第6話 勇者を好きだと素直に認めたい魔王①
1
光の杭は私の胸に突き刺さっている。
しかし、血が出ているわけではなかった。とはいえ、痛みは感じる。
胸の中にめり込んでいく杭を私は手を掛け、抜き取ろうとする。
「な、何よ!? これは!?」
が、ズズッズズッ!! と少しずつ杭は私の胸の中に入り込んでいく。
何やら別の意識が入り込んでくる。
目を閉じると、意地悪く微笑む女の顔が見えてくる。
この顔、どこかで見たことがある。
自身の記憶を辿ろうとするが、それよりも苦しさの方が増して来る。だんだん苦しくなってきて、閉じた目が開けられなくなる。
女は両手を広げ、私を抱きしめようとしてくる。
――――来ないで!!!
私は叫ぶが声が出せない。喉を締め付けられたような違和感を感じ、喉を触るが、何もない。
だが、口からはヒューヒューという息しか漏れない。
『久しぶりね…………』
女は懐かしそうに語りかけるが、私に記憶を辿る余裕すら与えてくれない。
どんどん迫ってくる。
―――私はあなたなんか知らない! あなたと一緒になんかなりたくない!
『んふふふ……。ダメよ。私の願いは叶えられるのだから……』
―――嫌っ! 嫌なんだからっ!
私は両手で呪縛の様な影を取り除こうと、払う。
が、影は私の身体を取り込むようにへばりついてくる。
『お前の願いは叶わない……』
―――私の願い……。叶えたいのに…………。
私はそう呟くように淡い願いを祈った。
が、虚しく黒い影をしたドロドロに取りつかれる。
―――嫌なの! どうして私だけが………。
意識を取り戻すように目を開くと、胸に突き刺さっていた光の杭はもう掴めそうにないくらいの長さだけが胸から生えていた。
そして、私は「おお……」と落胆する間もなく、その杭は体内に取り込まれてしまう。
が、その後、別に身体に何の違和感も感じない。
私は胸元をさするが、痛みを感じない。
どうやら、あの光の杭は、私の命を奪うものではなかったらしい。若干の安堵が湧く。
ここで死んでしまったら、私の願いが叶えられない……。
と、その時私は不意に違和感を感じる。
「て、あれ? 私の願いって何なんだっけ……?」
私はそんなことを思い返すのだった。
いや、そんなことよりも、今は神楽のこと……。
神楽の方を見ると、先程の藍那先輩との淫らな行為のあと、放置されていて、下半身がむき出しだ……。
「!?!?!? 何てもの見せるのよ――――――っ!!!」
思わず、履いていたスリッパで剥き出しの下半身を思いっきり叩く。
「いっでぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?」
その痛みに思いっきり、飛び上がる神楽。
私は怒りがおさまらない。
「な、何で私にあんなもの見せるのよ!」
「て、またお前かよ! どうして俺を物理的に傷つけることばかりしてくるんだよ!」
「ち、違うわよ! 今日、「死の宣刻」の日だと思ったから、状況を確認しに来たのよ!」
「うーん。そういえば、何だかさっきその症状が出たんだけど……」
神楽は頭をポリポリと掻きながら、状況を思い出そうと必死になっている。
が、どうやらその状況を思い出すことができないようだ。
「わ、私の口からはあまり言いたくないことがここで繰り広げられていたのよ……」
「はぁ!? それ、何だよ……」
「あ、アンタが、藍那先輩と……せ、せ…………、や、やっぱり言えないわ……」
そうよ。どうしてアイツの初めてを私じゃなくて藍那先輩なんかに捧げちゃってるのよ!?
て、何考えてるの!? まるで私は神楽とヤりたいみたいじゃない!!
あれ? でも、どうしてこんな気持ちになっちゃうの?
