第31話 陽気に当てられて
わたしが女の子のぱんつを拾う前のことだった。
この日は天気がよく、太陽の熱を感じてつい開放的な気持ちになってしまった。
未咲「えへへっ、玲香ちゃんのおっぱいみーつけたっ♡」
玲香「ちょっ、やめなさいよ……んもう! あんたいつまでそんな感じでいるつもりなの?!」
未咲「えーだって、玲香ちゃんまだ大丈夫そうだし……」
玲香「なにがどうなのかはっきり言いなさいよ……彼氏いるんだからやめなさい」
未咲「進くんにはおっぱいないし……わたしたちみたいには……」
玲香「自分の揉めばいいでしょ?! わたしその気ないからね?!」
未咲「ちょっとでもなってくれればいいかなって思ってたんだけどなぁ……」
玲香「ばか言ってないでちゃんと前向いて歩きなさい」
未咲「は~い……あっ、ちょっときもちいい……」
玲香「いや、ここでするんじゃなくて……(あれ、やってない? わたしの見間違いだったかしら……)」
♦
因幡美鈴。後ろにかばんを背負ってる年ごろ。
海鈴「きょうも一日おつかれさま~ですね~」
海沿いの道路でうららかな気持ちで歌いながら帰り道を進んでいく。後ろに背負っているものがちょっと重いなと感じながら、それでも前に向かって歩き出す。
海鈴「んっ……」
それは立ち止まるほどのものだった。とても歩けなくなるくらいの。
海鈴「みすずもうがまんできない……トイレこのへんにないよね……」
焦りだけがつのっていき、どうすることもできない。
海鈴「うぅ……お外でするのはずかしい……どんどんしたくなってくる……っ」
脚をぴったり閉じる。早く出してって出口をとんとんたたいてくる。
海鈴「もう、うごけない……おしっこしたい、おしっこしたいよぉ……」
こんなにしたくなるなんて思わなかった。いますぐしゃがんでしぃーってしたい。
海鈴「っ……」
ほんとにしゃがんじゃった……ここでしちゃうのかな……。
海鈴「やっ……」
小刻みな震えとともにちょっとだけしてしまった。そこでわたしははっとした。
海鈴「だめっ、まだでちゃだめ……」
がっつり両手でがまんしてるところをおさえながら立ち上がる。それからちょっと歩いたところで、恥ずかしいけどわたしはパンツをずらしてすることをきめた。
海鈴「んーっ!」
勢いがよくておかしくなりそうだった。きれいにずらせたのでそれ以上よごれることはなく、ちょっとほっとした。
海鈴「んっ……でもやっぱりこれなんかやだ……」
自分がちょっとでもおもらししたって気づかされてるみたいで、わたしは脱ぎたくなった。
海鈴「あっあっどうしよう……またおもらししちゃった……」
思いっきり音がしたので恥ずかしくなった。さすがに捨てようと思った。
海鈴「誰にも見つかりませんように……」
少し悪いなと思いながら、親に知られるのも恥ずかしかったからもういらない。
♦
未咲「そういえば玲香ちゃんって学生時代バンドやってたよね? なんで解散したの?」
玲香「あー、その話……恥ずかしくてこれまで言ってこなかったけど、これわたしのせいなのよね……」
それから玲香ちゃんはわたしに解散の理由を伝えてくれた。
理沙「ちょっと、本番間に合わないよ! しっかり練習していこー!」
当時バンドを率いていた理沙という子がいた。その子はしっかり者で、わたしがかすんで見えるほどの存在だった。
理沙「今回ちゃんとやってたらどこかの誰かが見に来てくれるかも! どーしよー! うちらメジャーデビューなんかしちゃったりして!」
もちろんラクな道ではない。そのことを彼女も知っていたはず、だと思う。
理沙「よっし、きょうも始めよっか!」
ライブの日が近づいて、いよいよ熱も高まってきたころ。
理沙「ねぇ、ちゃんとやる気あるの? 玲香、あんたメンバーから外そうか?」
本番直前になって理沙がそんなことを言いだす。いよいよそんなことを口に出すくらいには余裕がなくなっていく。
理沙「まぁいいわ。ふん、あたしについてこれないようじゃ、この先やっていくの大変なんだから」
悔しい思いを抱えながらそれでもなんとかやってきた。そして本番のときがきた。
玲香(熱気がすごいわね……どれだけ本気なのよ、ここの人たち……)
これまで触れてきた音楽では覚えなかった感情。静かな情熱とは違う、それぞれの中にずっと閉じ込めていたようなそんな気持ち。
玲香(負けてられないわね……なんとかやっていかないと)
このとき自分が水分をとりすぎていたことにまったく気がつけなかった。
ライブが始まると、会場のボルテージはいよいよ最高潮に。
理沙「ありがとー! そんじゃ、いっちょいくよー!」
当時女の子があまりやりそうになかったゴリゴリのハードロックをやっていた。一部で熱狂している人がいるところ、置いていかれそうになる人もこちらからは見えていた。
玲香(こんなのでほんとにやっていけるのかしら……ついていくの大変……)
ふらふらになりながらなんとか一曲やりあげて、会場からは大きな拍手が。
理沙「はぁ、はぁ……まだいけるよねー⁉」
若干浮いた空気を感じながらそれでもやっていくしかない。感覚が狂いそう。
玲香(あっ……トイレ行きたい……)
さっき水分をとりすぎていたことに気がつく。しかし誰も気に留めてくれない。
玲香(冗談じゃないわよ、大事なライブなのに……っ)
苦しい顔になりながら弦をはじく。このときベースを担当していた。
玲香(おなかに響くっ……ここで降りられたらどれだけ楽かしら……)
からだ全体だったかもしれない。尿意を感じたときはそう思っていた。
理沙(ん……玲香どうしたんだろう……?)
