっちゃん』に向かっている。修二と玲子さんに鑑定の事を話した時が最後だから、ちょっと久しぶりかもしれない。


 葉月ちゃんの手を握り、ゆっくりと歩く。


 前回バイト先から居酒屋まで歩いた時と同じ道なのに、今日は全部がキラキラして見える。葉月ちゃんと一緒にいるだけで、どうしてこんなにも違うのだろうか。


 そんな事を考えていたからだろうか、自然と声が漏れてしまった。


「はぁ、葉月ちゃんが好きすぎて辛い……」


「っ! 急にどうしたんですか先輩?」


「あ、ごめん。心の声が出ちゃったよ。……葉月ちゃんと一緒にいると、心が暖かくなるんだ。一緒にいるだけで幸せを感じる。だからかな、もう僕は葉月ちゃん無しで生きられないんだと思う。ずっと一緒に居たい」


 立ち止まり、葉月ちゃんが見上げてくる。頬が赤く、目が少し潤んでいる。


「……先輩、プロポーズですか?」


「え、あ、あれ? そんなつもりじゃないんだけど、いや嘘じゃないよ。……ただ、プロポーズはもっとちゃんとするよ。僕のこの気持ちを、彼女葉月ちゃんに知って欲しかったんだと思う。何でかな、急に言葉が出て来たんだ」


 葉月ちゃんに告白して、恋人になり、世界が変わった。


 地元を離れ一人で大学に来た時は、世界が色褪せて見えていた。


 修二と玲子さんが友達になって、世界に色が付いた。


 そして、葉月ちゃんと恋人になって、世界がキラキラと輝きだした。


「私も先輩が好きですよ。ずっと一緒に居たいです」


「……それってプロポーズ?」


 なんとなく、同じことを聞いてしまった。葉月ちゃんも同じ気持ちだったら嬉しいな。


「ふふ、そうです。結婚しましょうか、先輩」


 まさかの返事にビックリとしてしまった。


 葉月ちゃんの期待に満ちた笑顔は、綺麗だった。期待に応えて上げたい、けど今の僕じゃ……。


「……まいったな。結婚したいけど、今の僕じゃ葉月ちゃんに相応しくないから、もっと頑張るよ。旦那が喫茶店のアルバイトじゃ、情けないでしょ?」


「そうですね。数年前から、18歳以上は親の同意無しで結婚できるらしいですけど、駆け落ちになっちゃいそうですね。それに私、自慢じゃないですけど全然家事やった事ないんです!」


「ははは、僕もそんなに家事が得意な訳じゃないよ? だから僕は大学を卒業して、葉月ちゃん達を養えるくらい稼ぐから、それまで待ってて欲しいな」


「……達ですか?」


「うん。子供たくさん作って、笑顔が溢れる優しい家庭を一緒に作ろう?」


「……」


 あれ、葉月ちゃんが俯いてしまった。まだ人通りの少ない場所だからいいけど、あんまり立ち止まってると不審に思われてしまう。


 変な事言っちゃったかな?


「葉月ちゃん?」


 葉月ちゃんが真っ赤な顔を上げ、僕に飛び込んできた。そしてキスされてしまった。


「んぅ……」


 舌を絡ませる濃厚なキスに、僕の口内は一瞬にして制圧されてしまった。


 ……しばらくして、葉月ちゃんも落ち着いたのか、幸せな時間は終わってしまった。


「……先輩。やっぱりさっきのは無しです。これから家に行って両親を説得しましょう?」


「ま、まだ心の準備が……。それに、僕にはお金がないからね……」


「ふふ、じゃあ今はそういう事にしておいてあげますね。お金が出来たら結婚しましょうね、約束ですよ? ……明日からお母さんに家事教えて貰おうかな……」


 葉月ちゃんの最後の呟きは良く聞き取れなかったけど、今はこれで良いと思う。


 そしてまた優しく手を握り合い『居酒屋よっちゃん』へと歩いて行った。




   ◇




 居酒屋に着いたのは、予定した時間よりも15分も遅れてしまっていた。


 葉月ちゃんとイチャイチャしていたら、遅れてしまったのだ。修二と玲子さんだから許してくれるだろう。


「こんばんは大将、今日もよろしくです」


「こ、こんばんは……」


「おう薫! 良く来たな。お嬢さんもいらっしゃい」


 葉月ちゃんが大将を見てビックリしてます。初見じゃビビるよね!


