第8話 ―― 葉月Side ―― 3/4
高校3年生になり、周囲の友達は大学や専門学校への受験に向けてピリピリとしたムードになってきました。
私は大学や専門学校に余り興味がありませんでした。……嘘です。本当は先輩と同じ大学に行って、キャンパスライフというものを体験したかったです。
でも、私の学力じゃ……どう頑張っても先輩の大学には入れそうにありません。なんであんなレベル高いとこにいるんですか先輩は!?
これがドラマや映画だったら、必死になって勉強して奇跡的に合格! とかありそうですが、現実はそう上手く行きません。
以前、担任の先生と進路相談をした時の事です。
担任の先生は20代後半の女性で、眼鏡が似合うキャリアウーマンのような素敵な先生です。
いつも親身に相談に乗ってくれるので、生徒からの信頼も厚く、担任になってくれて良かったと思います。
「黒川さんは卒業後の進路をどう考えていますか?」
先生の言葉に、スッと言葉が出てきました。
「T大学に行きたいです!」
ふふ、ちゃんと進路を考えています。
「……えっと、目標が高いのは素晴らしいですね。でも他にも大学はありますし、自分に合ったところを探して見るのはどうでしょうか?」
「T大学に行きたいです。他の学校に興味はありません!!」
言っちゃいました。先輩と同じ大学に行ってキャンパスライフを楽しみたいです。修二さんや玲子お姉さまもいますし、きっと楽しいに違いありません!
「……うーん」
あれ? 先生がちょっと悩んでいるようです。T大学って有名ですけど、私じゃ厳しいのでしょうか? 今まで大学に興味もありませんでしたので、何も調べていませんでした。
「黒川さん、キツイ事を言いますが、あなたの現在の学力ではT大学への入学は不可能です……」
「……じゃあ、今から頑張れば行けますか?」
「奇跡が起きて2浪、頑張って3浪、4浪すればギリギリ合格が見えるようになるかもしれません。それくらいの難関大学ですね」
「…………はぁ」
先輩たちって頭良かったんですね。私もクラスでは上の方の順位だったと思いますが、無理なんでしょうか。あれ? でも玲子お姉さまってこの学校卒で現役合格していたような……?
「あの……先生、厳しい事は分かりました。でも私もそこそこの成績ですし、頑張れば行けるのかなって思ってました。うちの卒業生でT大学に現役合格した人が知り合いにいるんです。天王寺玲子さんって方なんですけど」
「……天王寺さんですか。彼女は天才です。彼女はうちの学校じゃなくて、もっとレベルの高い学校へ行っていないとおかしな存在でした。家庭の事情でうちに来たって聞きましたが、詳しくは分かりません。彼女と比べてはだめですよ?」
玲子お姉さまってすごい人だったんですね。その玲子お姉さまと同じレベルの先輩もすごい人って事ですか……。いつもフワっとしてて恥ずかしい事を言ってくる先輩なのに、ちょっと見る目が変わりました。
「分かりました。卒業したら父の会社に就職します……」
そうして、私の進路相談は終わりました。だって、奇跡が起きて2年で入れたとしても、先輩とか卒業しちゃいますし……。
◇
最近はアルバイトが特に楽しいと感じます。仕事内容にも慣れて、臨機応変に対応出来るようになりました。
そんなある日、先輩と一緒のシフトになって接客をしていたのですが、何かいつもと先輩の様子が違います。動きにキレがないというか、フワフワしているような……そんな感じです。今もちょっとボーっとしています。
「ボーっとしてないで先輩は3番テーブル片付けて来てください。私は9番テーブル行ってきますので」
「りょ!」
ちょっとキツく言いすぎてしまいました。よく見ると具合が悪そうですし、優しく声を掛けてあげればよかったです……。
後悔しててもしかたがないので、9番テーブルのお片付けをします。キレイに食べてくれるとこっちまでうれしくなりますね。
しばらくすると、先輩も帰ってきました。さっきよりも顔が赤いですね。熱でもあるんでしょうか?
