第14話 やっとデートのお誘いですか?

 都内にある、ちょっと有名な国立大学。


 一歩足を踏み入れれば、古い歴史を感じさせる建物に圧倒され、キレイなイチョウ並木が生徒を出迎えてくれる。


 高校3年の当時を思い出す。


 学校で進路志望調査があった。自分としては、地元にある私立大学に奨学金を借りて行こうと考えていた。でも、担任の先生との面談の中で志望校を伝えたところ、もっと上の大学も選択肢に入れられると言われた。


 先生の言葉に気を良くしてしまい、どうせなら記念受験をしてみようと思いついた。どうせ受からないだろう、挑戦するだけやってみよう、そんな軽い気持ちだった。


 予備校に通いながら、難関大学の想定問答を解いていくうちに、楽しくなってしまった。元々、勉強の要領が良かったのだと思う。短い時間の中で、問題を理解し、自分の中で最適化が出来た。


 年末に近づくにつれ、周りの友達がピリピリとしている中、僕はいつも通りだった。


 難関大学の勉強を重点的にしていたからか、当初希望していた私立大学は、余裕の安全圏になっていたのである。そうなってくると、更に気持ちが楽になった。ただ、周囲の目があるので遊んでいる訳にもいかない。なので、とりあえず片っ端から問題を解いて時間を潰していた。


 僕が通っていた高校は、一応は進学校とされていたが、そこまでレベルの高い学校では無かった。周りの友達も近場の大学を狙ったりしていて、難関大学を目標にしている人というのは少数だった。


 家族や担任にT大学を受験すると伝えたところ、まず受からないだろうと言われたが、記念受験だし気にならなかった。


 それでも、私立大学を3つと記念受験としてT大学を受験させて貰えることになった。受験費用を出してくれた両親には感謝しかない。


 全ての試験を終え、合否通知が送られてきた。結果、全ての大学に合格していた。夢かと思った。


 家族はもちろん喜んでくれたが、うちの高校からT大学の現役合格が出たのは初らしく、かなりお祭り騒ぎになった。そして何故か担任の先生がドヤ顔をしていたのである。うん、ぶん殴りたくなりました。


 それでも個人的には、実家から通える私立大学が良いかなって思っていたが、周囲の説得がすごかった。最終的には校長先生からも説得され、家族からも生活費の援助をしてくれることになり、決断した。


 そうして僕は、T大学へ入学することになった。

 





 T大学での入学式が終わり、オリエンテーションなどにも参加したが、正直なところサッパリ馴染めなかった。今までと違ってみんなバラバラに行動するため、適当に授業選択を行い、適当に授業を受ける毎日にちょっと心が折れかかっていた。そんな時に知り合ったのが修二と玲子さんである。


 以前から同じ授業でこの美男美女カップルを見かけることが度々あった。たまたま、そう、本当に偶然、授業で修二と隣同士の席になったのである。あの時は確か、修二からサークル入っているのかという質問が切っ掛けだったと思う。


 自分がボッチでどこにも所属していない事を言ったら、笑いながらこう言ってくれたんだ。


「俺もほとんどボッチなんだ、ダチになろうぜ!」


 正直なところ、救われた。


 故郷から東京に来て、ずっと一人の生活。もしこの出会いが無かったら、ずっとボッチだったと思う。修二には玲子さんという彼女がいるので、修二がボッチかというと疑問に思うが、本人曰く男友達は別だそうだ。


 それからの毎日は楽しかった。授業で会えば隣に座り、カフェテリアでお昼を一緒に食べた。もちろん玲子さんも一緒だ。


 玲子さんはまさにモデルさんのような容姿であった。今まで女性と付き合った事すらない僕が、こんな美人と会話が出来るわけないと思っていたのだが、玲子さんは気さくなお嬢様で会話が楽しかった。でも慣れるまですごくドキドキしました。


 それが、僕と美男美女カップルの最初の出会いになる。

 



 ◇



 

