第6話 勇者を好きだと素直に認めたい魔王②

     2


 どうしようもない焦燥というか、羞恥というか何とも言えない感情がこみ上げてくる。

 俺にとって、さっきの記憶を失っていた間に何があったのだろうか。

 俺は江奈の勧めで藍那先輩という人物に会いにきたはずだった。

 で、確かに会うことには会えた。

 そもそも、先輩の容姿はありえないくらい大人っぽく、そして、妖艶だった。

 きっと香水の所為もあるのだろう。

 ふわりとした甘ったる匂いが鼻孔にかすかに残っている。

 俺は何も言えずに、起き上がり頭を掻きむしる。

 先輩に俺は襲われかけた。そして、またもやそのタイミングで「死の宣刻」に遭遇した。

 藍那先輩が『近しい存在』だったため。

 藍那先輩と………キスをして思い出した。

 思い出すと、何だか恥ずかしくなってしまう。

 キスくらい、江奈とも摩耶ともした。

 でも、あんなにも積極的なキスは記憶のある中では初めてだった。

 そして、その時に流れ込んできた前世の記憶――――。

 あの藍那先輩と俺は前世であんな淫れた生活をしていたなんて……。

 ああすることでレベルアップが図れるとはいえ、今思うと自身は何とふしだらな男だったのだろう、と。


「今思うと、ちょっと……いや、かなり問題だよな……」


 俺は少し落ち込んでしまいそうになる。

 その時にふっと、眼下に白濁したものが床に付着しているのに気づく。

 もう、嫌な予感しかしない。

 だって、あの藍那先輩に襲われかけて、記憶を失ったのだ。

 自身が何をしたのか分からない。いや、「死の宣刻」の症状から察するに俺から何かをすることは不可能だろう。

 ただ、藍那先輩が前世同様に、俺の身体を欲したとしたらどうするのか……?

 想像するまでもない。

 きっと、事を致すだろう。

 それが藍那先輩のしたいことなのだから……。

 一瞬で、顔面が真っ青になってしまいそうな感覚に陥る。

 妖艶な笑み、柔らかな乳房、そして濡れた秘部―――。

 どれをとっても、藍那先輩から漏れ出す何かは形容し難いほどに自身の本能を刺激してくる。

 俺は記憶のある部分だけでも、そのいやらしさに身体が反応してしまう。


「……最低だな……。俺の身体―――」


 俺は部室の近くにあったティッシュペーパーで床面の粘着物質をふき取り、ゴミ箱に捨てた。

 そして、俺はドキドキと興奮する気持ちを抑えつつ、部室を後にした。

 もちろん、摩耶が来ていたなんてことを全く気付くことなく―――。



     3


 私は食堂で憂鬱な気持ちのままで、昼食を取っていた。

 普段なら、仲の良いクラスメイトと一緒に昼食なんて言うこともあるのだが、今日はクラスメイトが、部活の人たちと一緒に今後の活動計画を練りながら昼食を取るということで、私は一人昼食を取っている。

 周囲には、私の近くに寄ってきていいものかどうかを悩んでいるような男女含めた生徒たちが空気を伺っているといったところ。

 私は野菜ジュースとロールパンを使った野菜とロースハムをたっぷりなオープンサンドとたまごサンドのセットを頂く。

 うん。どちらも美味しい。やっぱ、この学校の食堂って本当に美味しい。

 こんな気持ちでも、美味しい食事を食べることで気持ちが少しは軽くなるものね。

 失恋した人がよく気晴らしのために、爆食いをするなんて話を聞くけれど、あれもあながち間違いではないような気すらしてくる。

 て、別に失恋したわけではないけれどね―――。


「……摩耶さん。相席してもいいかな?」


 私は声のする方を見ると、そこには江奈がお盆を持って立っていた。

 別段、断る理由もないし、彼女からは神楽の居場所を教えてもらった恩もあるので、「どうぞ」と軽く返答する。


「ありがとう。それにしてもいつもここの食堂はよく混むわね。今日もこんなに人が多いなんて……」

「でも、私も利用して思うけれど、味もいいし、メニューも豊富。それに価格帯の設定も庶民的でリーズナブルとなると人気があるのは当然かと思うけれど」

「庶民的って……」

「……べ、別にディスったわけではありません! わ、私だって、頂いているメニューはこういう軽食じみたものですから……」

「ま、それはそれでいいんじゃないかな?」


 そういうと、江奈は昼食のチャーシュー麺を食べ始める。

 本格的な中華を修行した人が作っているらしく、中華の味も絶品だと聞く。

 たしかに中華スープ独特な鶏がらの匂いが程よく鼻孔をくすぐる。


「で、わざわざ食事を一緒にするために、相席なさったわけではないでしょう?」


 江奈は食べていたチャーシュー麵をごくりと飲み込むと、


「摩耶さんは祐二のことをどう思っているのかなって」

「どう、というのは具体的には……?」

「好きか、どうかってこと」


 ブフッ!?

