第3話 ツンデレ転校生に付きまとわれる勇者。③

     3


 俺はここ数日、何者かによって尾行されている。

 いや、何者かは俺がよく知らないがよく知っている奴だ。

 え? 何でこんな言い方をするかって?

 そりゃ、転校生の摩耶友理奈がその尾行している張本人だからだ。


「おい! お前、いつからあんなに摩耶さんと仲良くなったんだよ!?」


 陰キャガリガリ君こと築山曲利つきやままがりが俺を肘で突きながら訊いてくる。

 俺は少し天井の方を見やるようにしつつ、


「いや、マジで分からん……。悪いが本当に俺にはそういう認識がない」

「てことは、僕のことを見ているのかな」

「いや、ガリオではないだろ……」

「何で分かるんだよ!」

「まあ、朝から四六時中ああいうことされてると、俺なのかなぁ……て、認識くらいはする」

「だから、いつから仲良くなったんだよ!」

「質問がループし始めてるぞ」


 俺は摩耶と仲良くなった記憶なんてない。

 そもそも俺にとって、アイツは先日、黒崎先生を連れて校舎を案内していた時に出合い頭にぶつかって、ちょっとラッキースケベイベントが発生したくらいだ……。

 いや、もしかしてそれが原因で俺に謝罪と賠償を請求しようと企んでいるのか!?

 俺は若干不安を覚える。

 そりゃそうだ。アイツは摩耶家の御令嬢様だ。たとえ、俺でも摩耶財閥くらいは知っている。

 鉄道運営からその近郊に立地された不動産関係、さらにはアミューズメントパークに一部の国家事業まで参画しているという話だ。

 そんなご令嬢様に目をつけられたとなっては困る。

 あれは不可抗力の出来事であった、と知らせなければ、最悪の場合、俺が拉致されてアイツにいいようにいたぶられるかもしれない。

 俺の描く夢のラブコメ生活が、一気に摩耶家ご令嬢の奴隷生活に変わってしまう。

 これだけは何としてでも避けなくてはならない。

 こうなったら放課後に何とか話をつけるしかない、か。

 俺はそのタイミングを狙うこととした。



 放課後、みんなが帰宅し始めるころ、俺の袖を引っ張られる。

 振り返ると、そこには少し頬を赤らめた江奈がいた。


「お、江奈か。どうしたんだ?」

「今日は一緒に勉強を教えてもらえないか? 今から時間が許されるなら……でいいんだけど……」

「今日か……。今日は悪ぃ! ちょっと予定が入っているんだ……」

「そ、そうか! それならばいいんだ! あ、はははは……。まあ、直接先生に訊いた方が良いこともあるもんな! じゃあ、私はちょっと図書館で勉強してるから、早めに用が終わったら来てくれると助かるかなぁ……なんて」


 明らかに無理をしている江奈だ。

 だが、そうはいっても、俺は摩耶に誤解を解かなければならないのだから、そちらのほうが俺の高校生活そのものに問題が起こらないようにするためには仕方ない。

 ぎこちなく微笑みながら、江奈は教室を去った。

 教室に残っているのは、俺と摩耶だけだった。

 まあ、江奈が心配するのも無理はない。

 江奈は俺に対して、告白したのだから、他の女子生徒と一緒にいるというのは、面白くない話である。

 ごめんよ! 江奈! この埋め合わせは絶対に今度するからな!

 確か、駅前のソフトクリーム専門店がオープンしたとかを雑誌を見せながら、嬉々とした表情で教えてくれていたな……。きっとあれは連れて行けと言う振りなんだろう……。

 この問題が解決したら、それに連れて行ってやるとしよう。

 俺はそう心に固く決意をすると、摩耶の方を向き、


「摩耶!」


 と、声を掛けた。

 本人はビクリと肩を震わせて、俺の方に振り返る。


「な、何よ……」


 て、何でコイツが顔を赤らめているのだろう?

 いや、普通に男に声を掛けられて、この反応とかこの共学校である聖天坂学園で活きていけないぞ……。


「ちょっと話がある……」

「わ、私もよ!」


 ん? 摩耶が俺に話ってどういう流れだ?

 俺はいささか不安になるが、訴えられないことだけを願いつつ、


「じゃあ、誰もいなくなったんだし、教室で話をしようか」

「ええ、そうね……」


 摩耶はそう言いつつ、さらりと黒髪をかき上げる。

 夕日が差し込む部屋でサラリとなびいた黒髪から見える白い素肌がすごく綺麗に見えた。

 て、何で俺がドキッとしなきゃいけないんだ……。

 確かに、摩耶は綺麗な顔立ちをしているから、そういう何気ない日常の動作一つとっても絵になるのは理解する。

 ただ、だからといって、俺の胸がドキドキするのは話が違う。

 きっと、これはこれから言い下されるであろうひとつの裁きに対する恐怖だ。


「じゃあ、どっちから話す?」

「べ、別にアンタからでいいわよ」

「あ、そう。じゃあ、俺から言わせてもらうわ」


 俺は少し気怠けだるそうに、摩耶に近づくと、


「こ、この間の出会い頭でのは、ごめん! ワザとじゃなかったんだ! お、俺が何をしたのかは一瞬気絶していたみたいで覚えてないんだが、あれは黒崎先生を案内していて、余所見をしていたから起きた事故だ。だから、ここで謝罪する!」


 と、俺は腰を直角に折れるほどの勢いで頭を下げる。

 ここではやはり誠意というものが伝わらなければならないという俺の判断だ。


「……………」


 て、沈黙が長すぎる……。もしかして、これは逆に逆鱗に触れてしまったパターンなのだろうか……。

 俺がそっと顔を上げると、そこには目を逸らしつつ、顔を真っ赤にした摩耶がいた。

 ぬおっ!? やっぱりこれって怒ってるパターンか!?

