第5話 学校 その2 (下級クラス)

オレは、セラピムに引きずられるようにして、(地上におりる際には足でオレの髪の毛をつかんだまま空いた窓から)迅速に、地上階にある下級クラスへと案内された。そして、窓から入って適当な空いている席へと座らされた。


 そこは、正面にホワイトボードがあり、机と椅子がならんでいる普通の教室で、どうやら新入生としてのの挨拶は必要なさそうだった。


 最上級生のクラスに比べると、そこにいる男女はやや粗雑な感じは受けるものの、べつに窓ガラスが割れているわけでも壁にスプレーの落書きがあるわけでもなかった。


「まあ、恋愛の世界らしいので当然か」


 …で、ここでなにをしろと、、


 学生時代でさえ苦痛でしかなかったこの空間。いまとなっては、きっと死にそうな退屈が待っているだろう。でも死ねないらしい。逆に寿命がのびる。最低限の生活のための通学。まさに無限地獄、、


 隣には、ずっと教科書らしきものを読んでいる子がいる。


 まぁカワイイ方の女子――オレでさえ韓流アイドルなのだから特になんとも思わない。


「何の本、読んでるんですか?」


 話かけてみた。


 ――反応がない。


「あのぉ」


 ――やはり、無反応。


 ここでも、オレは存在していないということ?


 セラピムはここにオレを放りなげたあと、姿がみえない。


 オレは、彼女の耳たぶに手をのばし引っ張ってみた。


 ――モロ、感触があった。そして――、



「キッやっっ!」


 まぁカワイイその女子が一瞬悲鳴をあげた。


「あ……」


「何すんのよ!」


「いや…」


 言い訳のしようがないことをしてしまった。あわてて周囲にセラピムを探すが、どこにもいない。



 まぁカワイイ女子は、オレをにらんでいる――当然だ。


「いや、あの、すみません。実はオレ、さっき――」


 必死に常識的感覚を取りもどし、おわびをしようとしていたその時――




「オイっ!なにしてんだ、テメェっ‼」


 出た、、『クローズ』だか『ウシジマくん』だか分からないけどそっち系の人。


 しかも完全にこちら側に非がある状況。



「コイツになにされた?」


「――べつに。ちょっと急に声かけられてびっくりしただけ」



 ……オレ、なぜか、かばわれてる?韓流顔のせい?



「おぃ」


 もちろん男の方は、お終いにしてくれる気はない。さらに近寄ってくる。


「だれだお前?」


「きょう、ここに来た新入生?です――」



「新入だからって好き勝手やって、なにも分からなかったですますつもりだったのか」


 ――悪い流れ。変態かよてめぇ、とか言われたら、そうかも知れません、ハハ、もう、ものすごぉく離れた場所にいきます、とかなんとか、軽くハタかれて退散できるのに、男には殺意に似たものが溢れていた。


 この歳(異世界では無関係だが)で、味わうとは思っていなかったゾッとする血流が足のほうに流れていく感覚におそわれた。そして、その感覚はいつも唐突にしかやってこないことを思い出したとき――。




 女が――、助けてくれる気配はない。


 時間が止まっているように感じる――。


 気がついたらオレはボコボロだろう。だからオレは言った。



「だまれバカ。お前、自分がどれだけ迷惑な存在か考えてみろよ。初対面でも分かったわ。バカなくせして――」


 ――オレはただ、見えない恐怖よりも物理的ダメージをくらったほうが自分の心は耐えられると思った、その経験からでた反応。コンマ何秒の世界。



 男は、オレに近いほうの腕で、オレのアゴめがけて肘打ちをねらい、同時にヒザげりと、そのあとの隙にたたきこむ右のフルスイングの体勢だった。むなぐらをつかんでの顔面パンチは、ケンカする気のない者しかしない。オレは本能的に全身に力を入れた。



 ――次の瞬間、男は、消えていなくなった。



 オレはノーダメージだった。気が付けばセラピムが横で羽ばたいている。



「寿命が尽きたんだ」セラピムが言った。



 オレはなんとなく納得した。どうしてもこのまま終わらせたくなかったから命の延命を願い、破綻した人格の自分自身とあらがいながら崩れおちそうな心を守るために自ら敵をつくり攻撃する。肘打ちぐらいもらってもよかったかもと思った。でも、そうしたところでオレは今消えていった男に情をもつことはなかっただろう。結局、オレは冷たい人間なのだ――ケンカを売る相手が悪かったな。



 隣の、"まぁカワイイ"女子は本を閉じ、手で顔をおおっていた。泣いているわけではなさそうだった。やがて顔をあげると、オレの方をみて言った。


「私はリナ。ずっと今の男につきまとわれていたの」


 …納得。そうだったのね。


「あなた、名前は?」


「え!名前…??キム、、いや、ジェソク。名前は、ジェソク」


 オレは、何となく記憶にあった韓国名を言った。


「ありがとう!ジェソク。これで自由に恋ができる‼」


 リナ・・は、オレにハグすると他の教室へと廊下に出て行った。振りかえりもせずに。


 セラピムは少し満足そうに見えた。


 そして、カードの預金量が、オレには分からないまま増え、オレの名前は、この世界で、ジェソクになった。

 

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