第9話 勇者たちは白之魔女に翻弄される?①
1
―――俺は夢を見ていた。
―――そう。前世のあの時の夢を。
「……ね、ねえ、カグラ、知ってる?」
「うん? 何を?」
「6歳までに世界樹の頂上に上り切って、世界樹の神様にお祈りを捧げると、その二人は将来、結ばれるんですって」
「結ばれるって結婚するってこと?」
「うん! そうだよ! 私、将来、カグラのお嫁さんになりたいの! カグラは私じゃ嫌かな……?」
女の子は少し照れ臭そうに、目を逸らす。
ボクは引っ張られていた手を握り返し、
「ボクも君と結ばれたい!」
「本当に! 嬉しい! じゃあ、お祈りしに行こう!」
頂上広場の奥にそびえ立つ、世界樹の女神像の前で、ボクらは手を握り、胸の前に添え、一緒に言葉を紡ぐ。
「「私たち二人が将来、何があろうとも結ばれますように———」」
お祈りを終えると同時に、女神像の周囲が白くまばゆい光に覆われる。
「きゃぁああああっ!?」
「うわぁぁぁああっ!?」
ボクらは祭壇から少し退く。
そこには白の法衣をまとった女性が立っていた。
「あ、あなたは……!?」
「私は白衣の魔女。『世界樹の恋まじない』が今、世界樹の女神様によって、受け止められたわ。あなた達は将来、結ばれるように精進をすることが、あなた達にとって、これから重要となるのよ。だから、私からはあなた達の恋まじないが成就するように、ここで『おまじない』の魔法を唱えて差し上げましょう」
「ねえ? どうする?」
「ぜひ、やってもらおうよ! 私たち、幸せになれるなら嬉しいもの!」
彼女は微笑んで、俺の手を握り、白衣の魔女に差し出す。
「では、おまじないをしてあげるね」
そういうと、白衣の魔女はボクらの手の甲を人差し指でなぞるように文様を描き、そして、
言葉は空間に文字となり、そのままボクらの手に描かれた文様に吸い込まれていく。
「はい、これでおしまい。二人とも仲良くするのよ」
「うん!」
「ありがとう!」
ボクらは白衣の魔女にお礼を言って、そのまま二人は世界樹を降りることにした。
―――そっか……やっぱり誰が相手か分からないままなんだな……。
と、その時、白衣の魔女が不穏なオーラを放つ。
先ほどまで子どもたちに投げかけていた微笑みではなく、禍々しいまでに殺意と憎悪の籠った顔に変わる。
―――あれが同じ魔女なのか!?
「……絶対にあの二人は結ばれない。この呪いの所為で繋がらない。結ばれようとしたら、きっと我が呪いが邪魔をするであろう……。ンクククク……。勇者のハッピーエンドなど、この世界に必要はない……」
白衣の魔女の周囲には禍々しい黒き力が溢れ出していた。
そして、自身の歯で傷つけた指先から溢れ出る血を舐めて、
「そうだ。いいことを思いついたわ。あの娘には、もっとも残念な死に方を用意してあげよう。結ばれないだけでなく、不幸な末路とか楽しくて仕方がない……」
白衣の魔女は世界樹を降りようとする二人を睨みつける。
が、その瞬間、カグラは振り返った。
ぞくり。
白衣の魔女は震えあがる。
魔女の中でもトップクラスの自身が、視線だけで震え上がらされるなど、並大抵の力でなければそうはならない。
しかし、それを仕出かしてくれる。だからこそ、コイツは勇者なのだと再認識させられる。
「クックック。いいわ。あなたに殺させてあげる。最愛の女の子を…………」
―――それは……、どういうことだ?
―――コイツは、何を言っているんだ!?
俺はただ、謎に包まれたその言葉を理解できなかった。
俺が殺すだと?
最後の戦いで死んだのは、仲間全員だ……。それに魔王も当然倒した。
仲間は俺と共に死んでいった。だから、俺に巻き込まれて死んだと受け取ることもできる。
一体、どういうことなんだろうか。
俺は自問自答しつつ、朝を迎えた。
2
今日は休み。
だが、寮生にとってはいつも通り、食堂に向かって朝食を取るのが日課となっている。
俺は身だしなみを整え、普段着に着替えたまま、食堂にやってくる。
当然、普段から考えると、食堂を利用している生徒の数は少ない。
そもそも、日曜日なのだから、朝食を抜いてそのまま寝ている、という者も多い。
それだけではなく、友達同士で朝から出かけるなどということをしている者も多い。
それほど校則がガチガチになっているわけではない聖天坂学園では、このくらいの自由は悠に認められているのである。
俺は眠気眼のままに、トレイを取って、食堂のモーニングセットの2種類の中からAセットを選ぶ。
Aセットがパン、Bセットがご飯なのだ。
何となく、まったりと食べたかったことからもパンとスクランブルエッグ、カリカリに焼いたベーコンに軽めのサラダ、クルトン入りのコーンスープは、ゆっくりとちまちまと食べるにはもってこいだった。
元気が取り柄の食堂のおばちゃんから食事を順に受け取ると、空いている席に座る。
が、なぜか、トレイをテーブルに置こうとすると、前方から来た女子も同時にトレイを置こうする。
「「……あ。」」
目の前は寮生ではないにもかかわらず、朝早くから学校に来ている摩耶だった。
摩耶は何かを思い出したように視線を逸らし、顔を赤らめる。
「ここ……私が先に置いたんだけど?」
「いいや、俺の方が先だったと思うんだが……」
「他にも席はあるじゃない」
「この窓際でボーッと外を眺めながら、朝食を毎週取ると決めてるの!」
「もう! 本当に意地悪なんだから……。私と一緒じゃ嫌って言うの?」
と、俺のほうに一歩踏み出し、上目遣いにお願いしてくる摩耶。
恥ずかしさからかほんのりと顔が赤らんでいるのが何とも言えず……可愛い……。
て、今まで思ったこともない感情が―――!?
