第6話 勇者を好きだと素直に認めたい魔王③
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昼食の後、午後の授業も頭の中はモヤモヤしたままだった。
そりゃそうじゃん。だって、江奈も神楽のことが好きなのは分かるけれど、毎日、体が熱くなる症状は出ていないという。
じゃあ、私の身体はどうなっているというの?
それに私がまるでいつも、彼のことを考えているかのようじゃない……。
でも、それはあながち否定はできないかもしれない。
毎日、あのキスをしたときのことを思い返してしまう。
「ああ、どうしてあんなことしちゃったんだろう……」
私はバッグにテキストなどを放り込むと、ファスナーを閉じ、肩から下げる。
神楽は江奈と仲良く話をしていて、放課後に一緒に本屋でも寄るつもりのようだ。
まあ、今日はまだ「死の宣刻」の日ではないし、もしもイレギュラーな事故が発生したとしても、近くに江奈がいれば問題ない。
問題ない、か………。
問題ないと割り切ったはずなのに、なぜか気持ちの中には、凄く納得していないモヤモヤとした感情が渦巻いている。
何だかムカムカする……。
て、何で私がムカムカするのよ……。それこそ納得できないわ!
私は極力目を合わさずに、教室を後にする。
「……何だか、私が逃げ出したみたいじゃない……。あの子たちのためじゃないんだから!」
私は放課後の部活の準備に慌てる生徒たちやおしゃべりを楽しむ生徒たちの合間を抜け、部室棟にやってきてしまっていた。
無意識だったのだが、どうやら奥底に藍那先輩と話をしたいとでも思っていたのかもしれない。
先日同様に部活の勧誘を受けつつも私は5階まで階段を上り、そして奥の「呪術・法術研究会」と書かれたドアの前に立つ。
ノックをしてみるが、中から反応は返ってこない。
どうやら、留守のようだ。
今日は諦めようと、私は振り返り、部室棟を後にしようとする。
が、そのとき、甘い香りがふわりと漂う。
「――――!? もしかして……」
「あれぇ? これはこれは摩耶さんやないですか? どないしはったん?」
「…………………」
私は用があったのは事実だが、何だかすべてを見透かされた感じのその返事に嫌そうな顔をする。
「あんた、ウチのこと、ホンマに先輩やと思てる? そんなドブにハマったもん見るような汚らしい目線で見んといて欲しいわ」
「ああ、すみません。先輩って匂いで存在がバレますね……」
「ああ、これ? これはな、ちょっぴち媚薬入りの香水やねん。これを
「いや、それは普通に性的欲求のためですよ……。そのうち、誰かに襲われますよ」
「まあ、それもちゃんと考えて行動してるねんけどね……」
いやいや、性的欲求が爆発した男どもを抑え込むってどんな準備してるんだか……。
護身術とかでなければ、そっちの方が気になって仕方ないよ!
「そやねぇ……。こんなところで立ち話もあれやし、部室に入る? 今なら、飲み物も色々あるし」
「部費で買ってるんですか!?」
「そうやで。ちゃんと客人用の対応費用が出取るからな……」
まったく、この人は何でこうやって上手くのらりくらりと乗り切ってしまうんだろうか……。
私は促されるまま、部室に入る。
改めて入ってみると、こじんまりとした部室だということを知る。
そして壁には様々な魑魅魍魎、天変地異など様々な文献がジャンルごとに並べられている。
意外としっかりとしているのかもしれない。
とはいえ、魔力などない私たちがこのような書物でどうにかなるものなのだろうか……。
そりゃ、前世では私は魔王をしていたのだから、魔力も無限に体内から溢れ出るようにあった。人々を苦しめることなど造作なく、その行為そのものをやって当たり前とすら認識させられて生きてきたのだ。
とはいえ、今はそのようなものは一切できない。
というよりも、そういった思考を持っている人々のことをあまつさえ「厨二病」とすら言われたりするのだ。
だけど、私はこういった魔力が存在しないとは言い切れない、ということを知っている。
それは目の前で見せつけられたのだから……。
しかも、二度も―――――。
一度目は神楽が生徒指導室で黒崎先生(実習中)から襲撃を受けたときのことだ。
あの時は黒崎先生が指先で空間をなぞるとそれが魔法陣の様に浮かび上がり、そして、そのまま彼に「死の宣刻」という呪いを掛けていた。
そして二度目は昨日の光の杭だ。あれは一体何だったのか分からない。
きっと魔法の類のものであると、私は認識している。
だって、あんな太い杭を私の身体に刺されたのだから、本来であるならば、私は胸から血を吹き出して、死んでいるはずだ。
しかし、私は生きている。きっと、あの時に脳内に響いた声の主が掛けた呪いの一種なのだろう。
私がそんなことを思い悩んでいると、藍那先輩は飲み物を私の前に差し出してくれる。
「で? 心の中は整理できたん?」
「……それができないから、ここに来たんです」
「そうなん? でも、ウチんとこ来ても、何も変わらんとちゃう?」
「そうなのでしょうか……。私にとっては、気持ちがぐちゃぐちゃになっているのは事実だと思います。だって、今まで「恋」とかそういうものを何も意識せずに生活してきたのに、突然、神楽とキスしちゃった結果、こんなモヤモヤした気持ちに振り回されるんですもの」
