第6話 いまとなっては目に悪い
ある日、わたしはデパートで買い物をしていた。
未咲「あれが足りなかったような……日用品も買わないとだし……」
進くんとの生活のことを考えると、しなきゃいけないことが増えて大変……。
いろいろ考えていると、トイレに行きたくなった。
未咲「おしっこ、もうこんなに溜まってたんだ……」
試飲コーナーであれこれいただいた結果が裏目にでちゃったみたいで……。
未咲「じゃっかん罪悪感なんだよね……ああいうのって」
買わないとちょっと申し訳なく思ってしまう。迷わず買っちゃってちょっと後悔。
未咲「今度から気をつけよう……」
とにかく近くなってたので、急ぎめにレジに向かいそれからトイレに行った。
未咲「えっ、すっごく並んでるどうしよう……こんなにしたいのに……」
ここまで来てしまってもうあとには引けなかった。それくらい切羽詰まっていた。
未咲「ここがすぐ空くことを期待しないと……神さまお願いします……」
ちょっと情けないけど、おさえないともう出ちゃいそうだったのでそうした。
未咲「じっくり見られないといいけど……」
恥ずかしくなってうつむいてしまった。
下に目線を落とすと、目の前にわたしと同じような格好をしている女の子が。
女の子「っ……」
ツインテールの女の子。なんだか昔のわたしを思い出す。
下唇をかんで必死に何かを耐えている様子。同性ならすぐに勘づく。
未咲「ねぇ、もしかしておしっこしたいの?」
女の子に目線をあわせてこっそり聞いてみる。
女の子「うん……おねーちゃんはだいじょうぶ?」
自分があぶないというのにわたしの心配をしてくれてる。かわいくてついぎゅっと抱きしめたくなる。あと『おねーちゃん』って言ってくれたのもポイントが高い。
未咲「お姉ちゃんは大丈夫、だよ?」
ぜんぜんそんなことはなかった。いますぐにでもおさえたかった。
だからいま、自分の足元がどうなってるのかちょっとわからない。
パンツ見えてるかも……そんなことよりおしっこしたい……。
女の子「あのね、おかーさんがいっぱいジュースくれたからね、それぜーんぶのんでたのっ……そしたらこーなって……」
しゃべってる間にももじもじ、そわそわ。ときおり身体をうしろに反らして強く腕を引っぱるように押さえつける様子を見ると、かなり大変そう。
女の子「こんなことはじめて……どうしたらいいかわかんないよぉ……外でおもらしするのいやぁ……」
そうは言っても、その前に並んでいる人たちもけっこうぎりぎりっぽいので、替わることは難しそうだった。
女の子「トイレ、もうここにするってきめたから……うごきたくないのぉ……」
なんだか聞いててかわいそうに思えてくる。せめてましになる手立てを考えたいところなんだけど、さっきまでいろいろ考えててうまく頭が回らない。おまけにおしっこを我慢しているからそっちに気をとられちゃいそうでこっちも大変だった。
未咲「うーん……」
かろうじて笑顔を保っているけど、これはともするとおしっこ我慢がちょっと気持ちよくなってきてることもあるかもしれない。わたしはそういう人だから。
未咲「どうしたらいいんだろうねー……」
言いながら、わたしのほうがもしかするとちょっと限界が近づいているような気がした。楽になるかもしれないという迷いからおしっこを少しだけ出してしまった。
女の子「ふぇっ? いま、おしっこのおとしたよ……? おねーちゃん……?」
気づいた女の子が目線を下にやる。そのときだけは手をなんとかどけられたみたいで、こっちとしても少しやったかいがあったと思った。