「僕の彼女の葉月ちゃんです。まだ未成年だからお酒じゃないやつでお願いします」


「おお、おめでとな! 今日はサービスしてやるぞ」


「ありがとうございます!」


 店内を見回して見ると、修二を発見した。前回とは違って左奥の6人掛けテーブルだった。でも玲子さんが見当たらないぞ。まさか修二一人だとは思わなかったので、悪い事をしてしまった。


「ごめん修二、遅れちゃった」


「す、すみません」


「大丈夫だ。玲子はもう少ししたら来るから、先に始めようぜ」


 どうやら玲子さんも遅くなるようでした。この3人の組み合わせはレアだから、ちょっと新鮮だ。


 僕と修二はビールを、葉月ちゃんはウーロン茶で乾杯です。


『かんぱーい!』


 久しぶりに飲んだけど、大将の店のビールはうまい! 喉ごしと後味が最高だ。枝豆が合います。


「葉月ちゃんどれ食べたい? 好きなもの頼んでいいよ」


「うーんいっぱいあって迷っちゃいます。……あ、お鍋がありますよ。みんなで食べたら楽しいかもです」


「もつ鍋が最高にうまいぞ」


 さすが葉月ちゃん、気が利くチョイスです。そして修二の好みでもつ鍋になりました。葉月ちゃんも嫌いじゃないから大丈夫でした。


 その他にホッケ焼や揚げ物盛り合わせなど、適当に頼んでみた。


「居酒屋って初めて来ましたけど、なんか楽しいですね!」


「お酒が飲めるようになったらもっと楽しいよ。20歳になるのが楽しみだね」


「まだ18だもんな」


 そうなのです。葉月ちゃんはまだ18歳なのです。高校生だよ?


「今日は参加して大丈夫だったの? もちろん帰りは送るけど」


「はい、10時までには帰るって言ってあります」


「薫、忘れないようにアラームセットしておけよ」


「おっけー!」


 10時ギリギリに帰るのも親御さんを心配させちゃうから、9時にセットしました!





 料理も来てしばらく経った時、玲子さんが来ました。一人かと思ったら、スペシャルゲストを連れていたのです……。


「おまたせですわ」


「お、お邪魔します」


 まさかのスペシャルゲストは楓さんでした。


 今日の楓さんは体調も良さそうだけど、こういうお店は初めてなのかちょっと緊張しているようです。


 6人席は片側が修二、玲子さん、楓さんの順に座り、反対側に僕と葉月ちゃんが座ります。


「まずは乾杯しようぜ!」


 修二の掛け声で飲み物を注文します。玲子さんは赤ワイン、楓さんはコーラでした。お嬢様もコーラ飲むんだ!


 僕と修二はビールの追加、葉月ちゃんもコーラを頼んでました。やっぱりお嬢様もコーラ飲むんだね!!


 『なんですのこのシュワシュワした飲み物は!?』とかなったら面白かったのに。さすがにそれは無いか。


 それにしても最初から赤ワインを飲む玲子さんは初めてかもしれない。


「あれ、玲子さんもうワインなの?」


「ふふ、そうですわ。だって、今日は薫さんと葉月ちゃんのお祝いでしょう?」


「そうだった、忘れてたよ」


 そうなのです。今日はキスをしたかどうかという賭けによる飲み会でもあったけど、僕と葉月ちゃんの交際のお祝いでもあった。


 しばらくして飲み物が運ばれてきたので飲み会スタートです!



