第15話 デートって何ですか?
葉月ちゃんと映画を見に行く約束をした翌日、いま僕は非常に困っていた。
生まれてから20年、今までの人生で女の子と出かけたこともなく、ましてやデートなんて以ての外である。映画デートの作戦を考えていたのだが、映画を見る以外に何も思い浮かばない。
そもそも女の子と遊びに行くって、何したらいいの……? どんな服装で行けばいいの……?
明後日じゃなくて来週の週末にしておけば良かっただろうか? いや、二人のシフトが休みの日は、明後日の日曜日しかなかったのだ。
そんなこんなで1限目の授業が始まる前に、構内にある休憩スペースで修二と玲子さんと会うことになった。
デートの指南を受けるためではない。
実は一昨日の占いで修二の死亡フラグが判明してから、無理のない範囲で朝一番に会おうということになっている。
さすがに休日まで朝から会うなんて無理なので、平日の大学のある日だけである。そうなると休日に不幸が起こる可能性があるが、三人で話し合った結果、大丈夫だろうという結論になった。
何故ならば、あの日の夜に居酒屋で玲子さんを占ったとき、修二の危機を伝えていた。『彼氏を失いたくなければ、何が何でも中野薫の提案に乗りましょう。』という一文だ。
あの日は朝から自分自身を占っていなかったので分からないが、たぶん何かしら修二の危機を暗示する内容が書かれていたんだと思う。今更ながら占っていなかった事を後悔している。
つまり自分自身を占えば、少なくとも自分の身近な大切な人の不幸は回避出来るのではないか、という結論だ。
ちなみに今日の占いの結果はこんな感じである。
【中野薫】
※今日の運勢※
特にな~し。
そもそもさ、そう毎日毎日事件や事故に巻き込まれたりするわけないじゃん??
確率って知ってる???
すごく辛辣である。確かに事件や事故に巻き込まれたりする確率は低いだろう。それでも、もう少しプラスになる情報を教えてくれてもいいと思います。
スーパーに売っているお弁当用の冷凍食品で、小さなカップに入ったグラタンがある。そのグラタンにだって、食べ終わるとカップの底にちょっとした占いが書いてあるんだよ? 例えば『臨時収入がありそう☆』とか。『特にな~し。』は酷いと思います。
ちなみに、いつもの童貞うんぬんという自己紹介文に変化が無いので割愛です。あれってどうやったら変わるんだろう……?
そんな事を休憩スペースで考えていたら、修二と玲子さんが来た。二人はやっぱりキラキラと輝いて見える。陰キャボッチの僕を見付けてくれるのかと心配していたが、どうやら見付けてくれたようでこっちに歩いてきた。まぁ休憩スペースあんまり広くないからね……。
「おーっす」
「おはようございます薫さん」
「二人ともおはよう。じゃあ時間も無いし、ささっと占っちゃうね。ちなみに僕の今日の運勢は『特にな~し』っていう占い結果でした」
「なんじゃそりゃ」
「特になしという事は平和な証拠ですわ。星座や血液型だけで決める陳腐なテレビの占いより、余程信頼出来ますわ。そもそも占いで順位を付ける意味が分かりませんの! 結果だけ載せれば良いと思いませんこと!?」
やばい、玲子さんのよく分からない地雷を踏んでしまったのだろうか? やっぱり女の子は占いが好きなんだね。まあ玲子さんの言う通り、占いに順位付けてどうするんだろう? そうだ、テレビの占いと言えば……。
「確かにね~。毎朝テレビでやってる占い見るけど、二日連続で1位になったの見たことない気がする」
「テレビの胡散臭い占いはどうでもいいだろ? ささっと占っちゃおうぜ。1限始まっちゃうしな」
テレビの占いも気になるけど、もう授業開始まで時間が無いのでした。よし、やろう。
「じゃあ修二からいくよ」
そう言って修二を視界に収め、神に祈った。
【千葉修二】
※今日の運勢※
本館3階の休憩スペースにある自販機でお汁粉を買いましょう。良いことあるかも!?
「こんな感じだった。もうお汁粉売ってるんだね」
「あんまりお汁粉好きじゃないんだけどな。まあいいや、後で買って来るな」
「じゃあ玲子さんいくよ?」
「お願いしますわ!!」
やっぱり玲子さんは占いが好きなようです。キラキラした目で見つめられるとドキドキしちゃいます!!