未咲「しぃーっ」
女の子「だめ、いま『しぃーっ』とかいっちゃだめっ……おしっこでちゃうからぁっ……」
未咲「そっかそっか、ごめんね……お姉ちゃん気が利かなくて……」
女の子「ううん、いいの。おねーちゃんのおかげで、わたしもうちょっとがんばれるきがしたから……あとおねーちゃんのおしっこ、なんかいいにおいがする……」
未咲「気づいちゃったかな? そう、お姉ちゃんのおしっこ、ちょっと特殊で」
女の子「とくしゅ? とくしゅってなぁに?」
未咲「『みんなとちがう』ってこと。ごめん、名前聞いてもいいかな? だいじょうぶ、お姉ちゃんあやしい人じゃないから安心して言って?」
女の子「ゆうな……ゆうなっていうの」
このご時世にちょっと申し訳ないことをしてると思いつつ、話をつづけるために必要だと思いそうした。
未咲「ゆうなちゃん……たとえばゆうなちゃんのおしっこはこんなにおいしないでしょ? わたしね、なんていうのかな……昔からこうで」
ゆうな「どうして?」
未咲「わたしにもよくわかんなくて……えらいお医者さんに診てもらってもわかるかどうか……それくらいふしぎなことがわたしのからだでおこっててね」
ゆうな「へー、そうなんだー……」
ちょっと例をみないことなので、女の子は目を丸くしてびっくりした顔をしてる。
ゆうな「なんかね、おいしそうなにおいがするの」
未咲「よくわかったね。ちょっとだけ飲んでみる?」
ゆうな「いいの?」
未咲「うん。あんまり人前でしないほうがいいんだけど、どうしてかな、ゆうなちゃんはよくわかってそうだし、べつにあやしまれることないよね」
ゆうな「わぁい……あっ!」
と、女の子が短い悲鳴をあげる。この時点でもうわたしのことなんて忘れてそうだった。それでよかった。あやまちを犯す一歩手前のところだったかもしれない。
ゆうな「ちょっとでちゃった……」
未咲「見せてみせて?」
ゆうな「うん……」
だいじょうぶ、これは確認のためだから……。女の子はおずおずとスカートをたくしあげてわたしに見せてくれた。
未咲「ちょっとやっちゃったね。きもちよかった?」
ゆうな「そんなわけないもん……おもらしやだぁ、まだぜんぜんすすんでないよぉっ……」
未咲「だいじょうぶ、もうすぐ空くからね」
それにしても、この子の親っていまどこにいるんだろう……。さすがにひとりにしておくのもちょっとあぶないような……。
ゆうな「……あのね、ちょっときもちいいきがしてきたの」
未咲「えっ?」
ゆうな「なんかね、ぴくってして、きゅーってしまって、おしっこのあな、いっぱいしめてるのにでてこようとするからゆうないっしょうけんめいたえてるんだよ?」
未咲「そっか、えらいえらい」
ゆうな「はぁっ、はぁっ……はやくあかないかなぁ……」
我慢するしぐさがいっそうきついものになってきて、いまとなっては目に悪い。
ゆうな「そとでおもらしするの、どんなかんじだろう……ゆうな、さっきちびっちゃった……おねーちゃんもちょっとしちゃったよね……どうしよう……」
未咲「もうそろそろかなー……早くできるといいね」
ゆうな「はぁぁぁっ、なんですすまないのぉっ……このままだとふたりともおもらしちゃうよぉっ……おねーちゃんまでできないといみないからゆうなもがんばらないと……でもだめっ、どんどんおしっこしたくなってきちゃう、あくまでがまん、しなきゃ……んきゅぅぅっ、だめ、だめだめっ、だめぇぇぇぇっ!」