違和感を覚えながら視線を聴衆のほうに向けなおす。そのときだった。
玲香「んんっ……!」
楽器の音にかき消されたおかげで聞かれる心配はなくなったけど、ビジュアル的には最悪のかたちをとるはめになってしまった。
理沙「ちょっと玲香! いま本番中だよ⁉」
その声が遠く聞こえるくらいに自分のことでいっぱいだった。終わった……。
理沙「誰か捨てていいタオル持ってない? こっちで緊急事態おこってて!」
迅速な対応をしてくれたおかげで恥ずかしく思うことも少なく済んだけど、わたしにとってはそれがどうにも耐えられない思い出になってしまった。
♦
玲香「ということなのよ……いままで黙ってごめんなさい」
未咲「ううん、話してくれてよかったなーって」
玲香「これはほんの一部で、そこからいろいろ食い違うことも増えたからってことはあったんだけど、このことがひとつもしかするとあったのかもしれないわね……」
未咲「それは災難だったね……わたしと組んだらそんなこともなかったよね?」
玲香「あんた楽器ぜんぜんできないでしょ……気持ちだけでも受け取っておくわ、ありがとう」
ことあるごとに持ち出されることもつらかったかもしれない。いまとなってはよく思い出せない。
玲香「結局わたしはピアノでしっとりやるほうが性に合っていたってことなのよね、きっと」
未咲「そうだねー。今度また一緒に演奏しよ?」
玲香「今度こそしっかりしなさいね? ヘンなことしたら許さないから」
未咲「わかってるよー」
いまでもピアノを練習しているときに思い出す。そのたびに消そうとしてうまくいかない。
玲香「はぁっ……」
ため息という形になってもそれは同じ。やっぱり忘れることなんてできない。
玲香「あの子だけがまだ救いね……人前でおもらしのもあの子の前だったような……」
これはこれでとても恥ずかしい思い出だった。直立不動でどうしようもなくてやってしまった。
未咲「だいじょうぶだよ玲香ちゃん、泣かないで?」
あの声がまるで天使のように聞こえてくる。出会ってほんとによかったと思える友達のひとり。
玲香「あの子がいるおかげでここまでやってこれたのかもしれないわね……」
明るさに押しやられることもけっこうあるけど、つきあい終わった後なんだかんだいつもあの子でよかったと思えてくるから不思議。
玲香「ちょっと我慢してみようかしら……」
何を思ったのか、自らを追い込む真似をしてしまった。
玲香「未咲いい加減にしなさいよ……わたしをいつまでこうするつもりなの?!」
入り込むとノってしまうタイプなんだと、ようやく気づくことができた。
玲香「だめよ玲香……ここで乱したらあの子の思うつぼなんだから……」
自分で何をしているかわからなくなりながらもやり遂げることにした。
玲香「はぁっだめっ……でる、でちゃう……はぁぁぁんっ」
艶っぽい声を自分で出すことにもはや抵抗はない。これも全部未咲のせい。
玲香「幸せにならなかったらただじゃおかないんだから……ふふ」
追い詰められてるときに笑ってしまうのはなぜか。自分でもわからない。
玲香「わたしは自分の道を行くわ……未咲もそうしなさい……」
下を向いたまま、しばらく顔を紅くしていた。
玲香「なんだか未咲にたいして申し訳なく思えてきたわ……連絡しようかしら」
そんな気持ちになり、SMSで文章を打った。
玲香「未咲どうしてる?」
しばらくしてから返信があった。
未咲「れいかちゃん……きょう人生ではじめて音楽で感動しちゃった……」
玲香「……あんたそんなすっかすかな生活してきたわけ?」
あまりにストレートな言いかたになってしまった。でももう送ってしまったあとで、そうなったらしかたない。あとそんなことないと思うし。忘れてるだけね。
玲香「まぁいいわ。こちらの世界へようこそ」
未咲「まだまだ未熟ものですがよろしくお願いします……」
玲香「さっきのは言い過ぎたわ、ごめんなさい……」
未咲「ううん、まだ泣いてる……」
玲香「べつにそれは訊いてないけど……それはよかったわね……」
わたしが泣かせたっぽく見えてしまったので、念のためもう一回謝った。
未咲「感動しすぎておもらししちゃった……これから片づけるところ……」
玲香「それは大変ね……じゃ寝るわよ」
パソコンの電源を切る。
玲香「はぁ……やっぱり未咲だったわね……」
むしろそこがわからなかったら人が変わったのかと勘違いするところだった。
玲香「きょうも遅いし早く寝なきゃ……いい加減いい夢見たいところね……」
それだけを思いつつベッドの中に。もぞっとしたときに身体が震えた。
玲香「……なんでよ」
行ったと思ったら睡魔にごまかされていた。ちゃんと済ませて今度は寝た。
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