【天王寺玲子】
ヤンデレ度3%(±0)
※今日の運勢※
ふふふ、テレビの占いを信じるようなクズは死ねば良いのです。
あなたは私の占いだけを信じれば良いの。いいですね?
敬虔なあなたには、良い事を教えて差し上げます。
自宅の書斎の机にある引き出しの、上から3番目を良く探しなさい。きっとお宝が眠っているでしょう♪
「ええええ……」
「どうしたんですの薫さん!? 早く教えてくださいませ!!」
……これは良いのだろうか?
そもそも自宅にお宝が眠っているのだろうか? いや、確か……玲子さんは修二と二人暮らしをしている。つまりこれは、修二の隠しているお宝ということなのだろうか?
修二を見るとワクワクしている様子だ。スマン修二、僕は占いの結果だけは絶対にそのまま伝えると誓っているんだ! なので修二に分からないように、玲子さんだけに伝えよう。
「えっと、ちょっとアレな内容なので、紙に書いて玲子さんだけに渡そうと思うんだ。もし玲子さんが修二にも見せて良いって判断なら、見せてあげて欲しい。それでいいかな?」
「分かりましたわ! はよはよですわ!!」
バッグからメモ帳を取り出し、玲子さんの鑑定結果を書き出す。一字一句変えずにそのまま伝えよう。占いをするようになってから、常にメモ帳とボールペンを持ち歩くようになった。
「どうぞ……」
「ありがとですわ♪」
ドキドキ。
ドキドキ。
ドキドキ。
「おい玲子、何て書いてあったんだ? 教えてくれよ」
「これは修二さんには見せられませんわ! でも安心してください、決して悪い事じゃないですわ。……薫さん? わかってますわよね?」
「う、うん。僕は何も知らないです。修二ごめん、でも
「……まあしょうがねぇな。分かったよ。んじゃ、そろそろ行こうぜ!」
良かった。玲子さんの絶対に言うなよっていう鋭い視線が怖かったです。
今晩、修二にどうだったか聞いてみようかな? まあいいか。
「占いの神様、私はあなただけを信じます。どうかこれからもお導き下さい……」
教室に向かう途中、玲子さんから怪しい呟きが聞こえたが、聞かなかったことにしようと思う。でも今日の占いの結果を見ると、神様はこっちの状況をよくご存知のようだ。
よく考えたら修二の事だったり葉月ちゃんのお目覚めボイスだったり、色々と助けられている。今日の占いも玲子さんの言う通り、良く意味を考えると平和な一日ということなのだろう。
……ちょっと反省しようと思います。
神様、辛辣なんて言ってごめんなさい。もう少しプラスになる情報を教えてくれなんていう、生意気な事を言ってごめんなさい。冷凍食品のグラタンのカップ占いと比べてごめんなさい。これからは占いをする時に、いつも以上に感謝を込めて神様に祈ります。どうかお導き下さい……。
よし、これでいいだろう。午前の授業も頑張ろう!
「あ、そういえばデートの相談するの忘れてた」
もう二人の姿は見えない。お昼の休憩時間に相談しようかな。
◇
今日もカフェテリアは混んでいた。まだ二人は来てないようだ。とりあえずお昼は何にしようかな。デートもあるし節約のため、かけ蕎麦290円、君に決めた!
かけ蕎麦を持って辺りを見回したが、二人の姿が見えない。しょうがないから先に席を確保しておこう。
この広いカフェテリアの中で、陰キャボッチの僕を見付けてくれるだろうか? まあそのうち来るだろう。伸びちゃうから先に頂こう。
かけ蕎麦ですが、刻みネギがたっぷりと乗ってておいしいです。ずるずるもぐもぐと食べていると何やら目の前に気配が。
「薫は蕎麦か。俺もそれにすれば良かったな」
「お疲れ様です薫さん。美味しそうですわね」
こんなボッチな僕を、二人が見つけてくれました。やっぱり僕たちズッ友だね!