下を向いて呼吸がこれ以上できないくらいに早くなったとき、ゆうなちゃんがついに屈した。ここまでかなり長かった。
未咲「すごい……いっぱい音してるね……」
聴いてるとこっちまで我慢できなくなりそうだったから、半分程度に聞くことを強いられていてちょっとつらい。やましい意味はなくて、わたしも限界だから。
ゆうな「やだ、やだやだっ……ゆうな、ぜったいおそとでおしっこしないっておかーさんとやくそくしたのに……ついにやぶっちゃった……こんなきもちいいおしっこしていいわけないのにっ、どんどんでちゃう……おねーちゃんにもめーわくかけちゃう……ゆうなわるいこになっちゃった……どうしよう……」
ゆうなちゃんの目から涙がぼろぼろ出て止まらない。かなしみのそれか、きもちよさから出てしまうそれなのか。ゆうなちゃんしか知ることはない。
ゆうな「まだでる……ジュースあんなにのまなきゃよかった……おかーさんもわるいけどゆうなもわるいからひとのせいにしちゃだめってゆうなしってるから……」
泣きながら達者なことをずっと言っていて、わたしは感心しっぱなしだった。
未咲「ゆうなちゃんは悪くないよ。こんな状況にした神さまがいけないんだから……えっと、わたしもおしっこしていいかな……?」
恥ずかしいと自分で思いながら、見ているともうどうしようもなくなってきた。
女の子「おねーちゃん、げんかいなの?」
未咲「うん……恥ずかしいけど、お姉ちゃんもしちゃおうかなって」
しゃがみながら、ないしょの手をして視線を下に自然と向かわせる。
未咲「よーく見ててね、おねーちゃんのなさけないところ……」
大人はなにかといけない存在だ。身勝手な部分がちょっとある。いくら子どもの延長線上だからって、このことばが浮かぶなんてつゆほども考えてなかった。
この子の性癖をゆがませる結果になってしまったらどうしよう。そんなことも厭わないほどにこのときの自分はどうにもなってしまいたい気持ちが支配してしまった。
未咲「おしっこなんて大人もやっちゃうものなんだよ。いずれはみんなおむつになっちゃったりするんだから」
それとこれとは別だと思いながら、なんとか自分なりの理論をつくりあげる。
未咲「きもちよくなっちゃっていいんだよ。それ自体はわるいことじゃないから」
その次を考える。
未咲「わたしの小さいころなんてそこらへんでしちゃってたし、ゆうなちゃんができすぎててちょっとこわいって思ってるんだよね……」
そんなものだと思ってた。時代は変わった。
未咲「そんな子もどこかにいるかもしれないけどね。最近はとんと見ないかなぁ」
ゆうなちゃんは真剣な目でわたしの話を聞いている。身になってるかどうかちょっとわからないけど。
未咲「はぁっ、はぁっ……お姉ちゃんもう我慢できないからするねっ」
ゆうなちゃんに負けず劣らない音をさせてしまい、少し大人げなさを感じた。
未咲「きもちいい……おしっこきもちいいよぉ……」
まわりがざわつき始める。ついに始まったといわんばかりに。
散々ばらばらに別のトイレを探しにいったり、そうできずに困り果てる人も。
ゆうな「おねーちゃん……ゆうな、おしっこまだぜんぶでてなかった……ちゃぷちゃぷおとがしててね、まだたまってそうなの……」
それを自分でわかるほどにがまんしてるんだなぁということがわかって、この子もまたみんなとちがうところがあるかもしれないと感じた。
ゆうな「ゆうなだけじゃないよ? ゆうなのおともだちにも、ゆうなとにてるところもってる子がいるから……」
そうだったんだ……それを忘れるくらいにはわたしも年を過ごしている。