 午前中の講義が終わり、修二と玲子さんが待つカフェテリアへと向かう途中、ふと昔を懐かしく思った。


 高校で担任に言われ、気を良くして記念受験をしていなかったら。


 大学で修二と出会わなかったら。


 修二が玲子さんと付き合っていなかったら。


 どれか一つでも欠けていたら、今の自分は無かっただろう。そして、葉月ちゃんとも出会えなかったと思う。


 だから、今の幸せを大切にしようと、心から思った。





「二人ともおまたせ」


「……おつー」


「こんにちは、薫さん」


 お昼時にもなると、カフェテリアは沢山の人で賑わっていた。それでも、この美男美女カップルは遠くからでもすぐに見つける事が出来た。


 もう構内では有名人らしく、二人の仲に割って入ろうとする人は居なかった。僕を除いて。別に引き裂こうなんて思いはないけどね……。


「今日はカツ丼にしてみたよ」


「……俺は水だけでいい~」


「私は親子丼ですわ」


 今日はガッツリ食べたい気分です。サクサクの衣にトロッとした半熟の卵がコーティングされ、出汁を吸った玉ねぎが堪らない一品です。玲子さんの親子丼も捨てがたいが、今日はカツ丼の気分でした。


 修二は前日の酒がまだ抜けないようで、グロッキーだった。日本酒をガバガバと飲んでいたから、しょうがないと思う。


 しばらく他愛もない話をして食事が終わった頃、玲子さんが本題を切り出してきた。


「二人は聞きました? 昨晩の事件のこと」


「……しらなーい」


 修二が適当に返事をして、僕は玲子さんに首を振る。


「昨晩の夜遅くに、駅の繁華街を抜けたあたりにある雑居ビルで火災が起きたらしいですわ」


 聞きたくない……。


「未明には消火が終わったようですけど、死者が何人か出たらしいですわ」


 それ以上、聞きたくない……。


「幸いうちのテニスサークルのメンバーは軽傷だったそうですわ」


 ……聞きたく、無かった……。


「薫の占いは正しかったって事か……ありがとな!」


「薫さん、ありがとうございます。修二さんが助かったのも、薫さんのお陰ですわ」


「……良かったよ。力になれて」


 出来る限り、自分を騙し、精一杯の笑顔を浮かべた。確かに嬉しい。修二が死ななかった。これからも三人で楽しく過ごせる。……それでいいじゃないか。


「……おい薫。顔色悪いぞ、大丈夫か?」


 修二が心配してくれている。誤魔化せそうにないな……。


「まだ昨日の酒が残ってるのかな、午後は大人しくしておくよ」


「あっ、おい! 薫っ!!」


 そう言って、そそくさと席を立ち、二人と別れた。


 午後の講義は、色々な事を考えてしまい、あまり頭に入って来なかった。

 



 ◇◇


 


 大学から帰り、味気ない夕飯を食べていた時、電話が掛かってきた。スマホの画面に表示されているのは、可愛い後輩ちゃんでした。もしかして朝の件のクレームだろうか……。はぁ、気が重い。


「……もしもし?」


『先輩。こんばんはです』


「うん、こんばんは。朝はごめんね。ちょっと寝ぼけてたんだ、許して欲しい」


『……先輩ですから、許してあげます』


「ありがとう葉月ちゃん」


 ちょっとだけ、葉月ちゃんが笑っている気がする。昼から気分が落ちていたけど、ちょっと戻ってきたかもしれない。


『さっき玲子お姉さまから連絡がありました。先輩、落ち込んでいるんですか? 私が悩みを聞いてあげます』


「……」


『……私じゃ……ダメですか?……』


 やっぱり玲子さんは誤魔化せないか。それにしても葉月ちゃん経由なんて、卑怯です!


 泣きそうな葉月ちゃんの声を聞いたら、話さない訳にはいかないな……。でも、鑑定の事は、伝えない方が良い気がした。まだ伝える時じゃないと、そんな予感がしたのだ。


「……じゃあ、葉月ちゃんに聞いて貰おうかな」


『はいっ!』


 電話越しに、葉月ちゃんの笑顔が見えた。


「突拍子もない話だけどさ、一昨日の夜に修二が合コンに行くと不幸になる夢を見たんだ」


『……先輩も合コン行くんですか?』


「えっ!? 僕は誘われた事も無いよ? 残念ながら……」


『……先輩は合コン行っちゃダメですからね?』


「あ、えーっと」


『ダメです……』


「……分かりました」


 あれ、何話してたんだっけ?