私はハァ…とため息を一つつく。
そして、差し出されたジュースを一口流し込み、
「さっきも、神楽と江奈さんが話をしているのを見ると、何だからモヤモヤとした気持ちになりました。それに昨日の藍那先輩と神楽の情事を見てしまったときも同じような感じになりました。何なんでしょうか……。この気持ちは……」
「いや、普通にそれ、『恋』でしょ」
「ええっ!? 結論に導くの速過ぎませんか? まだ何の証拠集めもしてないじゃないですか!」
「いや、普通に証拠集めも何もいらんと思うで……。その状況証拠から十分にアンタ、神楽に好きの感情抱いておるやん!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?」
「だって、そうやんか。ウチとのセックス見てて、ムカムカしたんやろ?」
「セッーーーー!?!? て、そんなこと言えるわけないでしょ!? まあ、気持ち的にはムカムカしましたよ!」
「で、その江奈と神楽が楽しう話しとんの見たときも――――」
「ええ、何だかムカムカが込み上げてきました!」
「うーん。やっぱり、それ『恋』やで………」
がーん、がーん、がーん………
私はこれまで純粋な乙女でいたにも関わらず、あんな男にキスされたくらいでそんな急に好きになるわけが……。
「そ、そうよ! きっと私がそういう気持ちになったのが初めてだから、勝手に勘違いしてるんだけです!」
「ああ、てことは、初恋か」
ブフーーーーーーーッ!?!?!?
私は落ち着かせるために飲んでいたジュースを噴き出してしまう。
ま、マズイ……。落ち着かなくては……。
思えば思うほど、焦りは出てしまい、手がフルフルと震えてしまう。
「ひ、人を揶揄うのもいい加減にしてくださいね」
「いや、揶揄ってるんじゃなくて、摩耶が普通に認めたくないだけやろ? 単に素直になれへんだけやろ?」
「私はいつも素直です」
「ほなら、神楽のことを思ったら、いつもどれくらい自慰行為してるん?」
「なっ!?」
この女はどうしてこうデリカシーのない言い方をしてくるんでしょうか……。
私としては当然ながら、納得できない。
「ウチは毎日しとてるで」
え? もしかして、この人、私の仲間――――!?
「あ、あの、それは………」
「うん。ウチな、神楽のことを思うと身体が熱うなってきてしもて、指が止まらんようになるねん」
私は小刻みにうんうんと頷く。
「ほんで、気分が最高潮に満たされたときに改めて、ウチは神楽のことが好きやって思えるようになるねん」
「あー、わかります!」
「うん。それなら、やっぱり『恋』やで」
「て、どうしてそうなるんですか!?」
「だって、ウチ、神楽に恋しとるもん。そうでないと、セックスなんかせえへんで」
「……好きだからと言って、私は、そうやって簡単に身体を差し出したりしません」
「ほなら、アンタはしとうないの?」
「―――――え?」
私が神楽と一緒にやりたいかって? やりたいという気持ちはそれほど起きない。
それは単に私は処女で、性行為に対する不安を抱いているから。
でも、もしも、本当に神楽のことが好きで好きでたまらなくなったら……。
私は神楽に自分の身を差し出すかもしれない。
「ま、まだ分かりません」
「そうか。まあ、ええわ。でも、これだけは理解しとき、アンタは神楽のことが心の底では好きなんやで。それを素直に認めようとせん心がどこかにあるんや。その枷と外せることが出来れば、ええんやけどね……」
「わ、私は素直になれるんでしょうか……」
「今は無理なんとちゃうかな? だって、アンタ、今、呪いの楔を打ち込まれとるようやし……」
「え? 分かるんですか!?」
「まあ、この間、部室を出た後に様子を見てたんや……。そしたら、アンタ、光の杭を打ち込まれたやろ……。あの時、ウチには何も聞こえんかったけど、あれは呪いを掛けられたんとちゃうの?」
「じゃあ、その呪いに打ち勝てるような何かを手に入れな、素直にはなれんやろうね……」
「あの光の杭が私の行動を制限してくるんですか?」
「推測やけど、そう思うで。素直になれへんかったり、もしかしたら、肉体的な関係ももたれへんかもしれへん」
「あはは……。まだ肉体的は遠い話なので、問題ないですけどね」
「いや、分からんで、この間の様にウチもまさか、あのふっといのが刺さるとは思うてなかったもん(ポッ♡)」
ちょ、ちょっと!? そこで顔を赤らめないでよ!
やっぱりムカムカするわ。
このまま放っておいたら、この人、神楽を死ぬまで搾り取るんじゃないかしら……。
「やっぱり、私も参戦するわ! 藍那先輩に任せておいたら、神楽が身体を搾り取られて死んでしまうもの!」
「ウチは
「はぁ!? 絶対になりません!」
そうよ! 私はそ、そんなセ……性行為に溺れたりしないんだから!
絶対に。
でも、やっぱり、私は神楽のことを好きになりかけているのかもしれない……。
素直さ、か……。素直な私ってどうすればいいのかしら……。
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