第7話 委員長は勇者を攻略する?②

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「委員長、放課後ってお時間空いてますか? ちょっと部活動のマネージャーをお願いしたくて」


 放課後の教室。

 クラスの中でも成績優秀(俺ほどではないが……)な男子生徒から「マネージャーの依頼」という一見何も問題なさそうな声の掛け方……。

 だが、俺は知っている。

 今までこの手のパターンでどれだけの女が犠牲になっているのかということを―――!

 一見、単にマネージャー担って欲しいというお願いは、部活動をしていない女子にとっては、声を掛けてお近づきになるにはもってこいだ。

 で、そこにのこのこと付いて行こうものなら、待っているのは罠ばかりだ。

 それに運動部ともなると、部室はブラックボックスに包まれた場所。

 如何わしいことをしても、バレにくい。

 このように健全に見える声掛けではあるものの、実は乱交へのお誘いというものがほとんどなのである!(あくまで神楽の感覚である)

 しかも、相手があのクラスのマドンナとも謳われる「久遠寺優紀」ともなると、周囲のざわつきが強まるのも当然と言えば当然であろう。

 久遠寺優紀と言えば、一年生にして豊満なIカップの持ち主で、そのおっとりとした表情から、「豊乳の大和撫子」と男子生徒からは卑猥な名で囁かれていたりする。

 もちろん、卑猥な名ではあるものの、俺も江奈と話をしているときに、江奈に用事があったみたいで近づいてきたときに視線の真正面に、久遠寺さんの双丘が視線に突き刺さってしまったことがあるが、あれはヤバイ。

 いや、ヤバいなんてもんではない。破壊力がすさまじい。

 ブラジャーや制服の上着で覆われて、押さえつけられているというのに、少し屈んだときの、おっぱいのバウンドはマジでヤバかった。

 本人はおっとりとしているから、気にしているようには思えなかったが、すでにあれを遠目でも拝んでいるウチのクラスメイトどもは間違いなく、二人きりになれば襲ってしまうだろう。

 俺? 俺は一応、そこのところはセーブを掛けている。

 いや、そんなことしたら、俺のラブコメ生活計画が破綻してしまう。

 とにかく、ああいう真面目そうな輩であっても、オオカミになる瞬間は絶対に訪れる。

 しかも、チャラ男ではないからこそ、丁寧に計画を立てて、声を掛けてくるはずだ。

 じゃあ、「豊乳の大和撫子」はどのような返しをする?


「え~? 私がマネージャー? それはちょっと無理かなぁ……。私も学級委員の仕事もあって忙しいも~ん」


 まあ、妥当な回答かと思う。

 クラス委員として忙しいのは当然であるし、それにこの返答であれば、どの部活どうでも無理という名目も成り立つ。

 そうなると他の部活動の連中が同じ手法でいこうとしても、基本的には撃沈するのが目に見えている。

 が、それだけで大人しく引き下がるような相手ではなかった。


「まあ、まずは今日、見てくれるだけでも嬉しいんだけどな……」

「うーん。今日ですかぁ?」

「うん!」


 あれ? 委員長って意外と一日限定とかなら、OKを出せちゃう人物だったりする?

 てか、甘さ見せちゃダメでしょう!?


「でも、ごめんなさい! 今日も今日とて用事があって、ご一緒できないんです」

「それって委員長の仕事? それならば一緒に―――」

「じゃあ、一緒に学園長の所に行って、新年度のごあいさつ回りなんていかがですか? きっと、素敵な方々がたくさんお待ちになられているかと思いますよ?」


 久遠寺さんがニコリと微笑む。

 が、先程からナンパを仕掛けていた男子生徒の顔は引くついている。

 そりゃそうだろう。

 そもそもこの晴天坂学園の学園長への挨拶ということは、他にも理事長なども雁首揃えているということだろう。

 噂には聞いているが、理事長くらすになると、どこぞの「組」のトップや公安のトップ、政財界のトップの人々がいているという話だ。

 そんな連中の中に一緒に入れられるなど、溜まったものではない。

 ましてや、運動部の部長クラスならまだしも、相手は新入学生なのだから、それほどの力を持ち合わせているわけでもない。

 吹けば飛んでしまうような相手なのだから、お供をするなど何の役にも立たない犬同然となる。


「だからね……、今日は―――」


 突然、俺の腕をムギュッと抱きしめて、


「神楽くんに同伴してもらおうと思っていたんだ」

「え?」


 俺は一瞬目が点になってしまう。

 いや、俺だけではない。クラスの全員がそうなっていたに違いない。

 だって、そもそもクラスの中で絶対に久遠寺さんとの繋がりが薄そうな俺がどうしてこうなってしまったのか、自分すら理解できていないのだから。

 当然、誘った男子生徒は俺を殺意剥き出しの視線を投げつけてくる。

 いや、お願いだから手袋を投げつけるような行為は一切しないで……。

 そもそも俺に決闘を挑む勇気すらないのだから……。


「ど、どうしてか、彼を……神楽くんと一緒なんだい?」


 いや、普通にその発言はかなり失礼に値するんだが……。

 分かって言ってんのか? こらぁ?


