第7話 ―― 葉月Side ―― 2/4


 アルバイトを始めてから半年経ち、やっと一人前と認められました。何度も失敗したりしましたが、先輩が助けてくれたので挫けずにやってこれました。


 今日は休日ということもあり、朝から夕方までのシフトに入っています。先輩と一緒なので、心強いです。


「いらっしゃいませ、2名様ですか? ご案内致します」


 早速お客様がいらっしゃいました。スラッと背の高い爽やかな男性と、ウェーブのかかった金色に輝く髪が素敵なモデルさんのような女性の二人組です。


 まさに美男美女のカップル、素敵です。


 窓際の二人掛けの席に案内しました。映える二人は窓際のカップル席に案内するようにと、先輩に教えてもらいました。


 席に案内をしたあと、おしぼりとお冷を持っていきます。それにしてもすごいオーラのあるカップルです。私がシフトに入ってるときには、見たことが無いですね。


「ご注文はお決まりでしょうか? 宜しければお伺いいたします」


「俺はモーニングのホットサンドセット、ブレンドコーヒーにしようかな。玲子は?」


「私はモーニングのフレンチトーストセットで、アメリカンコーヒーでお願いしますわ」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 ふふふ、もう接客も一人で大丈夫です。仕事を覚えるのは大変でしたが、やりがいを感じます。




  ◇




 厨房には先輩がいました。先輩は最近、厨房のお手伝いもするようになっています。マスターの作る料理も絶品なので、技術を習得するんだって張り切っていました。


「……先輩、オーダーです。ホットサンドセットとフレンチトーストセットおねがいします」


「りょ!」


 先輩は変な返事をよくします。面白いですけど、気が緩みますのでお仕事中は良くないと思います。


 気が緩む……つまり、構って欲しいということでしょうか? もう……しょうがないですね、先輩は。


「いますごくキラキラしたカップルが来たんです。なのでカップル席に案内しました」


「ほほう、どんな人? 見たことあるかな」


「背の高い男性と金髪の女性です。大人な感じがして素敵でした。特に女性の方は絶対にモデルさんですよ。カッコ良くて綺麗でした!」


「あー……、見たことあるような知っているような……」


 むむ、常連さんでしたか。先輩もあのような綺麗な女性が好きなのでしょうか?


「先輩も見たことあったんですね。やっぱり綺麗ですよねあの女性、ドキドキしました?」


「うーん、確かに最初はドキドキした! ……けど、うーん……」


「……?」


 先輩がこっちを向いて唸っています。どうしたんでしょうか?


「僕は葉月ちゃんの方が綺麗で可愛いと思うよ」


「……!?」


 なんでこの人は急にそんな事を真顔で言うんでしょうか!? 顔が熱くなってきました。


「中野く~ん? お料理まだですか~? 早くしてくださいね♪」


「すいません加藤さん! もう出来ます!」


「葉月ちゃんも中野くんで遊んでちゃだめよ? お仕事中はメリハリ付けてね♪」


「すみません加藤さん」


 また怒られてしまいました。今回は私が悪いです。反省しないとですね。


「ごめん葉月ちゃん、これお願いね」


「……はい、行ってきます」


 まだ恥ずかしくって、先輩を直視出来ませんでした。料理は例のカップルの分でした。少し深呼吸して、気持ちを落ち着かせていきましょう。




  ◇◇




「おまたせしました。ホットサンドセットとフレンチトーストセットになります」


 男性の方にホットサンドセット、女性の方にフレンチトーストセットを並べる。この時、お皿とカップの向きに気を付けるのが重要です。一度お皿を置いてから移動させるのはダメだそうです。


「おぉ! うまそう!!」


「良い香りですわ」


 お二人とも喜んでくれています。ここで働いていて、この言葉を聞けるのがすごくうれしいですね。お客様に喜んで貰えると達成感があります。


「ご注文は以上でよろしいでしょうか? ごゆっくりどうぞ」


 まだ朝は始まったばかりです。どんどんお客様を捌かないといけませんね、頑張りましょう。 




  ◇◇◇




 しばらくすると、朝のピークが終わり落ち着いて来ました。次のお仕事は、お冷のお代わりや食べ終わった食器類を下げる事です。


 よく見ると、例のカップルさんのお食事が終わっているようですね。チャンスです!