『かんぱーい!』



 こんなに大人数で飲み会をしたのは初めてかもしれない。いつもは多くても修二と玲子さんの3人だから、ちょっと嬉しいな。


 葉月ちゃんと楓さんがまだ緊張しているような気がするから、まずは紹介しようかな。


「葉月ちゃんと楓さんは初めてだよね。じゃあ葉月ちゃん、簡単に自己紹介お願いします」


「え、は、はい。えっと、黒川葉月です。高校3年生です。先輩とお付き合いしています。宜しくお願いします……」


「高校3年生……私より年上?」


 緊張してる葉月ちゃんが可愛いです。そんな可愛い彼女である葉月ちゃんから、お付き合いしていますって言葉を聞くと嬉しいね。


 そして楓さんは葉月ちゃんの方が年上と聞き驚いています。見た目だけで判断すると、楓さんの方が背が高いし大人っぽく見えるからね……。


「むむっ、それはどういう事ですか?」


「あ、ごめんなさい。小さかったのでてっきり中学生かと思ってました」


 ぎゃー、楓さん何て事を言うんですか! 確かに葉月ちゃんは小さくて中学生に見えるかもしれないけど、立派な高校3年生ですよ!


 もしかしたら楓さんって思ったことをズバッと言っちゃうお嬢様なのかもしれない……。


「楓、失礼ですわよ! ごめんなさいね葉月ちゃん」


「っ! すみませんでした葉月お姉さま」


「お姉さま!? ふふ、許して上げます!」


 どうやら不穏な空気は払拭されたようだ。葉月ちゃんがニコニコと笑っていて可愛いです。


 ちょっと小柄な葉月ちゃんの事をお姉さまって呼ぶ人は、楓さんくらいだと思う。バイト先のギャルなんて呼び捨てと葉月パイセンちゃんだもん……。


「楓は私の妹ですの。昨日、危ないところを薫さんに助けて頂いたので連れて来ましたわ」


「天王寺楓です。高校2年生です。皆さんのお陰で命拾いしました。どうもありがとうございました」


 楓さんは背筋がスッと伸びていてとても姿勢が良い。やはり良いところのお嬢様は厳しい躾があるのだろうか……。


「……先輩、命拾いってどういう事ですか?」


「昨日のバイト帰りに占いの事を話したでしょ。昨日玲子さんを占ったら、楓さんが事故に遭遇するような結果が出てね。みんなで千葉まで行ってきたんだよ」


「命拾いという事は、占いが当たってたんですね……。良かったですね楓ちゃん」


「はい、今でも信じられません……」


 やばい、しんみりとした空気になってしまった。今日はお祝いなんだから明るく行かなければ!!


「助かったんだからそれでいいじゃん、今日はパーっと楽しく飲もうぜ!」


 そう考えていたら、修二が気を利かせてくれた。


 そこからはしばらく雑談が続き、みんな笑顔で料理を楽しんでいた。







「そういえばさ、何で薫の呼び方が未だに先輩なんだ?」


 修二の突然の発言に、ハッとしてしまった。


「そういえばそうですわね。どうしてですの葉月ちゃん?」


 僕はずっと先輩と呼ばれている。僕は付き合う前から葉月ちゃんと言っているから変わらないけど、恋人同士になったら名前で呼び合うことが多いんだろうなって思ってた。


「ふふ、先輩は先輩ですからね。……先輩、名前で呼んで欲しいですか?」


「う、うん。名前で呼んで貰いたいかも……」


 先輩って呼ばれるのも好きだけど、いつかは名前で呼んで欲しいな。


「じゃあ先輩、結婚してくれたら名前で呼んであげますね!」


「っ!?」


「やるな!!」


「葉月ちゃん大胆ですわ~!」


「……いいなぁ」


 また葉月ちゃんにやられてしまった。僕はもうダメかもしれない。早く就職してお金を稼いで結婚しよう。


 それにしても、いいなぁって聞こえた気がしたけど、誰だったのだろうか……?

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