「べ、別にいいけど……」
「……ありがとう」
何だか、ぎこちなく俺たち二人は窓際のカウンター席に座る。
普段はお互い言い合ったりしているのだが、昨日の入部の件で色々とゴタゴタがあった関係で、目を合わせられないでいる。
「今日は休みなのに、学校に来るんだな」
「ええ、まあね。お父様からも主席の座を取りなさいってうるさく言われてるのよ。だから、一応自習に来てるの。で、あなたは?」
「いや、別に理由なんかない。変な夢で早く起きてしまったから、食事をしに来ただけだ」
「変な夢?」
「ぬおっ!? プライバシーの領域に踏み込むというのか?」
「まあ、別にアンタのプライバシーなんかどうでもいいんだけれど、それって、私たちのことに関係するような夢ではないでしょうね?」
「うーん。まあ、ないわけではないかな……」
「じゃあ、こっそりと話してよ!」
と、彼女は突っついていたサラダを置き去りに俺の方に近寄る。
ふわりと甘いシャンプーの香りがする。
それにまたもや上目遣い。コイツ、こんなに可愛かったっけ!?
俺の胸が勘違いしやがって、ドキリとか言い出す始末だ……。
と、同時に、周囲からは「朝から熱いわねぇ……」「あれって、摩耶さんじゃない?」「え? もしかして神楽? 秀才同士で付き合ってるの?」と、誤解されている言葉が容赦なく背中に叩きつけられる。
「お、おい……。勘違いされてるぞ?」
「勘違い?」
「俺とお前が付き合ってるって……」
「あ、そうなの? アンタは私と付き合うのは嫌?」
「……そういう問題じゃないと思うぞ」
「大ありよ。だって、私も恋人候補として立候補してるんだから!」
いつから俺の恋人は立候補制に変わってしまったのだろうか。
そもそも俺には選択肢が与えられているというのか?
幼馴染の洞泉江奈―――。
学級委員の久遠寺優紀―――。
部活動の先輩となった藍那紗里奈先輩―――。
そして、コイツ、転校生の摩耶友理奈―――。
コイツらが俺の恋人候補なのだという。
「お前は俺が彼氏でいいのか?」
「うーん。まだ、いいかどうかは分からないけれど、付き合ってみないとなかなか見えてこないじゃない? だから、お試しで付き合うって言うのもありかなぁ……てね」
「何だか、恋愛がすごくフランクな感じのものになってるな……」
「そう? 別に結婚を前提にしたお付き合いとかじゃないんだから、問題ないんじゃないの?」
「そういうものか……」
「そういうものよ。ただ、みんな藍那先輩みたいに言い出せないだけ。みんな奥手なのよ。だから、邪魔者がいないときに獲物を頂くのは当然ということで……」
「お前はいつからハイエナになったんだ? 目が怖ぇ~よ」
俺がジト目で睨み返す。
どうやら本人は結構本気だったようで、そんな俺の反応に憤慨してしまう。
「何よ! 折角、こっちがOKだっていってあげてるのに!」
「へぇ~」
「な、何よ!?」
「お前、上目遣いも可愛いけれど、怒ってる顔も可愛いんだな……」
ぼっ!!!
摩耶は耳まで真っ赤に染め上げて、先程まであった威勢はどこへ吹き飛んだか、急に大人しくなってしまう。
コイツ、こんな乙女っぽい表情もできるのか……。
「な、何を急にバカなこと言ってるのよ! 全く、私が可愛いのなんて当たり前のことなんだからね!」
と、言いつつも余裕がないのか、サラダをぎこちなく口に運んでいる。
「ところで、昨日は大丈夫だったのか?」
「え? あの後?」
「いや、まあ、それもそうなんだが……。お前、言ってたじゃん。毎日俺のこと思いながら、『
「―――――――!?」
その瞬間、摩耶が右手に持っていたフォークが俺の唇を刺す。
痛さのあまりに俺は席から転げ落ちそうになるが、何とか踏ん張る。
「ホンット、デリカシーのない男ね……。そういうことは言わぬが花なのよ」
「お、俺は心配してやってるのに……」
「あんたに心配されなくても自分の性事情くらい分かってるっての!」
めづっ!?!?!?
勢いのある拳打が俺の頬を抉る。
俺は今度こそ、踏ん張れずに豪快に席から叩き落されたのであった。
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作品をお読みいただきありがとうございます!
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