第17話 ことばのチカラ

 未咲「わたしね、やっぱりことばっていいなって思っててね……」


 きのうのお楽しみから目覚めて一発目、ささやくようにそう言った。


 未咲「そりゃ悪く言うこともできるかもしれないけど、こうやって進くんとなかよくするためにはどうしたって必要でしょ?」


 軽くキスをする未咲ちゃん。いつやられてもどきっとする。


 未咲「進くんのこういうところが好きーとかって、身体で表現しつづけるのってちょっとたいへんだし……」


 そういう子もいるかもしれないけどね。


 未咲「もじもじしてる進くんかわいかったなーとか……えっと、いま言うね?」


 ひと呼吸おいていま伝えたい思いをことばにする。


 未咲「すきだよ、進くん」


 わたしがこれまで経験してきたことを最大限に活かせたような気がした。


 進「僕もだよ、未咲」


 はじめて呼び捨てにされちゃった。なんかそれなりになってきたかも。


 未咲「えへへ……なんだかわたしたち、もうそろそろいい感じになりそうだねっ」

 進「そうだといいね」

 未咲「ぷっ、なにそれ……進くんもうちょっと真剣にわたしのこと考えて?」

 進「もちろんだよ」


 そしてわたしたちは激しく抱き合う。進くんの利き手をわたしのたいせつなところにあてがわせる。


 未咲「朝からやっちゃおっか」


 おたがいに終始どきどきしっぱなしだった。


 ♦


 春泉「……死にたい」


 いいことがあまりなく、ついにそんなことを思ってしまった。


 春泉「街のひとたちみんなシアワセそうだし、ハルミなんていなくても……」


 何も変わらない。進くんもとられちゃったし。


 春泉「これを使って……」


 取り出したのは一本のひも。これで首を絞めれば……。とそこに。

 タイミングよく電話がかかる。これがなかったら勢いでやってしまっていた。


 玲香「春泉、あんた大丈夫? 元気にやってるの?」

 春泉「やっと話せた……レイカ……うわぁぁぁぁぁん!」

 玲香「どうしたのよ、ちょっと連絡しない間に何があったっていうの?」

 春泉「ハルミ、もう限界……これからどうすれば……」

 玲香「何が限界なのか、詳しくわたしに教えてちょうだい」

 春泉「もちろんおしっこのことじゃなくて……とにかくもうゲンカイ……」

 玲香「あのね……そのワード出されたらもうそれにしか聞こえないじゃない」

 春泉「ほんとに違う、から……あのねレイカ、ハルミさっき首つろうとしてた……」

 玲香「とりあえずそっちに行くから、春泉、とにかく落ち着きなさい」

 春泉「うん……ミズのんでまってる……」


 この間にほんとに死なれたら……そんな不安がよぎってしかたない。


 玲香「着いたわよ。扉開けてちょうだい」


 おとなしく開けてくれて顔が見られたのでちょっと安心した。目の下にはクマができていたりする。


 春泉「最近あれこれ考えて眠れない……ハルミこのままじゃおかしくなっちゃう」

 玲香「これから試せることはやっていきましょう。だから死ぬなんて考えないで」

 春泉「うん、ハルミがんばる……」

 玲香「頑張ろうとしなくていいわ。気持ちが楽になる方法を考えましょう」

 春泉「そうだね、そうだった……」


 がんばれないときにがんばったってしかたがない。それは知っていたはず。


 春泉「ハルミ、ちょっとムリしてたのかも……」

 玲香「きっとそういうことね。まわりのことは気にしなくていいから、春泉は春泉のままでいなさい」

 春泉「ありがとうレイカ……ハルミ、ちょっと気持ちがラクになった……」


 話せてほっとしたのか、春泉がその場で横になる。


 春泉「つかれたからちょっと横になる……」

 玲香「床のまま寝ると頭とか首を痛めるわよ……わたしの脚を枕にしなさい」

 春泉「うん、そうするねレイカ……」


 レイカの体温を感じることで、さらに安心感は得られた。


 春泉(あっ……安心したらチカラがぬけて……)


 気づけば春泉の下半身が湿り気を帯びはじめていた。それに気づいたのは耳が音を拾いはじめてから。ちょっと時間がかかってしまってどうにもならなかった。


 玲香「あんた、ちょっ……でも仕方ないわね、安心できたってことよね……」


 今回ばかりは目をつぶるほかない。さっきまで少し大変だったから。


 玲香「もうこんなこと考えなくていけるかしら? ……って、また考えてしまうかもしれないわね。困ったらいつでもわたしが話し相手になってあげるわ」


 どこまで相手になってあげられるかわからない。気休め程度と思われても仕方はないかもしれない。ただ、少しでも寄り添えたらそれでいい。


 玲香「ほんとに困ったらお医者さんに相談しなさい。わたしなんかよりずっと頼りになると思うから」


 そこはちゃんと言っていくべきだと思い、春泉に伝えることにした。


 春泉「ほんとにごめんね、レイカ……」

 玲香「ううんいいのよ。こちらこそたいしたことできなくてごめんなさい」

 春泉「レイカがあやまらなくていいよ。いいこと聞けたから」

 玲香「そう? だったらいいんだけど……」

 春泉「うん。おかげでハルミ、もうすっかり元気だから」

 玲香「それはよかったわね」


 わたしのために気を遣ってそう言っただけだとしても、その言葉が聞けて一安心。


 玲香「帰るけど、これ片づけなくていいのかしら?」

 春泉「ハルミがやる。だって恥ずかしいし……」

 玲香「そう。これからも元気でね」


 扉が閉まると、やっぱりちょっとさみしい。


 春泉「そう、だよね、これからはレイカをたよってもいいんだよね……」


 頭の中にはどうしてか潮の音が鳴り響いている。いつか行ったことあったっけ。


 春泉「妹たちと遊びに行ったこと、もうあんまり憶えてない……」


 思い出せなくてちょっとさみしい。とにかく楽しかったことはあったけど。


 春泉「日記、どこにしまったっけ……」


 なんとかその記憶をたどろうと、押し入れの中をさぐっていたところ……。


 春泉「……あった」


 そこには、つたないながら真剣に描かれた海の絵があった。


 春泉「いいなぁ、楽しそう……」


 その気持ちだけはなんとか思い出すことができた。それ以上のことは文字からしっかりくみ取る必要があるけど。


 春泉「また行きたい……」


 水をかけあったり、貝殻を耳に当ててみたり。そういうことしてた。


 春泉「でも、やっぱりちょっとさみしい……」


 その思いだけはどうしてもぬぐえず、さっき使いかけた紐に目をやる。


 春泉「……これで死のうとしてた。どう考えてもムリ……」


 あまりに細すぎて窒息にいたらない。そのことさえわかってなかった。


 春泉「ホトケさまやエンマさまにもまだこないでって言われた……」


 ただ茫然と生きることについて考える。ハルミにはまだしてないことがある。


 春泉「ハルミ、もうちょっとだけがんばってみる……」


 テレビをつけるとどこかの国が戦争してる。人が死んでいる。


 春泉「ここにいられるだけでシアワセだったのかな……」


 そんなことを思っていた。ふわっとしたシアワセが続いてるかもしれない。それでもハルミは生きていく。

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