「どうしたんですか先輩。ちょっと顔が赤いですよ?」
「葉月ちゃんが可愛くて見惚れてた」
「……ぶっ殺しますよ」
せっかく心配してあげたのに、先輩が急にドキっとする事を言うから……つい変な返事になっちゃいました。
でも本当に具合悪そうですね。大丈夫でしょうか。
「なんか今日は視界が霞むことがあるんだよね。疲れてるのかな」
「風邪でも引いたんじゃないですか? どうせエアコン付けっぱなしで寝たんでしょう」
「エアコンは途中で消したけどマッパで寝てた」
「……さいてーです」
あれ、いつもはこんなセクハラっぽいこと言ってこないのに、本当にどうしちゃったんでしょうか。
「大丈夫ですか先輩。さっきより辛そうですよ?」
「ほんとにやばいかもしれん。寒気がしてきた」
やっぱり風邪ですかね。具合の悪い時は、ゆっくり休んでもらったほうが良いですね。
ちょうどカウンターにいるマスターと目が合いました。軽く手を挙げてマスターを呼びます。マスターがこっちの話を聞いていたのか、事情を察してくれました。
「薫くん体調悪そうだから、そろそろ上がっていいよ。今日はいつもよりお客さんの引けが早そうだし」
「ありがとうございますマスター。ちょっと熱が出てきた感じなのでお先に失礼します」
よし、先輩の分まで頑張りましょう。
「葉月ちゃんごめんね、やばそうだから帰るね。今度埋め合わせするから」
「そんなこと気にしないで下さい。ゆっくり休んで下さいね」
ふう。一安心です。自然と笑みがこぼれてしまいました。
◇◇
翌日、学校から帰ってアルバイトをしていましたが、いつになっても先輩が来ませんでした。
今日も先輩と同じシフトなので楽しみにしていたのですが、具合が悪くてお休みでしょうか?
ちょっとマスターに確認してみようと思います。
「……あの、マスターさん。今日は中野先輩はお休みですか?」
「ああ黒川さん、中野さんからの連絡は貰っていません。今までこんな事なかったので、ちょっと心配ですね」
「もしかしたら、風邪で寝てるのかもしれませんね……」
「大事になってないと良いんですが……」
確か先輩は近くのアパートで一人暮らしをしてるって聞いた覚えがあります。お見舞いに行ってあげたいですが、場所が分からないです。
今日のシフトが終わったら、マスターに聞いてみようかな。マスターなら住所知ってるよね。
そんな事を考えていたら、来店を告げるドアベルの音が鳴り響きました。
「いらっしゃいませー」
「ちーっす」
「こんにちは、葉月ちゃん」
お客様は修二さんと玲子お姉さまでした。ふふ、仲良しカップルさんで羨ましいですね。
「お二人ともこんにちはです。すぐに席にご案内しますね」
「いや今日は客じゃないんだ。薫バイト来てる? 朝から連絡着かないし学校でも見かけなかったんだよな」
「…え!? 学校にも行ってなかったんですか? さっきマスターさんと話したんですけど、今日のシフトにも来てなくて、連絡も着かないそうなんです。昨日具合悪くて早退しているので、もしかしたら寝てるのかもしれません」
「さすがにこれだけ連絡して反応ないのは異常ですわ」
「玲子、急いで薫の家いこうぜ!」
「わかりましたわ。葉月ちゃんまた来ますわ」
朝から連絡が取れないなんて、大丈夫でしょうか……。一緒に行きたいけどまだシフトもありますし……。
その時、何かを察してマスターが来てくれました。
「お二人とも、少しよろしいですか? ……黒川さん、ちょっと中野さんの様子を見てきてもらえませんか? 雇用主としても心配です」
「わかりました。すぐに見てきます!」
そう言って、修二さんと玲子お姉さまと一緒に先輩の家へ向かうことになりました。
この制服のまま行くのは恥ずかしかったですが、マスターも許してくれたので我慢して向かうことにします。
