第9話 珠玖めるり
いつものようにテレビを見ていると、底抜けにあかるい声がした。
めるり「はいはぁーい、ネットバーチャラーの
わー……見てるだけで胃もたれしそう。進行役のニューハーフの人が話をふる。
進行役「めるりちゃんは何か健康に気を遣ってることとかあるかしら?」
めるり「えーっとねー……うーん……」
進行役「なんーにも考えてなかったじゃない! こんなのハリボテよハリボテ!」
スタジオに笑いが起こる。楽しげな雰囲気が伝わってはくるけど……。
めるり「あっ、そうだ!」
進行役「あのね、『そうだ』って言ってる時点でキャラつくってることになるから気をつけたほうがいいわよ~」
めるり「わっかりましたー! あっ、シュクメルリちょうどできたので食べていいですかー?」
進行役「好きにしなさ~い。誰もアンタのことなんて興味ないから好きなだけ食べてなさいね~」
めるり「ちょっと! なんてこと言うんですかチャイさん!」
ふたたびみんなが笑う。
めるり「これでも最高傑作ができたんですから! 見てください!」
進行役「あいにくだけどバーチャルだから何してるかよくわかんないわ~」
めるり「そっか、えっと、いまから画像出します! それで確認して……きゃっ」
進行役「なんか可愛らしい悲鳴が聞こえたけど大丈夫~?」
めるり「いったたた……すってんころりして尻もちついちゃいましたぁ……」
進行役「あっ、それもキャラの一部よね。アタシ知ってる」
めるり「チャイさぁん……」
本人はこの絡みを許しているのか、ちょっと気になる。
めるり「ほんとにこけたんです~、信じてくださぁ~い……」
進行役「はーい、全部知ってまーす」
めるり「えーんえーん……」
なんだろう、この高度な心理戦を見ている感じ……。バラエティとして成立してることはあるんだけど、そんなことを考えてしまう。
進行役「昨今 SDGs って叫ばれてるじゃない。節制しなくていいのかしら?」
めるり「それとこれとは別ですよぉ……めるりは、このガソリンを摂取することで生きる活力にしてるんですから邪魔しちゃだめですぅ……」
進行役「ごめんなさーい、そこまで追い詰めるつもりはないのよー。アタシはただ、アンタの健康状態とかそういうことがちょっと気になっちゃっただけねー」
めるり「そこは心配ご無用でーすっ! めるり、食べた分だけ動いてるので!」
進行役「そう言ってられるのも時間の問題よー。アタシみたいに太っちゃったら後先たいへんなんだからちょっとくらいは考えておきなさーい」
めるり「ありがたいお言葉……胸に……ううん、胃や腸に刻みますっ!」
進行役「その意気よ。応援してるからこれからも元気届けてちょうだいねー」
めるり「ありがとうございます! 最後に一曲いいですか?」
進行役「あっ、それは台本にないので大丈夫でーす」
めるり「ちょっとチャイさん! これが一番やりたk……」
途中で切れてしまった。これでいいんだろうか。
進行役「アタシもうちょっと若い子のノリについていきにくくなっちゃってね……そりゃもちろん、気持ちは若くいたいけどさ」
切ったところから語りはじめる。それがこの人のみどころかもしれない。
進行役「若いのはいいことなんだけど、それで無茶してのちのち取り返しのつかないことにはなってほしくないの。だからアタシはアンタたちのことをずっと心配しててね……」
この人の言うことはそのとおりだったりするのかな……。まだそこまで実感してるというわけでもないけど。
進行役「めるりちゃんはあれでいいかもしれないけど、これが万人にできるかっていうとそうじゃないわけ」
スタジオの人がうなずいている。わかるところがあるということかな。
進行役「みんながみんなアタシみたいになっても面白くないわけ。変わり者は必要最小限でいいって言ってるのこうやっていつもいつも」
含蓄あるのかどうか、いまのわたしには区別がつかないけれど。
進行役「人それぞれ、できることはちがうんだから」
そこまで言ってCMに入る。ひと区切りついて自分の時間になっていく。
未咲「んーっ、進くんもう寝ちゃったか……」
わたしの横ですぅすぅ寝ててちょっと無防備。ほっぺたぷにぷにしたくなる。
未咲「いいのかなー……」
触れるか触れないかのところで、進くんが寝返りを打つ。
進「うーん……」
ちょっとうなされてるっぽく見えて、心配してしまう。
未咲「風邪、じゃないよね……だったら病院行かなくちゃいけないし……」
最近はヘンなことしてないからその心配はないはずだけど……。
未咲「風邪の人増えてるって聞くし、ちゃんと進くんのこと見なきゃ……」
言って、わたしのほうがしんどくなっちゃったりして。
未咲「わたしも最近あまり調子よくないしなぁ……きょうはもう寝ないと」
そう言って寝床につく。睡眠導入に最適な波音の長時間音声を聴きながら。
未咲「そうだ、わたしもトイレ系バーチャラーめざそうかな……」
自分ではあまりよくないと思う考えが頭をよぎって、やっぱりやめた。わたしには進くんがいるからそんなことしなくていいよね、きっと。おやすみなさい……。
未咲「……寝る前にいくの忘れてた」
それくらいには疲れてたのかもしれない。今度こそしっかり寝た。
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