やっぱり、私は神楽のことが……………。
「ここで如何わしい行為をしていたのを見ちゃったのよ! その時に『死の宣刻』が起こって、どうやら藍那先輩がキスしてリセットさせちゃったんだわ」
「じ、じゃあ、今日はそれで助かったのか……。て、じゃあ、藍那先輩も『近しい存在』なのか?」
「アンタ、本当に何も分かってなかったのね……。藍那先輩は前世ではアンタと一緒に行動していた魔法使いよ……」
「魔法使いか……。ああ、シャリーナ……。!?!?!?」
神楽は言いかけて、何か記憶を取り戻したのか、赤面して無言になる。
私はゆらりと彼の近くに寄り、
「あれ? 神楽くん? 何かに気づいたのかな?」
彼は赤面した顔をぶんぶんと左右に振りまくる。
大方、前世での彼女との一番記憶に残っているのが、「黒淫魔法」のことなのだろう。
そりゃ、毎日でもしてれば、記憶にすら残るだろう。
が、そう考えれば考えるほど、私の心中は穏やかではなくなる。
何やらムシャクシャしてくるのだ。
「いいわねぇ……。前世でも現世でもエッチなことしてもらえて、さぞかしや気持ちよかったかしら? これであなたも立派に童貞卒業じゃない」
「はぁ? 俺はまだ生まれてこの方、ヤってない!」
「じゃあ、さっきの先輩に対して腰を振りまくってたのは何よ?」
「いや、本当に記憶がないんだが……」
「てことは、『死の宣刻』の痙攣の時に、タイミング悪く藍那先輩の体内に突き刺したってことね……。でも、何だかムカつくわ!」
「ちょっと待てって! 本当に記憶がないんだから、これはノーカウントだ! 俺はまだ童貞ってことで!!」
「て、女の子を前にして何てこと言ってんのよ! やっぱりアンタなんか大っ嫌いよ!」
私はそう言うと、神楽に一発頬を叩いて、部室から飛び出した。
て、私ってば何てことしてるのよ! 何で腹を立ててるの!?
私、神楽のことになると他の女が絡むとどうしてももやもやした気持ちになる。
なのに、どうして今、そんなこと言っちゃったの?
転校してきてついさっきまではそんなことなかったのに……。
さっきの女に憑りつかれるような違和感を感じてから……。
私は走り下るのを止め、ゆっくりと歩きながら、
「もしかして、さっきの光の杭は本当に私と神楽の仲を引き裂こうとする……」
距離をとると冷静になれる。
私はどうしてあんな言い方で突き放してしまったんだろう……。
これじゃあ、まるでツンデレじゃない……。
「まさかね……。そんな呪い掛けたりしないよね……」
そう。私が思ったのは、私自身にツンデレの呪いを掛けてしまったのではないかということ。
そうすることで、私が彼の前で素直になれずに、突き放し続けることで、神楽が私のもとから離れて他の女を選ぶのではないか、と。
でも、確かにそんな気もしなくもない。
最初、私は部室棟に彼を助けるために近づいたはずだった。
本来、それで救われたのであれば、助かって良かった、とそこで話は終わるはずだ。
にもかかわらず、あの光の杭が私に取り込まれて以降、アイツの目の前で素直になれずにモヤモヤが続き、そしてついに「助かって良かった」の一言も言えずに突き放していた。
これが意味することは、私の推測で言うならば、あの女が私を神楽から距離を取らせようとしているということになる。
この友理奈の推察は、的外れなことを言っていたわけではなかった。
魔女が刺した光の杭は「素直になれない呪い」というものであったのだから……。
「悔しいよぉ……。どうして、どうして、シャリーナなんかにあと一歩のところで……。何だか負けた気がしちゃう……」
ほら、やぱりアイツの前でなければ、本音が出て来る。
でも、アイツの前になるとどうしても本音が出せずにツンデレになってしまうのだ。
きっと、そうだ。そうに違いない。
「でも、本当の気持ちって何なんだろう……。江奈もそうだし、紗里奈先輩もそうだ……。神楽に対する本当の気持ちって何なんだろう……。それとあと一人の『近しい存在』って誰なんだろう……」
私はそんなことを思いながら、部室棟を後にした。
その頃にはすでにさっきまで心を占めていたモヤモヤとした気持ちはどこかに吹き飛ばされていた。
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