「お二人は先輩のお家の場所知ってるんですか?」
「俺は何度か遊びに行ったからわかるぜ」
「私は初ですわ」
そっか、玲子お姉さまは初なのか。ちょっと安心している自分がいます。
「このスーパーを曲がって少し行ったら見えるはずだ。…………あそこのアパート1階の角部屋が薫の家だ」
「鍵掛かってたら、管理人さんに連絡取らないといけませんわね」
「……先輩」
無事だと良いのですが……。修二さんが先頭に立ってドアを開けてくれました。
奇跡的に部屋の鍵は開いていましたが、玄関で先輩が倒れていました。
「おいしっかりしろ! すごい熱だ! 救急車呼んだ方がいいんじゃねえか!?」
「救急車を呼びますわ! まずは奥に運びましょう!」
先輩は仰向けになって、意識が無いようです。顔も赤く、危険な気がしました。
修二さんと一緒に、先輩を奥に運びます。玲子お姉さまは救急車の手配をしてくれていました。
ベッドの上に移動させ、先輩に声を掛けます。
「先輩大丈夫ですか!? しっかりして下さい!!」
涙が出てきました。私は父母と一緒に暮らしていますが、先輩はここで一人ぼっちです。
もし、もしも私たちが家に尋ねなければ、最悪死んでいたのかもしれません。
もっと先輩と連絡を取り合っていたら、違ったのでしょうか……。昨晩、先輩に連絡をしていたら……。ちょっと後悔してしまいます。
「葉月ちゃんはもっと笑うといいよ。笑顔が可愛いんだから……」
「……!」
先輩の顔を覗き込んでいたら、先輩の意識が戻りました。でも、すぐに気を失ってしまいました。もっと言う事あったと思うんですけどね。
「はぁ……なんか、溜息がでちゃいました」
「命に別状は無さそうですわね。まあ救急車呼んじゃいましたし、このまま待ちましょう」
「こんな時でも薫は変わらないな!」
みんなホッとしたのか、笑ってしまいました。なんで先輩は、こんな状態であんな事を言えるのでしょうか……。
しばらくすると、救急車が来ました。
玲子お姉さまが付き添いで病院に行き、修二さんが簡単な荷物を持って後から病院に行ってくれる事になりました。
私はマスターさんのお店に戻り、状況報告です。
「じゃあ玲子、後から行くから頼んだ」
「分かりましたわ。葉月ちゃんにも後で連絡しますわ」
「はい!」
そうして、先輩は病院に搬送され、入院する事になりました。
私はマスターの喫茶店に戻り、状況を伝え、接客に戻りました。さすがにマスターのご厚意で外出とさせてもらいましたが、お金を頂く以上、しっかりと働きます!
その夜、玲子お姉さまから連絡がありました。隣駅にある桜山大付属病院に入院しているようです。命に別状はなく、少し入院すれば良いそうです。安心しました。
◇◇◇
翌日の放課後、今日はアルバイトのシフトが入っていないので先輩のお見舞いに来ました。
桜山大付属病院は電車で一駅の隣町にあり、駅から歩いて15分くらいで着きました。
受付で先輩の部屋を聞いたところ、502号室でした。お見舞いの品を買おうかと思いましたが、まだ学生ですし、先輩に気を遣わせてしまいそうなのでやめておきました。
「……先輩。失礼しま~す」
ノックしても反応が無かったので、ドアをそっと開けました。部屋は広い個室のようです。大きなテレビやソファーもあって、奥に先輩が寝ていました。
他に誰もいませんでしたので、寝ている先輩の傍まで行き、寝顔を覗き込みます。
どこにでもいそうな普通の大学生です。背が高い訳でもなく、顔が特段に整っている訳でもない、失礼かもしれないけど修二さんの方が断然イケメンです。
……でも、私はこの人の優しいところが好き。一緒にいるだけで心が温かくなる、そんな先輩が好き。初めて見る先輩の寝顔を見ていたら、気持ちが溢れて来ました。
ずっと見つめていたら、ドキドキしてきちゃいました。そろそろ帰りましょう。