ゆうな「ねぇ、もうおしっこしていい……ひゃぅんっ!」
さっきと同じくらいの音量のそれが、わたしの目の前に飛び込んでくる。
ゆうな「あぁうぅぅんひぃっ……おしっこのあなばかになっちゃうよぉ……」
これはもう戻れないかもしれない。ゆうなちゃんの今後がうまくいくよう祈るしかない。
ゆうな「なんで、なんでっ、ゆうないつからわるいこになっちゃったの……?」
まわりの憐みの目が少し余計だと思いながら、そこはみんな同情してるって信じるしかなくて。わたしもどうしたらいいかほんとうにわからなくなっていった。
未咲「お母さん、早くくるといいね……」
最後の頼みの綱として、どうしても浮かんできてしまう。わたしがなんとかできればいいと思ったけど、思うだけで行動に移せるはずもなく。
ゆうな「やだぁ、ゆうなもうおもらししたくないのにぃっ……」
ぷしゅぷしゅ出てきてしまって、かわいそうだけど面白いと思ってしまった。
未咲「あはは……」
ほんとは笑える状況でもないけど、打つ手がなさすぎてどうしてもそうなる。
未咲「終わったかな?」
そのころを見計らって声をかける。
ゆうな「うん……ごめんね、おねーちゃん……ぐすっ、ひっぐ……」
律儀にずっとスカートをあげたままで、まったくの無傷で済んでよかった。
未咲「えらかったね、ずっとにぎってて手つかれたでしょ?」
ゆうな「うん、もうおろしていいのかな……」
未咲「乾いた頃合いをみておろそっか。いまはちょっと汚れそうかな」
ゆうな「まだあげてなきゃいけないの……?」
ふたたび泣きそうになってて、もうちょっとくらい濡れていいからおろさせたくなった。
未咲「いいよいいよ! 無理しなくていいからね!」
ゆうな「おねーちゃんがまだっていうから、ゆうなもうちょっとがんばる……」
未咲「ゆうなちゃん……っ!」
ついに我慢できなくなって抱きしめてしまった。そのときゆうなちゃんのお母さんと思しき人が近づいて声をかけてきた。
母「ちょっと! うちの子になにして……ん? なんかいい香りがするわね……」
ゆうな「おかーさんのこえがする……おねーちゃん、ちょっとはなれて……」
未咲「えっ? あぁ、ごめん……おや、なんか影が……」
母「この子の母でございます。取り込み中のところ失礼ですけど、うちの子になにかありましたでしょうか……?」
未咲「あっいえ……これはちょっとした手違いといいますか……」
このときどう言えばいいかわからず、勘違いされそうなことを言ってしまった。
母「この様子を見ますと、トイレで失敗したふたりのように見えますが……それでお間違いはな」
未咲「はい! それ以上のことは訊かないでくださいっ!」
食い気味に返事をしてしまい、余計に怪しまれる結果に。
母「いろいろ訊きたいところではありますが……ひとまずこの子が人前ではじめてやらかしてしまったことは確かのようですね。わたしが厳しくしつけておりましたのに……」
未咲「えっと、お母さん……?」
なんだか暗い気配がするけど、これ大丈夫かな……?
母「はぁ……まぁ致しかたありませんね。この並びようで小さい躯体には少々無理があったということでしょう。わたしの見かたが甘かったようです」
そんなこともなく冷静にこの状況を見ているお母さん。わたしたちこれから許されるかな……。
母「ここまでするのは骨が折れますけど、状況を察しますとさしずめこの子のけなげさにあなたさまが感情を動かされてしまった、と」
まだちょっとあやしまれてる……よね?