「こちらお下げしてもよろしいでしょうか?」


「どうぞ~」


「えぇ、ご馳走さまでした。美味しかったですわ」


 綺麗に食べてくれました。食器を重ね、厨房に戻ろうとしたところ、お二人に声を掛けられました。


「もしかしてあなた、葉月ちゃんでしょう?」


「え、え? ……そうですけど」


「急にごめんなさいね。薫さんから聞いてた通りの可愛い子だったから、つい声をかけちゃいましたわ」


「薫さん……ですか?」


 薫さんって誰でしたっけ?


「中野薫だよ。知ってるだろ? 俺らあいつの友達なんだ」


「ああ! 先輩のことですか! いつも先輩って呼んでるので、分かりませんでした」


「ふふ、薫さんもまだまだですわね」


 職場のみんなは全員が先輩のことを中野さんって呼んでいたから分からなかった。そういえば下の名前は薫だったっけ。


 でもこれで覚えました。もう忘れません。


「私は天王寺玲子てんのうじれいこですわ。玲子と呼んでくださいね。お友達になりましょう?」


「俺は千葉修二ちばしゅうじ、千葉って名字、好きじゃないんだ。修二って呼んでくれ」


「あ、えっと、黒川葉月です。よろしくお願いします」


 このお二人が先輩の唯一のご友人だったんですね。確か先輩が美男美女カップルって言ってましたけど、ビックリしました。本当に美男美女でした。


「薫とは仲良くやってる? あいつたまに変な事言うだろ」


「先輩は……とても良くしてくれてます。たまに変な事いいますけど……」


 さっきの会話を思い出す。先輩は唐突に可愛いとか綺麗とか、ビックリさせることを言ってきます。下心とか無く、無意識に言っているところが悪質ですけど。


 でも、先輩に容姿を褒められるのは…ちょっと嬉しいです。


「ふふ、赤くなっちゃって可愛いわ」


「脈ありだな」


「そ、そういうのじゃないです。確かに先輩は優しいですけど……。それよりも! 先輩ってあんな突拍子もない事、いつも言ってるんですか!?」


「突拍子もない事ですの? うーん……葉月ちゃんはどんな事を言われてますの?」


「え? そ、それは……」


 あれ? 何かおかしな方向になっているような?


「俺たちと君とじゃ、内容に食い違いがあるかもしれないからな。ちょっと教えて欲しい」


 からかわれてる? でも二人とも笑ってないし真面目な表情だよね……。


「えっと……、綺麗とか……可愛いとか。さっきも……」


「……さっきも何か言われたのかしら? 内容によっては後でしかっておきますわよ? 何て言われたんですの?」


 だめだ、混乱してきた。顔も熱くなってきた。えと、こんなこと言っていいのかな……。


「さっき先輩にお二人が来たことを伝えたときに、綺麗なお客さんが居ましたって伝えたんですけど、先輩は玲子さんの事を知っているようだったんです」


「ああ、ここしばらく来てなかったもんな。君がバイト始めてから来たの、初かもしれないな」


「それで? それで続きはなんですの!?」


 あれ、玲子さんのテンションが上がってます。もしかして騙されたのでしょうか……?


「その……先輩も……綺麗な玲子さんを見てドキドキしますか? って聞いたんです」


「またすごい質問だな」


「返事は!? 何て言われたんですの?」


 確かに彼氏の前で言う事じゃなかったですね。


「……えっと。その……」


 でももう、ここまで来たら、言うしかないですね……。


「はよはよですわ!」


 玲子さん、美人なのにこんな人なんですね。ちょっと面白いです。言いたくないけど、もう言っちゃおう!


