第7話 高低コンビの再会

 瑞穂がこっちに帰ってきたとロコから連絡をもらった。

 それを知ったあたしは海で会おうと約束して、ひさしぶりに瑞穂と会うことに。


 うみ「よう、瑞穂!」

 瑞穂「……」


 かすかに聞こえてくる波音はさておき。

 なんかぶっそうな目つきしてんなー……あたし無事に帰れっかな……。


 うみ「……田舎生活はどうだった?」

 瑞穂「……」


 ちょっとことばを選ぶべきだと考えて、沈黙をなんとか破ろうとする。


 瑞穂「……さみしかったです」

 うみ「そっか。それで帰ってきたんだな?」

 瑞穂「べつに、わたしは田舎でもぜんぜんよかったですけどね」

 うみ「それ、強がりって言うんだぞ」

 瑞穂「知ってますよ! なんなら会いたくなかったです! わたしのことちんちくりんとか呼んでた青春時代を忘れたなんて言わせませんから!」

 うみ「まだ根にもってたのかよ……」

 瑞穂「当然です! これでもわたし、うみさんがずっと羨ましかったです!」

 うみ「あっ、そうだったんだ……」


 なんだろう、なんかこいつのこと途端にかわいく思えてきた。


 うみ「まぁあたしが高すぎるだけだからな。相対的に小さく見えてるだけだって」

 瑞穂「……あのクラスでいちばんちんちくりんでしたけど?」

 うみ「ごめん、そうだっけ? もう忘れたよ」

 瑞穂「思い出なんですからたいせつにしてくださいっ」


 長年の疲れから少し解放されて瑞穂が伸びをしたとき、ぶるっと大きく震えた。


 瑞穂「んっ……?!」


 そういえばこいつがおもらししたところってあんま見なかった気がするな……。


 うみ「どうしたんだよ?」

 瑞穂「ひっ」


 肩をがしっとつかまれるとは思ってなかったらしく、めずらしく縮こまる。


 瑞穂「ああああああのっ、これちょっとまずいです……」

 うみ「何がまずいんだよ?」

 瑞穂「あああああっ……」


 身体まで触られるなんて……やっぱりうみさんはひどい人です!


 瑞穂「したいんですっ……うみさんには関係ないことかもしれませんけど……」

 うみ「すればいいさ」

 瑞穂「なんて非情な……ことばにもできませんよ!」


 ある程度許してるってわかってるからこそできてるんだけどな……。


 瑞穂「たしかに当時こんなことされた気がしますけど、なにもこんなときにしなくたって……」

 うみ「いいじゃん、ちょっと思い出しちゃったからやってるだけだし」

 瑞穂「はぁっもう……乙女だったころの自分に言ってやりたいです、うみさんはこれっぽっちも変わってなかったって……!」


 帰ってきたこと自体よかったことなのかもはやあやしい。さみしさはなくなっても、今度は別の感情が……。


 瑞穂「もう、我慢できません……!」

 うみ「よし、やってくれ」

 瑞穂「うぅ~~~~~~っ、うみさんなんて大っ嫌いです!」


 口でそう言いつつも、こぼれ出るセリフからは正反対の意味すら見てとれる。ほんとうのところは本人しかわからないわけだけど。


 瑞穂「くやしいですっ……帰ってきて早々こんな目に遭うなんて……!」


 涙と同時に出てくるもの。覆い隠したくなる現実。足元を濡らすには十分すぎるくらいの量になって下に落ちていく。言葉とは裏腹の感情が押し寄せてくる。


 瑞穂「知らないですよ……こんなのぜったい嘘ですっ!」


 いま起こってることが夢ではないことを、たしかな温度で伝えてくる。


 うみ「残念だけど、ぜんぶ本当だよ」


 泣きながら、会えたうれしさで抱くことを自然と求められた気がしたあたし。


 うみ「ほら、こっち来い」

 瑞穂「あはぁぁぁぁんっ!」


 上と下どっちも大変なことになってるってそれは言うまでもないけど……。


 うみ「あたしだって泣いてんだよ、心んなかではな」

 瑞穂「だったら泣いてくださいよ! ことばだけじゃ信用できませんから!」

 うみ「それはお前が確かめることだろうが」

 瑞穂「意味がわかりません! 悲しがったりうれしがったりしてどうにもならなくなったら誰だって泣きますよね?!」

 うみ「それはお前の思い込みだ」

 瑞穂「やっぱりわたしには理解不能です……うみさんはどこかに感情を置いてきたんですか……?」

 うみ「そこまで言うならそう思っとけ」


 人間だって一様じゃない。あたしがそう体現してるようだった。


 うみ「……そろそろ終わってるころだよな」

 瑞穂「なんで把握してるんですか?! 気持ち悪すぎます!」

 うみ「昔のお前を知ってるからなんとなく想像つくんだよ」

 瑞穂「下の事情もですか?! それはさすがに引きます!」

 うみ「いろいろ知っちゃったからな……いまさら引き返せないんだよ」

 瑞穂「はぁっ……これからわたし、うみさんとどうつきあっていけば……」


 ひとしきり泣いたところで、ようやくため息をつくことができた。


 うみ「自然体でいいよ。なんかヘンに構えられるとこっちもいろいろ困るし」

 瑞穂「自然体っていったってどうやって……」

 うみ「昔のおまえみたいな感じがちょうどいいんだ。そうしていってくれ」

 瑞穂「なんとか思い出してやっていくようつとめさせていただきます……」

 うみ「それがもうちょっと違うんだよなぁ」

 瑞穂「難しいですよいつもいつも、うみさんが言うことって……」

 うみ「むかし掃除用具入れでものがとれないことあったよな、それであたしがひょいってとってちょっと悔しそうにしてたこととかなんとなく憶えてんだけどさ」

 瑞穂「それがどうかしたんですか?」

 うみ「あんなふうにさ、おたがい扶けあうことができたらいいよな」

 瑞穂「……それってどういう意味です?」

 うみ「お前の解釈しだいだよ」


 やっぱりヘンな人です……。

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