 私は思わず食べていたロールパンサンドを吹き出しそうになる。

 いきなり、何を訊いてくるのかと思えば……。


「……神楽のこと? そうねぇ……まだ日が浅いから……」

「それにしてはやたら気にかけてますよね?」


 うっ……何だか、この子鋭く突っかかってくるんだけど……。


「はぁ……。私のことよりもあなたはどうな――――」

「あたしは祐二のことが好きです。初めてを奪われてもいいと思ってます」

「ちょ、ちょっと!? あんたねぇ……。ここは食堂なのよ!? 他の人たちもいるんだから、もう少し話す内容は考えなさいよ! それに声をもう少し下げなさい」


 周囲は一瞬ざわつく。

 そりゃそうだ。だって、私と神楽の幼馴染の江奈が、初めてをどうのこうの言っているのだ。

 周囲も気になってしまうものだ。

 いや、普通に気にしないでほしいものなのだけれど。


「そうやって誤魔化さないでください」

「別に私は誤魔化しているわけじゃないんだって……。アンタのためにも、こういう場所でのそういう発言は身を亡ぼすことになるよってことを教えてあげてるだけ」

「じゃあ、摩耶さんは祐二のことをどう思ってるんですか?」


 私自身か……。そりゃ、私のファーストキスはアイツに奪われた。濃厚なキスすらも人命救助とは言え、アイツとしてしまっている。

 それに私もアイツと「近しい存在」として、神楽のことを思うと、身体が熱くなってしまう。

 毎夜その感覚はやってきて、毎日、自慰をすることでそれを収めている。

 おかげで、夜の時間帯は侍女を部屋に近づかないようにお願いしているくらいだ。


「正直なところ、私は神楽のことをどう考えているか、自分でも分からないわ」

「……分からないですか?」

「そう。分からない。別に逃げてるわけでも無くて、本気でどういう気持ちなのか分からないってこと……」

「それはどういう……」

「あー、何て言えばいいのかな……。私もアンタたちと同じように異世界から転生してきた『近しい存在』なわけじゃない? だから、まあ、アイツとキスをしたことによって、毎晩のように……その、身体が熱くなってしまうことはあるわ……。でも、それは魔女が施した呪いなわけじゃない? だから、私の本心でそういう気持ちになっているのかどうか分からないのよ」

「でも、毎日エッチな気分になってるんですよね?」

「だから、もう少し小さな声で言えないの!? これじゃあ、単に私はエッチな女の子ってことになっちゃうじゃないの!?」

「いや、普通にそう思ってますよ……」

「どうしてよ!?」

「だって、あたし、そんな毎日、身体が熱くなったりしないんですけど……」

「―――――え?」


 私は江奈が言ったことに固まってしまう。

 手に持っていたロールパンは引力によって皿に落っこちてしまう。


「いやいやいや……、毎日、気持ちがふわふわして下腹部がきゅーんってなるでしょうが!?」

「あの……だから、ならないですよ……。あたしは二日に一度か、三日に一度です……」

「だって、私、毎日のように来ちゃうんだけど……」

「だから、それはエッチだと思いますよ……」

「お願いだから、認めないで……。私は違うの! 変態じゃないのよ!?」

「えー、でも、そう言われてもご自身でお認めになられたじゃないですか。『毎晩のように身体が熱くなってしまうことはあるわ』って」

「声真似までしなくていいから!!」


 私は涙目になってしまう。

 だって、本当にいつも身体の奥底から熱いものが込み上げてきて、脱力してしまうまで刺激してあげないと収まらないのよ……。

 私はその状況を思い返すと、顔を真っ赤にしてしまう。

 は、恥ずかしすぎるんだけど!?

 え!? ちょっと待って!? 何で私だけこんなにエッチな身体になっているっていうの!?


「もしかして、摩耶さんも祐二のこと好きなんじゃないですか? 私も彼のことを思うといつも、身体が火照ってしまいます。そのことから考えると、摩耶さんはいつも祐二のことを考えているってことじゃないですか……。それは好きってことなんじゃないですか!?」

「え、いや、ちょっと待って!? 本当に私の本心は分からないの……」

「えへへへ……身体は正直じゃないか?」

「急に悪代官みたいな言い方するのは止めて!? 私は本当にエッチじゃないの!? つい先日まで自慰もしたことのない乙女だったのよ!?」

「それが今では毎晩アクメとか本当にどうしようもない淫乱女ですね」

「だから、ここは食堂だから、言い方を考えてよ!?」


 ダメだ……。このままでは埒が明かない。

 やっぱり、私の頭の中って神楽のことでいっぱいになってしまっているの!?

 いや、そんなわけない! そんなの認められない!

 絶対にそんなことないんだから――――!!



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 作品をお読みいただきありがとうございます!

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