第三章 殺害予告とK24

 四月二十五日。月曜日の朝。


 普段通り学ランを身に纏った寺島は、金が城学園高校へと登校すべく一人で通学路を歩いていた。眠気が酷く襲ってくるのは、休日に十分な休息を取れなかったからだろう。


 土曜日、雅を誘拐犯から救出した後、警察やら救急車やらが警笛を響かせ駆けつけてきた。  


 問題ないと言い張る雅だったが、後頭部を強く打撲したせいで内出血の可能性があり、寺島としても大事になっては困るので大人しく搬送されてもらった。

 それとは反対に、寺島は誘拐犯と同じような扱いで警察に連行された。


タクシー運転手のおじさんが即座に警察へ通報したようで、タクシーの強奪容疑と無免許運転で有無を言わせず警察署へ直行だった。


運転手のおじさんは、どうやら寺島が金が城学園高校の生徒であることを結局は認められなかったらしい。


必ず当たる宝くじをどうせ当たらないからと道端に捨てたようなものだ。


「こんなに早く解放されたのは雀が先に手を回しておいてくれたおかげだ。ありがとな」

 寺島が礼を述べると、スマホの向こう側でえへへと照れる声が漏れた。


『雀やるでしょ~? あの後も大変だったんだよー?』


 一度連行された寺島だったが、警察署へ到着すると警部や警視が外に列を連ねており『寺島 将生』という名前の確認が済むと、僅か五分ほどで解放された。


寺島を現場からパトカーで連れて来た新米警察官達の頭上に『?』マークが浮かんでいたのは仕方ない。最後は自宅までパトカーで安全に送迎してくれるサービス付きだった。


「ところで、どんなコネを使ったんだよ」

寺島が苦笑いする。

「源蔵さんも警察には関わりが深いし逮捕されることは無いと思ったけどさ」


『寺島氏が逮捕されたらお父さん警察に殴りこみに行っちゃうよ』


「断じてそれはない。あの人、俺には案外冷たいんだぞ。留置所で俺がマズイ飯食ってる時にあの人は平気で目の前に来てカップラーメン食いそうだし」


 寺島が成長期を迎えた辺りで、源蔵が娘に手出しはさせないぞオーラを身体中から漂わせ始めたことを寺島は知っている。


『寺島氏にとっての贅沢がカップラーメンってなんか可哀そうだけど。……というかぁ。それよりもぉ、寺島氏おデートしてたんですってぇ? ぇぇ? えぇ? ええ?』


 完全に責め立てられている。寺島は少しだけ耳からスピーカーを離した。


「普通、誘拐の話よりも先にそれを聞くか?」


『だって誘拐の話を今聞いても仕方ないじゃん。寺島氏もよく分かってないんでしょ?』


緑髪の男が言うに、雅から話を聞けばパーツが重なる。今は、なぜ雅が《催眠術師》に狙われているかすらさっぱり分からない。


「……確かに雅から話を聞かないと分からないことだらけだな」


『うわ……雅って呼んでる……。食堂で会った時には敵みたいに言い争いしてたのに。あ、結局は顔か。顔ですよね。男は顔ですよ。やっぱり寺島氏牢獄にぶちこんでもらおっかなぁ』


「牢屋とか留置所とか刑務所じゃなくて牢獄ですか……?」


 雀が本気で寺島を豚箱にぶち込もうと思えば、無実の罪をでっち上げることすら可能だ。しかも寺島は現段階でタクシー強奪犯に加え、無免許運転者。寺島の首の皮は雀によって繋がれているのも同然の状態だ。


 スマホの向こう側にへこへこしつつ、寺島は学園の裏門に向かった。


金が城学園高校には正門と裏門がある(他にも東西南北に門が設置されている)。


正門は1号館に近く、裏門は2号館に近い。朝の正門は黒塗りのベンツ、ロールスルイス、ポルシェなど典型的な金持ちの車で渋滞しているため、ある意味特別な徒歩で通う生徒は慣習的に別の門から登下校する。   

  

 言うまでもなく渋滞しているのは『純金』の送迎車。住み込みの相談係達も『主』と同じ送迎車で登校する者が多いので、裏門はがら空きだ。


 広大な敷地面積を誇れど、高層ビル群の中で傑出して孤高な存在感を醸し出す中世ヨーロッパの伝統建築をモチーフにした金が城学園高校は浮きすぎた存在だ。


一年以上通う寺島ですら東京の一部の土地だけがタイムスリップしたよう錯覚を今でも味わう。


校舎まで続く茶色の石畳は馬車が通過してもおかしくないし、校庭に整然と植えられた天然芝は、数か月に一度休日の間に張り替えられる。定時になると飛沫を上げる噴水は誰も見向きもしないのに三つもある。