母「それで抱き合った、ということでよろしくて?」
未咲「はい、異論ありません!」
母「よろしい。あなたさまが信頼に足る存在であることは、この逼迫した状況から察するに余りありますので、深いことは訊きません。わたしもよく同じ境遇にさらされることがありますので、気持ちは痛いほどわかります」
未咲「でしたら……」
母「ただ、あなたさまがうちの子を抱いたという事実は消えません。これはどう説明するおつもりで?」
未咲「ぇえっと、全部話します! この子……ゆうなちゃんは……名前聞いちゃいましたすみません……違うんです! 話の流れでどうしてもこうなってしまってですね……それで必死にここでわたしと我慢してたんですけど、ついにやってしまいまして……この惨状を見ていただけるとわかるはずなんですけど……」
母「ええ、だから言ってるんじゃない。で、なぜあのような行動に?」
未咲「それはですね……あぁっもう、お母さんまで抱きますっ」
母「ちょっと、わたしはあなたのお母さんじゃありません!」
未咲「こういうことなんです! わかってください!」
母「何もわからないわよ……ちゃんと言葉で話して……」
未咲「無理です! 伝わるかどうかわかりませんので!」
母「そう言われても……あなたの体温しか感じないのだけど」
未咲「この子ほんとによくがんばったんです! それだけはわかってください!」
母「わかったわよ……話してくれてありがとうね」
ついにわかってくれた……かどうかはわからないけど、自分のことばでなんとか伝えることはできたかもしれない。
母「ようするに我慢はしたけど、それでもどうにもならなかったってことでしょ?」
未咲「そう! それです!」
母「最初からそう言えばここまで話すことなかったのに……さっ、行くわよ」
ゆうな「まって! おかーさん!」
母「ゆうなっ! あんたまたおしっこしたくなったとか言うんじゃないでしょうね?!」
ゆうな「ちがうのっ! おねーちゃんはぜんぜんわるくなかったのっ、ゆうなずっとだまってたからおねーちゃんにここまでしゃべらせちゃっただけなの!」
母「はいはいわかりました。もうおねーちゃんがぜーんぶ話してくれたからしゃべることないでしょ。行くわよ」
ゆうな「まって、まってよぉっ!」
半ば強制的においてけぼりにしてしまいそうで終始ひやひやしていた。ともかくわかってくれたようでなによりだった。
未咲「はぁっ、つかれた……この水びたしどうしたらいいんだろう……」
やっぱり頭はまわってなくて、そんな状況でよく話せたなって思った。
未咲「これふたりぶんなんだよね……ずいぶん出しちゃったなぁ……」
そう思ってまわりを見ると、同様に失敗してる人がいるにはいた。
未咲「まぁぜんぜん安心できるわけないけどねー……」
みんなで協力して片づけることにした。しまいにはお店の人まで出てくる始末に。
店員「申し訳ありません、わたくしどもが案内しなかったばかりに……」
未咲「いいんですいいんです、お店の人は一ミリも悪くありませんから!」
なんでおもらししたわたしが言ってるんだろう……思いつつ言わずにはいれなかった。あの子……ゆうなちゃんよりよっぽどできてないな、わたし……。
店員「もしよければ何かサービスします、簡単なものになりますが……」
未咲「そういうのいいんで! ほんとわたしたちが我慢できなかっただけで!」
ちょっとにらまれた気がするのはどうしてだろう……。
店員「よろしい、ですか……?」
ちょっとくらっときそうなせりふを言われた気がするけど、ここは毅然として……。
客A「もらいます! ほんと困りますねぇ、まーったく空かないんですもの」
店員「申し訳ありません! すぐご用意しますので!」
客A「それと『申し訳ありません』って何? 『申し訳ないです』じゃないの?」
店員「えっ、そうなんですか……?」
客A「えっ、知らないんですか? だいぶ前に話題になったはずですけど……」
店員「マニュアルにはそのような文言は……」
客A「出た、マニュアル人間。そんなだからこんなことになってしまうのよ!」
店員「ひぃぃっ、すみません! 出直してきます~っ!」
ついに泣き出してしまった店員さん。これまたどうすることもできなかった。
客A「はぁっ、最近の店員ってこんな感じなのかしらね……」
さすがに我慢ならなくなり、わたしは反論した。
未咲「あの、いいですか?」
客A「はい?」
未咲「ことばひとつでそんなふうになっちゃうの、もったいないと思います」