「僕は葉月ちゃんの方が綺麗で可愛いと思うよって……真顔で言われました……」


「キャー!」


「さすが薫だぜ!」


 ああ……なんて事を言っちゃったんでしょう。恥ずかしいです。


 三人で盛り上がっていると、加藤さんが来ました。


「葉月ちゃん大丈夫? ……あのお客様、もう少し声の音量を下げて頂けますでしょうか。他のお客様のご迷惑になってしまいますので、申し訳ございません」


「あら、ごめんなさいね。とても美味しかったから、ついつい話し込んじゃいましたわ。ご馳走様。また来ますわ」


「美味しかったです。ごちそうさまでした」


 どうやら長い時間、話し込んでしまったようです。トラブルと思われたのか、加藤さんが助けに来てくれたようです。


「じゃあ葉月ちゃん、お片付けお願いね。私はレジ行って来るから♪」


 そう言って加藤さんはレジに行ってしまいました。


「葉月ちゃん、また来ますわ」


「またくるぜ!」


 そう言って、二人はレジの方へ行ってしまいました。でも、何故か玲子さんだけ戻ってきました。忘れ物でしょうか?


 玲子さんが私の耳元に口を寄せて来ました。甘い良い匂いがします。


「薫さんがああいう事を言うのは、葉月ちゃんにだけですわ。いつも惚気話を聞かされて困ってましたの。愛されてますわね、葉月ちゃん♪」


「……!」


 心臓が止まるかと思いました。ドキドキします。


「今度、連絡先を交換しましょう? 相談に乗りますわ」


 玲子さんが満面の笑みを浮かべてレジに向かってしまいました。やっぱり先輩もおかしいけど、お友達も普通じゃないようです。


 玲子さんじゃなくて、玲子お姉さまって呼ぶことにしましょう。


 これが、私と先輩の友人、美男美女カップルとの出会いでした。




  ◇◇おまけ◇◇




 午後1時を回り、お昼のピークも過ぎて、店内も落ち着いて来ました。


 厨房の方へ行くと、先輩が料理を作っていました。さっき加藤さんに怒られたのは先輩のせいなので、ちょっと言わせてもらいましょう。


「先輩、修二さんと玲子さんが来てましたよ。先輩のせいで怒られちゃいました」


「やっぱあの二人だったか~。って、葉月ちゃんが怒られたのは、僕関係ないんじゃない?」


「全部先輩が悪いんです! もうちょっと自覚してください!」


「ええ~? そんな~」


 そうです。自覚の無い先輩が全部悪いんです。こっちの気を知らないでドキドキさせる事ばっかり言うんですから。そうだ、今度玲子お姉さまに相談してみましょう。


「そうだ葉月ちゃん、そろそろ休憩でしょ? お詫びに賄いのお昼を用意するから、休憩室で待っててくれる?」


「……わかりました」


 先輩がニヤけています。何か企んでいそうです。ふふ……そう何度も先輩にドキドキさせられませんよ!


 少しの間、休憩室でスマホをポチポチして休んでいると、先輩が来ました。


「じゃじゃ~ん! マスター直伝のフワフワオムライス! どうぞ召し上がれ~。感想は後で聞かせてね!」


 そう言って、先輩は料理を置いてすぐに休憩室から出て行ってしまいました。


 料理のお皿はクローシュというのでしょうか? 銀色のボールのようなもので隠されています。


 先輩はオムライスと言っていました。きっと冷めないように気を使ってくれたんですね。やっぱり先輩は優しいです。  


 お腹も空きましたし、頂きましょう。


「……またやられました」


 クローシュを取ったら、オムライスとコンソメスープがありました。ここまでは良いです。


 フワフワな卵がご飯を覆い、コンソメスープの良い香りが食欲をそそります。


 でも、問題はオムライスのケチャップです。

 

 ケチャップで文字が書いてありました。上手なのがイラッとします。


 記念にスマホで写真を撮っておきましょう。



 『♡葉月ちゃん♡』

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