第16話 実世界(夜)

 オレはUber Eatsのバックを背負い、バイクで街に出ていた――、転生した日が金曜、今日が土曜。一週間後、ではなく、翌日の。――こうやって寿命が延びていくのか、それとも別の力がはたらくのかは分からない。セラピムは、散々オレを笑ったあと消えていなくなった。ともあれ、生活費は稼がないと。今日は土曜日、稼ぎ時なのだ。


 都心で効率のよい近距離の配達がつづく。そしてディナー帯、結構流行っているらしい、肉を使わない創作料理のオシャレな店。


 ――待たされる…。


 ……なかなか配達の料理がでてこない。オープンキッチンでは、草食系のイケメンたちがサラダの盛り付けなどに時間をかけている(ように見える、、)。


 "野菜ばかり食ってっから、動きが遅いんじゃないのぉ"と、心のなかでイヤミを言いながら、にこやかな笑顔で興味ありげ(フリ)に厨房をのぞく。メインのシェフもイラツいてるのが分かるが、今のご時世、キレる訳にもいかないのだろう。



 しばらくして、女子3人組が入ってきた。クロップド(←最近覚えた。へそ出しのトップス)のTシャツに短パン姿。もしかすると高校生ぐらいかも――。服装も店のチョイスもおじさんのオレにはついていけない。



 3人はオレの前を通りすぎて、店員の元へ――あれ…、透けてる!?


 ――下着のことではない。3人のうち1人が、オレと同じように"薄っすら"している。



 ――異世界むこうの住人だ!



 別の子が、店員となにやら話している。聞こえてくる話の内容からすると、どうやら予約がしっかり通ってなかったようだ。


 オレはテレパシーでその子に、"ここの店員、お肉食べてないからだよ"、とメッセージを送りつつ(←ただの悪態。)"薄っすら"している子を見ていた。あれっ――⁉


 目を凝らすと、背中の、腰の近くにアルファベットと数字のタトゥが――


 オレは、レデアブだ、と直感で気づいた――。それと同時に、そのタトゥの文字をメモった。"実世界こっち"と"異世界むこう"の関係が何か分かるかもしれない。



 店員と話していた子が、2人の元にもどってくる。


「ゴメン――」


 その子は気まずそうに、レデアブにだけ・・・事情を話している――もう一人も、レデアブの顔色を窺っているようだった。


 ――社長令嬢(レデアブ)と、社員の娘たちか?


 ゲスなオレは、勝手にそんなことを想像していた。



「ごめんね――沙羅ちゃん」


 3人は、振り返り、オレの目の前の椅子に腰かけた。


 ――もちろんオレは、レデアブの顔を確認する、、?




 ――超絶カワイイ!


 ――っていうか、宮木沙羅じゃん。アイドルの。



(オレは異世界の記憶を、渾身の力で掘り起こしていた――)



「ウーバーさん、お待たせしました」


 ――早いよ!もっと念入りにサラダ盛り付けてくれ。




 オレはとっとと、意識高い系のお客様(←先入観)に商品を届けると、「配達受け付け」をオフにして、先ほどメモったタトゥの住所へと向かった。


 パッと見、世田谷区の住宅地エリアだった。バイクを走らせながら、なぜレデアブはわざわざ普通の地味な容姿にしたのか、と考えていた。周りから気をつかわれることに疲れていたのか――


 だったら努力して性格かえたら、と、思うところだが、カワイイ――そして、"異世界むこう"に限りだが、自分と接点がある子のことだと、いい風に想像してしまう。今まで、それで辛い目――NOノーガードで暴言を見舞われたり、に、遭ったりしたが、やはり、ゼロに限りなく近い可能性でも本能が正確な判断を鈍らせる。オレはまだ修業が足りない。(←全く足りない。というか、せめて1mmミリぐらい頑張れ…)



 到着したのは住宅地のはずれにある交差点だった。気づけば辺りは暗くなっている。オレはバイクを降りて目的の住所をさがす――が、該当する住所にとくに目立った建物はなく、いたって普通の一軒家が並んでいた。そして、バイクに戻りかけたその時、ガードレール脇に花束と子供用のぬいぐるみが備えられているのを見た。



 ――心深くに刻まれるような記憶は、実世界こちらから異世界むこう異世界むこうから実世界こちらへと引き継がれる。


 セラピムの言葉がよみがえる。




 いや――、重いだろ……。



 しばらく立ちつくした後、自宅へと戻ることにした。どの道で帰ったのかは覚えていない――。


 途中、色々な憶測が頭をよぎった。目立たない容姿、見ず知らずのオレへの介抱、少ない口数、無感情な献身――レデアブ(沙羅)の身内?自分の子供ってことはないだろう――そうだったら、ニュースになっているはず。


 ――自宅アパートに戻っても、調べてよいものか迷っていた。軽薄な気分でタトゥの住所を探索していた負い目もあった。それでも、PCの電源を入れた。もう、異世界むこうで、レデアブに会うことはないかも知れなかったが、また週6、このモヤモヤのなかで過ごす気にはなれなかった。


 「宮木沙羅」で検索する――。


 オレは恐る恐る画面をスクロールした。子供がいた、という記事はない。身内に関してのことは詳しく書いてない。まぁ普通に考えればかなり深刻な出来事、有名人だからといって、未成年の実生活をほじくりまわすのは倫理に反する、ということか。


 オレは最後に、本人のインスタを見てみた。



「タトゥはがすの忘れてた!」


 つい先ほど更新されたばかりの沙羅のインスタには、タトゥシールを手に持った写真があがっていた――迷子になった愛猫の、最後の目撃地点の住所を特注のタトゥシールにして、プライベートでは、後ろから見える位置に貼っていたらしい。ちなみに、そのシールの効果なのか知らないが無事、戻ってきたようだった。


 ――どうでもよい。


 ――未成年の本人にとっては、重大事だったのかも知れないが…



 オレの頭は、あの交差点で命を落とした顔も名前も知らないだれかのことでいっぱいだった。


 レデアブは関係ない――花束や縫いぐるみも新しかったし、死亡事故のことは、きっと知らないだろう。オレ自身、街の道路で供えられた花束を見るが、気にしたことはなかった。でも、今日は――。



 命の重さを、1mmぐらいは思い知らされた。


 覚えている限りはじめて、眠れない夜だった。


 なぜ今回がそうだったのかは、分からない。



 そして――、そのまま暗闇につつまれた。

 

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