客A「なによ、あんたには関係ないでしょ」
未咲「関係あります! 同じお店を利用する者としてです!」
客A「あんたもしかして、おもらししてちょっと気持ちよくなっちゃった感じ? 顔火照ってるけどだいじょうぶ? お医者さん呼ぼっか?」
未咲「呼んでください。どこも悪くありませんので。そんなことしたら税金の無駄です。これもおおいにわたしたちに関係があります」
客A「あっそ、んじゃ呼んじゃおっかなー。おもしろい人がいまーす、治療してくださーいって」
未咲「あなたには人の心がないんですか……?」
客A「ええ、さっきのやらかしでわたし変わっちゃったのよねー。どうしてくれるのかなー、この感情をさぁ!」
未咲「知りませんよ。あなたのほうが興奮してるじゃないですか」
客A「誰が言ってんのよ! このおもらしドスケベ女ぁ!」
未咲「なんとでも言ってください。ただひとつ忘れないでください。大声をあげてこわがってる子がここに……あれっ?!」
そこにあの子……ゆうなちゃんの姿はなかった。
客A「どこにもいないじゃないのよ! あんたもしかして寝ぼけも入ってんの?」
未咲「頭がうまくまわってないことはあるかもしれませんね……あの、えっと……ちょっと休んでいい……」
ばたっ、と音がして、いよいよ終わりを覚悟するときがきてしまった。
客A「やっぱりしんどかったんじゃない……ほんとに呼んじゃおうかしら……」
そして気づくとわたしは病院にいた。
未咲「あれっ、ここは……?」
真っ白な天井。点滴が横にあって……。
未咲「病院だ……わたし、どうしてここに……」
うすら感覚が麻痺していて、誰かと戦っていた気がする。
未咲「そっか……わたし、あの人たちに……」
おぼろげに覚えてることだけをどうにかつなげようとするけど、うまくいかない。
未咲「あそこまで言わなくても……」
それを倒れた理由にしていいかどうかはわからないけど、ひとつあると思った。
未咲「うっ、あたまいたい……」
起き上がることも困難なくらいに頭痛がした。どうしてこんなことに……。
未咲「ほんと、あのときどうしたらよかったんだろう……」
考えているうちにまた眠気に襲われて、わたしは眠ってしまった。
♦
玲香「あの……だいじょうぶ?」
日が同じくらいの高さにあったとき、目の前に玲香ちゃんがいた。
未咲「れいかちゃん……」
安心する存在が見えて、やっと落ち着くことができた。
未咲「あっ……」
そのときやっと尿意を覚えて、震えが止まらなくなった。
未咲「あの、ちょっと離れてほしいな、って……」
玲香「ん? どうしてよ。わたしせっかく時間つくって会いにきたのよ、ちょっとくらい感謝を覚えてもいいんじゃないの?」
未咲「それはもちろんありがたいんだけど……もう、なんとなくわかってよ……」
大人になってこれほど縮こまったこともなかったかもしれない。ぶるぶる震えていても、いつか限界はきてしまうものだから。
未咲「やぁんっ、おしっこぉ……」
用意周到に病院の人たちがおむつをしてくれていて、もうここでしなさいって言われてるみたいでなんだかいやだった。
玲香「早くしちゃいなさいよ。出さないと健康に悪いわよ」
未咲「それはわかってる、けど……うぅんっ、れいかちゃんのいじわるぅ……」
もこもこしてる感じがおさないころを思い出すようでなつかしくはあるけど……あのときとは違ってもういろいろ知っちゃってるからやっぱり複雑な気持ちになる。
未咲「んひっ……なんかかぶれてる……かもぉ……」
あまり質のよくないおむつかもしれない。作った人には申し訳ないけど。
未咲「少しこすれただけでヘンになっちゃうし、こんなことしてたら玲香ちゃんにじっくり見られながらおもらししちゃう……トイレいかせてよぉっ」
玲香「あんた運ばれたとき下のほう濡れてたって聞いたけど……」
未咲「そうなんだけどぉ……もうやだ、おしっこしたくないよぉっ」
そんなこと言っても、生きていくためにはどうしてもしかたがない。
未咲「早く退院したい~! 入院生活つかれたよぉ」
玲香「悪いけど、もうちょっと先だって病院の人から聞いたわよ」
未咲「あはぁーっ! 進くんにも会いたいよぉっ!」
それがなんとか原動力になってか、ようやく音がしはじめた。
玲香「そうそう、それでいいから」
未咲「もうやだ……玲香ちゃんにまで聞かれたくなかったよぉーっ!」
負けじゃないけど、気持ちはぐちゃぐちゃになっていた。
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