第3話 異世界

 光が広がった。


 オレは天使らしきユルキャラに支えられ、上空から地上へと向かう。

 

 そこは、荒れ地のなかにある中規模の町。




 最初に眼に入ったのは、池に浮かんでいる青い幹に淡いピンクの枝をつけた巨木。


 3つの方向から河が流れ込んでいる。


 いや、あの木が源泉となって、そこから水の流れが始まっているらしい。


 泉のまわりには緑がひろがり、所々に石造りの建物が並んでいる。そして左手には、やたら大きな螺旋形の塔が見えた。




 地上に降りる。


 足のうらに土を感じた。



 レンガ造りの建物がならぶ町。建物越しに上空から見た巨木が遠くにそびえている。




 オレが振り返ると、セルピムは言った。


「ここはボラムと呼ばれている町だ」


「ボラム……、古代?」


「もっと前。というより異世界」


「そうだった」


 通りすぎる人々はみんな、地味な色の一枚の布でできた質素な服を着たいた。そしてオレの部屋着用スエットも布切れに。


「なんだか、スースーする」



「まず学校につれていく」


 セラピムはオレがこの世界をみたリアクションなどまったく興味がないようで、ゲストに興味がないときのテレビ番組司会者ばりに自分の仕事だけをドンドンすすめていく。


「学校?」


「まず学校に通へ」


 セラピムはゆっくり羽をはばたかせ移動し始めた。


「何のために」


「恋愛をするためだ。恋愛といえば学校だ」


「はぁ…」


 ゆるキャラのユルい発想。


「何か言ったか?」


「いや別に」


「まぁいい。それよりここに来た目的は覚えているだろうな」


「あぁ――。え?えっと……、恋愛?」


「そうだ。真実の恋を見つけるまではオマエは永遠に生き続けることになる」


 …ダルい。そう思いそうになる気持ちを押さえた。きっとセラピムはオレが頭で考えていることも分かっている。


 それに、異世界に連れてくるぐらいの天使だ。従った方が無難だ。なめたらダメ。怠惰なオレにもまだ残っているサイドエフェクトがそう言っていた。



 町を行き交う男女はみんな10代か20代前半に見えるが、異世界感も相まって、全くその気が起きない。



…無理だろ。



「何?」


「なんでもない」


「思っていることがあるなら言ってみろ。オレもそのうち消えるぞ」


「そうなの?」


「あたり前だろ。なんでオマエ一人に天使が付き添うんだ」


「"話の主人公"だから?」


「どこがだ。平凡そのものだろ。主人公ってキャラか」


「それは分かってるけど。じゃあ恋をするって自力?」


「当たりまえ。頼る気でいたの」


「まぁ、、というか、魔法とか教えてくれる展開かと」


「そんなわけないだろ。何のために連れてこられたと思ってるんだ」


「いや、でも、自力って。オレ、地味だし。この見た目だし(今さら告白)」


「色々めんどくさいヤツを連れてきたもんだな……」


 セラピムはそう言うと、ふり返りって羽の一つを軽く羽ばたかせ、すぐ横の建物の窓に片手をかざした。


 粗いガラス窓が、鏡に変わる。



「誰?」


「少しはやる気が出たか?」



 鏡に映ったオレは、すこし若返り、別人になっていた。


「韓国人アイドルみたいだ」


 、、好きな顔ではない。


「見た目など大した問題ではないが、ずっとダラダラされても困る。オマエも寿命がどんどん延びるぞ。あと、この世界内に限って、人間に年齢はない。それも気にするな」



 鏡に映る自分をよく見てみると、確かに若いが年齢不詳だった。



「行くぞ」


 セラピムが再び学校があるという方へと向かい始めると、鏡が、もとのデコボコのガラス窓に戻った。


 オレは自分の顔を触ってみた。


 感触では、分からない。


 でも、まあ別人になったと思えば、少しは行動的になれるのかも――


 黒人ラッパー風の男の色気をだすような歩き方をしてみる。


 ここに降り立ってはじめて、周囲からみられた。


 、、変な目で。


 ひとまず、普通にすることにした。




「なぁ」


 しばらく歩いてから、オレはセラピムに聞いた。



「なんで恋愛?」


 ずっと聞きそびれていたが、そもそも問題はそこだった。


「なんでセラピムはオレをここに連れて来て恋愛をさせるんだ?」


「オレではない。神様の意思だ」


 セラピムは振り返らずにいった。


「なら神様は、なんで?」


「ご自身の存在のためだ」


「神様の存在、、?」


「"神"とは、人間が創ったものだ」




 ………………?……えっ⁉


 それって……、天使が言っていいヤツじゃない気が……。


 口にはださなかったし、疑問に思う気配も消した。



 宗教の話はデリケートな問題だ。マジなやつは、知り合って初日に口にだすことではない。ふだんウーバーの配達以外で社会と関わらない生活をしているオレでも何となく分かっている(、、年の功?)。




「人間が減れば、神の存在も薄れてくる」


 セラピムは淡々と続けている。



 一瞬、気をつかったけど、オレの心の中、分かってないのか?



「オマエら現代の人間は、自分の欲望ばかりに気をとられ、本当の愛を忘れている――」



 そんな人間ばかりじゃねぇわ!



「当然生まれてくる子供もーー」



 やはり、心の中までは見通されてないのか。



「愛の何たるかを知ろうとも――」



 オレは、試してみる。


 バーカ、バカ、バカ。



「――痛い目に合いたいか?」


「いえ、結構です」




 その後もセラピムは持論を語り続けた。


 

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