修二はカレーライス、玲子さんは煮込みうどんのようなやつでした。
「ごめん先に頂いてました。蕎麦伸びちゃうから」
「気にすんな。ところでさっき例の場所でお汁粉買ったんだけどさ、当たり付きの自販機で数字揃って当たったんだ!」
「おおすごい!」
「やはり占いの神様はあの御方だけですのね!」
玲子さんがうどん食べながらトリップしてる。信者になりそうで怖いです。
そうだ、忘れないうちにデートの相談をしてみようかな。
「ちょっと話変わるんだけど明後日さ、葉月ちゃんと映画見に行く事になりました」
「ついにやったか!!」
「まあ! やっとですのね!!」
二人がすごい勢いで食いついて来た。先生方のアドバイスに期待しよう!
「それで相談なんだけど、デートって何したらいいんですか……?」
「……はぁ」
「……はぁ」
やばい、二人が溜息をついてる! さすがお似合いカップルですね、ため息もピッタリ揃っていましたよ!
「あ、えっと、ほら、自慢じゃないけど女の子とデートなんてしたことないからさ、どうしたらいいのか分からないんだよね。その点、お二人は熟練者なのでアドバイスを頂ければ……」
「薫、良い事を教えてやる」
あれ、いつになく修二の目がキリっとしている。ちょっと口にカレーが付いてるけど笑ってはいけない。きっと大事なことを教えてくれるはずだ! 姿勢を正し、耳を傾ける。
「デートも恋愛も、答え何て無いんだよ。あるのはただ一つ、相手と一緒に居て楽しむ事、楽しませる事だけだ」
「楽しむ事、楽しませる事……」
「例えば映画館にデートに行くとする。二人で一緒に映画を選び、一緒の時間を過ごす。終わったらどこかでお茶してもいい。映画の感想を言い合ってもいい。自分が楽しいという姿を相手に見せる事も大事だ。だってそうだろ? 相手からしたら、自分と一緒に居て楽しんでたら嬉しいだろ?」
「なるほど、つまり葉月ちゃんと全力で映画を楽しんで来ればいいんだね!」
言われてみればそうかもしれない。何か、デートって特別な事をしないといけないんだって思い込んでた。葉月ちゃんと一緒にいると楽しいし、いつも通りに楽しめばいいのか!
「それだけでは50点ですわ」
「ええぇ……」
まだ何かあるのか!?
「デートというのは、普段と違う特別な時間を共に過ごすという事ですわ。分かりますわね?」
「えっ、は、はい!」
「つまり、女性は普段よりも気合を入れてデートに臨むのですわ!」
「き、気合?」
「お化粧もそう、服装もそう、髪型もそう、全身どこを見てもらってもいいように気合が入っているのよ!」
「ふ、ふむふむ」
「そんな女性を見て何も言えない男性は、死ねば良いと思いますわ!」
「ひぃ!!」
「あと薫さん、それくらい気合を入れてる女性を相手にして、そんなヨレヨレの服装で会ったなら、女性はどう思うか分かりますかしら?」
「『うわ……この人、私とのデート楽しみにしてなかったのかな?』って思ったり?」
「そうですわ! つまり、自分も相手に対して普段と違う、気合を入れた姿を見せないといけないのですわ!」
「……いつも以上に葉月ちゃんの良いところを発見して言葉で伝える。更に自分も気合を入れて葉月ちゃんを楽しませる……ということですね!」
二人が顔を縦に振って頷いている。正解したらしい。
確かにそうかもしれない。自分だけじゃなく、相手にも特別な時間を楽しんでもらわないといけないんだ。何せ初デートだ。気合を入れないといけないな……。
「薫、気合を入れるにしたってデート服とか持ってるのか? もしくは金あるのか?」
「う゛っ……修二なら知ってるだろ? 僕の装備を! 勇者のような装備が無いってことを!! お金もそんなに余裕が無い……」
「はぁ……しょうがねぇ。俺の服を貸してやるよ!」
「いいの!?」
「ああ、明日は13時にうちに集合な! 玲子と二人で選んでやるよ」
「助かった!! バイト終わったらすぐ行くよ」
明日は土曜日で午前中だけのシフトになっている。葉月ちゃんは午後遅めのシフトだから会うことはないだろう。修二の家は行ったことないけど、大体の場所は聞いているので大丈夫だと思う。
「じゃあ私は美容室を予約しておきますわ。初デートなんですから、本気で行きますわよ!」
「お、おー?」
そうして僕は、勇者二人の力を借りることが出来たのであった。
ちなみに、会話に熱中していたので、玲子さんのうどんは伸びきってました。
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