不況とはいえ、資本主義である限り、遥かなる高みにいる金持ち達は金銭関係で困ることは無いのだろう。


雀に拾われた寺島は奇跡的な幸福だった。そんな事を考えながら裏門をくぐると、すらっと背の高いブレザーを着た男がギャラリーを引き連れて立っていた。


「ごめん雀。また後でかけ直すよ。ちょっと話が長そうな相手が待ち伏せしてるみたいだ」


『ん? あー、まあじゃあ明日たっぷりお話は聞かせてもらうよ。雀も株式市場を今からチェケラッチョする所だからさ。じゃ頑張ってね寺島氏!』


「チェックだろ……、って切られた……」


 無性に悲しくなる電話の切られ方をした。


 ――つーかあいつ今日も学校休みかよ。


まあいつものことか、と寺島はポケットにスマホをしまった。


「――来たな。寺島将生」

 綺麗に背筋を伸ばし、重心を偏りなく両足に乗せて立つ男の姿は、それだけで気品を漂わせていた。端正な顔立ちにこの上なくブレザーが似合う。


「なんですか……修一さん……」


 修一の眉がピクリと上がった。修一は怒りを感じた時に眉が吊り上がるらしい。2号館の食堂で寺島が嫌味を吐いた時もそうだった。


「君に下の名前で呼ばれるのは気分が良いものではないな。出来るならば瀬崎さんか、瀬崎先輩とでも呼びたまえ」


「出来ないなら修一さんでも良いってことですか?」


 寺島も無意味に喧嘩腰で話す必要はないはずだが、寝不足のせいでまだ疲れが残っていて今日は普段より短気に拍車がかかっている。


 寺島は早く通り過ぎて自分の教室へ向かおうと足を前に踏みだした。


「待て。寺島将生」

修一が右手を横に突き出す。

「一昨日の土曜日。君は何をしていた?」


 一見唐突な質問に見える。ただ、寺島は修一が現れた時点で何を問われるかは想定済みだった。だからさらに面倒だったのだ。


「……俺のありふれた休日が気になりますか?」

 寺島は恍けたが、修一も寺島の反応にはある程度予想はついていたようだ。


「ああ、とても気になるな」


「外出していましたよ」


「誰と? どこに?」


「誰かと。どこかへ」


 瞬きもしない仏頂面で寺島が答える。今時のAIスピーカーより不愛想だ。


 雅は病院に救急車で搬送。寺島は警察署にパトカーで連行。土曜日から二人は全く顔を合わせていない。


 重症では無かったし大事には至っていないと判断して、寺島から雅に連絡を取ることはしなかった。


 日曜日は、寺島も地面に打ち付けた右半身が痛みを増して寝たきり状態だったこともある。帰宅後に背中に刺さったガラス片を除去するのも大変だった。


「それは言えない人物か? もしかすると君の『主』か?」

 この男は質の悪い質問ばかりをしやがる。


 回りくどく答えの分かっている質問をされるのが寺島には気に食わない。


「本人から誰にも言ってほしくないって言われてるんで、その質問には答えられないです。ちなみに俺の『主』は外出が大嫌いです。今日も学校にすら来てないですからね」

 雅から兄である修一にだけは共に外出したことを言わないよう忠告されている以上、寺島が自ら白状することはない。なぜなら雅にはK24の相談係という秘密を握られているからだ。


 修一も兄でありながらK18である妹には逆らえない。雅との約束を守り、自分の秘密も守ってもらう方が合理的な判断だ。


「……ならば話を少し変えよう。土曜日、雅と何をしていた?」

 修一の鋭い眼光が寺島を捉えた。簡単には解放してくれないらしい。


「なにもしてませんよ本当に」

「嘘を付くのはやめろ、寺島将生」

「だから……嘘とかではなく、誰にも言うなと厳しく釘を刺されてるんです……」


 寺島が露骨に面倒くさそうな表情で後ろ頭を掻いた。


「君が土曜日に雅さまと出掛けたことは見当がついている。雅さまからは野々宮と実地調査に赴くと聞いていたが、野々宮は何も知らなかったらしくてな。雅さまが相談係二人を騙していたようだ」

「…………そうですか」興味なさそうに相槌する。


「私が聞きたいのは雅さまがお前といる間に何があったかということだ。土曜日の夕方に救急車で搬送されたと病院から連絡が来た。急いで病院に向かい事情を聴いたが、雅さまは何も説明をしない。病院側も警察から情報を止められ、何があったか分からない状況らしい」


 私君の『主』の力だと踏んでいるがな、と修一が補足する。


「野々宮も君と一緒にいる時に何があったか知らないようだ。お前に聞く以外他にないだろう」


 雀……。

 病院にまで口止めをするって……あいつはどこまで未来が読めているんだよ。


「それで、雅さんは今どこにいるんです?」


「雅さまは念のために入院していたが、今日で退院する。午後の授業には間に合うだろう」


「じゃあ午後にもう一度聞いてみては――」


「これ以上待つことは出来ない」


 即答した修一は、刃物のような鋭い眼差しのまま寺島の方へ近づいた。顔が接触するぎりぎりと所で止まり、開口する。


「私には妹を守る義務がある。相談係としても兄としても」


 全貌は見えなくとも、修一の言葉は瀬崎家で何かが起きた、又は現在進行形で何かが起きていることを示唆していた。自らを戒めるように言葉を吐いた修一はそっと身体を離す。


「人が多いですね」


 気が付けば野次馬が辺り一帯に現れていた。


 先ほどよりも人数が増えている。瀬崎修一はK18の相談係で、金が城学園高校では超が付属する有名人だ。揉め事や騒ぎが好きな奴が正門から生徒を引き連れてきたのだろう。


「寺島将生。お前がどうしても話したくないというのならば、こちらにも考えがある」


 一歩離れた修一が手を腰に当てると少しだけ背中を逸らし、大きく息を吸った。


「皆の者っ! よく聞けえッ! 只今より、武道場にて寺島将生と『決闘』を行う‼」


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