「先輩、早く元気になってまた一緒にお仕事しましょうね。また来ます」
そう言って帰ろうとしたら、先輩から微かに声が聞こえます。
「……葉月ちゃん」
「……」
寝言でしょうか? 話しかけたので、返事をしてくれたのかもしれません。でも、夢の中でも私の名前を呼んでもらえて……嬉しいな。
「また来ますね。先輩」
そして部屋を出たところで、看護師のお姉さんに話しかけられました。
「あら? 中野さんの彼女さん? いいわね~中野さんは、こんな可愛い彼女がお見舞いに来てくれて、幸せ者ね~」
「ええ!? ち、違います。まだ彼女じゃないです。先輩は先輩です」
急に彼女と言われて、変な事を言ってしまいました。先輩は先輩です。いつか彼女になれたら嬉しいですけど……。
「まだって事は、これから彼女になるのね!? キャー若いっていいわ~」
「あの、お姉さんだって若いですよ……?」
20代前半の可愛い系のお姉さんです。玲子お姉さまのような綺麗系なお姉さんとはちょっと違いますが、魅力的だと思います。
「はぁ……。いいですか? 学生と社会人じゃ全然違うわ。そう、子供と大人くらい違うのよ? そうね、
「な、なんでしょうか……」
このお姉さん、すごく怖いです。初対面でこんなに言ってくるなんて、何か嫌な事でもあったのでしょうか……。よく見ると目の下にクマが出来てますね。お化粧で誤魔化しきれてません。お疲れなのでしょうか?
「もし今の
「えっ!?」
「だって、こんな可愛い子が厚意を寄せているのに告白してくれてないんでしょ? 私もそうだったの。高校の時、ずっと仲良しだった先輩といつか恋人になれるって思ってたわ……」
何かこのお姉さん、自分の思い出話を始めちゃいました。まあ確かに先輩と一緒に仕事して1年くらいになりますが、先輩から告白されてないです……。
「こっちから告白して断られるより、今の先輩後輩の関係が心地いい。先輩が告白してくれるまで待ってるわ、っていう乙女心があったのよ」
「……まぁ、分からなくもないです」
私から告白して断られたら……そう考えると恐怖です。
「でもね……先輩が卒業して、それでお終い。告白されることも無かったわ。学校という接点が無くなった瞬間、もう
「っ!!!」
そっか……私は高校を卒業したら、お父さんの会社に就職する。そうしたらマスターの喫茶店で働かないから、先輩とも会うことが無くなっちゃう。
その事実を忘れていた。もしかしたら、知ってて気付かない振りをしていたのかもしれない。今の先輩後輩が心地良いから。そっか、この関係もあと半年くらいしかないのか……。
「えっと、ど、どうしたら良いでしょうか? 私から告白するのは……怖いです」
「そうね……。今より大胆に、好きって事をアピールするのよ」
「アピールですか?」
「そう。手を繋いだり、デートに誘ったり、それが難しかったら、相手をドキっとさせる事を言って積極的にあなたを意識させるの」
「ドキっとさせる事……」
「そこまでやっても告白してこないような鈍感主人公だったなら、捨てなさい」
「捨てちゃうんですか……」
「男なんて腐る程いるわ。あなたみたいな可愛い子なら選び放題よ。運命の彼氏じゃなかったって事で、新しい恋を探すといいわ」
「……考えてみます」
「ごめんなさいね、ズバズバと言っちゃって。でも、若い時の事を思い出しちゃって。応援してるわ、頑張ってね♪」
そう言って、彼女は去っていった。嵐のような人だったなぁ。でも、ありがとうございます。大事な事に気付きました!
それにしても、お見舞いに来てこんな事言われるなんて思ってませんでした。ちょっとムカついたけど、まあいいか、もう会うこともないだろうし。
さようなら
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