「えっと、なんだっけ。嫌な夢を見た事を修二に言ったら、本当に合コン行く予定だったらしくてね。不安だったから急遽予定を変更させて、玲子さんと三人で飲み会にしたんだ」


『私も行きたかったです……』


「いや、さすがに居酒屋に未成年を連れていけないよ。親御さんにも迷惑掛けちゃうし……」


『みんなずるいです。今度は誘ってくださいね?』


「わ、わかりました」


 葉月ちゃんもお酒に興味があるのかな? 葉月ちゃんが酔っぱらうとどうなるのか、気になります!


「なんだっけ? あー、そうだ。今日学校に行ったら、修二が行く予定だった合コンの参加メンバーが、火事でケガをしたらしいんだ……」


『……そういえばニュースで流れてました。駅近くの雑居ビルで火災が起きたって』


「そうそれ。結局さ、僕が修二だけじゃなく、他の合コン参加者も強引に連れ出していたらこんな事にならなかったのかなって……ちょっと落ち込んでた」




――もし、合コンメンバーを連れ出して飲み会を中止させていたら?


――もし、合コン会場付近で待機して、火災が起きるのを待ち構えていたら?




 もしかしたら、多くの人を救うために、神様はこの力を授けてくれたのかなって考えてしまう。僕は、多くの人を救えたのかもしれなかったのに、修二しか助けなかった。その現実が、胸に刺さった。


『……先輩は傲慢です。そんな事が出来るのは、ドラマや漫画の世界だけですよ。運よく修二さんが助かった、それで良いじゃないですか?』


「……っ!」


『それでも納得が出来ないようだったら、私が許します! 先輩は正しい事をしました。先輩はお友達を助けた! それで納得して下さい』


「……ありがとう葉月ちゃん」


『それでも、それでも負い目を感じるのでしたら……、私がピンチの時は何が何でも助けて下さい。約束ですよ?』


「……分かった! 葉月ちゃんは僕が一生守るよ。どんな事があっても絶対に守って見せるから」


『……っ!?』


 葉月ちゃんの言葉で心が軽くなった。そうだ、僕に出来る事は身近な人で精一杯なんだ。手の届く範囲だけでも、全力で守ろう。


「ありがとう葉月ちゃん、ちょっと気持ちが楽になったよ」


『……もう、先輩はしょうがないですね。あ、いい事を思い付きました』


「……え?」


『……落ち込んでいる先輩にプレゼントをあげます。待っててくださいねっ』


……ツーツーツー。


 あれ、電話が切れちゃった。プレゼントって何だろう。まあ、今度バイトで会うから良いかな?

 




 ◇◇◇


 



 大学の課題を行い、お風呂に入って、そろそろ寝ようかと考えていたら、スマホのアプリ通知の音が鳴った。スマホを手に持ち通知を見ると、チャットアプリだった。アプリを起動して内容を読むと、葉月ちゃんからメッセージが届いていた。




『落ち込んでいる先輩にプレゼントを上げます。元気出してくださいね。あと、遅刻しちゃだめですよ?』


『【──朝の目覚まし♪──】』



 

 内容を見ると、音声データが送られて来たようだ。もしかしてこれは、朝にお願いしたやつか!?


 はやる気持ちを抑え、音声データを再生した。




『…先輩? 朝ですよ~。起きてくださ~い。早く起きないと遅刻しちゃいますよ~』




 綺麗な声が聞こえた。こんな優しい声で起こされたいと思っていたんだ。すごくうれしい! これで毎朝、葉月ちゃんの可愛い声で癒される事ができる。


 やっぱり占いの内容は正しかったんだ。神様ありがとうございます!!


 葉月ちゃんにありがとうってメッセージを送ろうとしたところ、まだ音声データが再生されていることに気が付いた。





『………………起きてくれないと………キス……しちゃいますからね……』





「……!!!」


 まさかの時間差攻撃に、顔が真っ赤になるのが分かった。


 最初の音声から1分近く経ってから、次の音声が再生されたようだ。なんて小癪な!


 葉月ちゃんが可愛すぎてどうにかなってしまいそうだ。


 お礼のメッセージを送るのと一緒に、映画のお誘いをしよう。いい加減、そろそろ前に進もうと思う。



『葉月ちゃんありがとう! これでバッチリ起きられそうです。あと、今度の日曜日、映画を見に行きませんか?』



 そうして僕は、一歩前へ足を踏み出したのである。

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