「えー、そんなの決まってるじゃない? 彼はトップ入学してきた生徒じゃない? だから、理事長に対する面汚しにもならなくて済むじゃない? もっとも聖天坂学園のモットーは分かっていますかぁ? 『知識ヲ世界ニ求メ,大ニ皇基ヲ振起スヘシ。』という五箇条の御誓文に基づく学校の教育理念である『知識を世界に求め,大いに国家の基礎を確立せねばならない。』というものを。勤勉であることは、国家の礎を築くための有能だ手段であるからにして、勉学に励むことは、学園として喜ばれることなのですよ? 神楽くんは首席で入学という偉業を成し遂げていますから、まさに理事長のお眼鏡に叶う生徒像だと思いますよ。ですので、今日の放課後は神楽くんとご一緒に行動する予定なんです」

「はぁ? そんなこと関係あるか?」

「大ありですよ! 先生方からも信頼を得ることは、今後の大学進学などの点でも大変重要なことですから」

「だが、明日以降は別に―――」

「ですから、明日以降は来る定期テストのために神楽くんから勉強方法を教えて頂こうと考えていたんです。ねぇ~?」


 笑顔でこちらに向かって同意を求めてくる久遠寺学級委員長。

 さすがに「知らんがな!」と答えられるはずもなく、「そ、そうですね」と相槌を打つ。

 が、どうもそれだけでは納得してもらえるようではなく、男子生徒は俺の方に向かってヅカヅカと歩み寄り、


「てめぇ……ハッタリだったらぶっ殺すぞ……」

「あれ? 牧野くんはサッカー部の次期エースストライカーになる予定だったんじゃないの? そんな後輩たちのかがみともなるべき人が、そんな口の利き方をして大丈夫なのかな? 何だったら、今から理事会でお話してきてあげようか?」


 なかなか意地悪な言い方をする久遠寺さん。

 それに対して、一瞬怯んだ牧野(名前を初めて知ったぞ……)だったが、フッとあざけ嗤うと、


「久遠寺さん? そんな奴のどこがいいわけ? 勉強が出来るだけが取り柄のようなヤツじゃない?」

「うーん。それはなかなか神楽くんに失礼だと思いますよ」


 うん。俺でなくても、そんないい方されたら凹むヤツが続出するから、そう言う言い方は止めてあげた方が良いと思う。

 すると、久遠寺さんは俺の腕を抱きしめたまま、


「言っとく、君よりは神楽くんのほうが誠実だよ。それに神楽くんは私にとって大切な人なんだから!」


 ザワザワッ!?!?!?

 久遠寺さんの言葉にクラスに残っていた人たち全員が驚きの表情を浮かべる。

 いや、俺だって驚きの表情を浮かべてます。

 正直、久遠寺さんの今の発言は一体どういう意味!?


「……え。久遠寺さんにとって神楽はどういう意味で大切な人なんだい?」

「大切って決まっているじゃない。身も心も捧げられるような大切な人だよ、私にとってはね」


 教室に戦慄が走る。

 どうして神楽が―――!?

 アイツには洞泉さんがいるじゃないか―――!?

 大半の思考回路はそうなったことだろう。

 安心して欲しい。俺も今、そんな感じだから。


「身も心もだと!? それだと恋人のような感じじゃないか!?」

「……えっと、その認識で問題ないよ? 私の絶賛片思い中だけれど、私は神楽くんのことが好きなんだもん!」


 そう言って、さらにギュッと腕を絡みつけてくる。

 と、同時にIカップがボクの腕に重圧を掛けてくる。

 ボクは今にも蕩け堕ちてしまいそうな顔を、真顔で維持するのがやっとなのだから……。

 ありがたいことに今の告白をした場面に、江奈と摩耶の両名はクラスにいなかった。

 いたらもっとややこしいことになっていたかもしれない。


「とにかく、そういうわけなんで、牧野くんと一緒に部活には行くことができないってわけなんです。ご理解いただけましたか?」


 牧野はヘナヘナと腰砕けのようにその場に跪く。

 返事がないようだから納得はしていないだろうけど、その衝撃の強さに心が少し歪んででもしまったのだろうか。


「じゃあ、失礼しますねぇ~。さ、行きましょう! 神楽くん!」

「え? あ、はい!」


 俺はそんな牧野を眼下に見下ろしながら、Iカップに腕を挟まれたまま、教室を後にする。

 それにしても、さっきの久遠寺さんの言葉はそのまま真に受けてもいいのだろうか……?


 ―――大切って決まっているじゃない。身も心も捧げられるような大切な人だよ、私にとってはね。


 俺は何度も久遠寺さんの顔を確認しながら、その真意について考えてしまうのであった。




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