 俺の誠意のこもった謝罪が通じなかったというのだろうか!?


「い、いや、そんなに怒らないでくれ……」

「べ、別に怒ってるんじゃない! こ、これは私たちにかけられた呪いの所為……」

「……呪い?」


 確かに怒っているにしては、摩耶の顔は恥ずかしそうに顔を赤らめて、俺に目線を合わせないでおこうとしているし、なにやらモジモジと身体をくねらせている。

 とはいえ、呪いとは非科学的なことを言うものだ、と俺は焦っていた気持ちが逆に落ち着いた。


「たぶん、信じてくれないかもしれないけれど、私が『黒之魔女フィア』から聞いた話をここでするわね……ひぅん♡」


 俺の目の前で肩をピクピクと震わせる摩耶。

 明らかに普通じゃないんだが……。


「お、おい……。大丈夫か? 何なら、保健室に――――」

「お願いだから、今は私に触らないで! 話が終わったら、私も気持ちを落ち着けるために、一人になりたいから……」

「お、おう……」

「私が『黒之魔女フィア』から聞いた話では、私やアンタはこの世界に転生した存在らしいの」

「転生? 今どきの小説はどこもかしこも転生しているなぁ……。転生して軟体生物に生まれ変わったり、チート出来たり、と……」


 て、あれ? こんな話、どこかで聞いたような気がするんだが……。

 それもつい最近……。


「よく分からないけれど、それはこちらの現実世界から、異世界に旅立ったんでしょう? 私たちはその逆らしいの……」

「てことは、能力が失われたのか……」

「いや、何を残念がっているのか分からないけれど、まあいいわ……。で、そこではアンタは勇者だったのよ」

「え!? そうなの!? じゃあ、俺ってば他の仲間を引き連れて魔王退治か何かをしたのか?」

「ええ、そうみたいね……。でも、その時、アンタたちは魔王と相打ちのような状態になって死んでしまった。そこで女神によって転生が生じた。けれども、その時に『黒之魔女フィア』がひとつ呪いを掛けたの……」

「呪い? て、もしかして、それが―――」

「そう。今、私の身体に起こっているこれがその呪い……。私たちこちらへ転生した人たち……魔女たちは『君に近しい存在』なんて言っていたけれどね。そんな私たちがあなた達と唇を重ねると、呪いが発動するみたいなの……」

「え? 俺はお前とキスはしていない……」

「出会い頭の事故でキスしちゃったのよ!」


 がぁ――――――――ん!!!

 そうだったのか! どうやら、俺は知らない間にラッキースケベを発動させていたらしい……。

 しかも、こんな美少女な摩耶お嬢様とのキスなんて……。記憶にないなんて、勿体ない!


「で、その呪いが発動すると、少しでもアンタのことを考えたりすると、身体が疼いちゃうのよ……。クソ! あの淫乱魔女めぇ!」

「と、ところで、さっきから出てくる『黒之魔女フィア』っていうのは何なんだよ?」

「え? そのままよ。異世界から転生する私たちにどうやってか知らないけれど、くっ付いてきたあっちの世界の魔女よ。この間、アンタも会っていたじゃない。黒崎先生のことよ!」


 ぬぁにぃ―――――――――――っ!?

 これまた驚きだ。

 あの妖艶な褐色美女の黒崎先生が、「黒之魔女フィア」だったなんて……。

 俺が衝撃を喰らった表情を見せると、


「ふっ。これだから、男ってのは、女の『魅了』にすぐ引っかかるんだから……」

「うーん。一応、言っておくけれど、俺は『魅了』にはかからなかったぞ。そもそも何だか変なオーラを振り撒いてるなぁ……て感覚はあったけど……」

「えっ!? それってマジで? それはやっぱり勇者の権能が引き継がれているのかしら……」

「そういう干渉系にはめっぽう強いって解釈でいいのかな……」

「まあ、そうね。で、話を続けるわよ。それ以外に、アンタにもう一つ呪いを掛けられてるの」

「ああ、そうだった。で、それは何なんだよ」

「それは、『死の宣刻』といって、一週間に一度、『近しい存在』と一緒にいるときに魂魄の強制剥離が行われるみたい」

「はぁっ!? それって死ぬじゃねぇか!」

「安心して、アンタは一度、その現象をすでに経験しているから」

「え? 俺って死んでるの?」

「生きてるわよ。さっき言ったでしょ? 『近しい存在』がいるときにしか起こらないの。だから、助けるためには……ゴニョ……をするの」

「ん? 何だって?」

「いや、あの……だから……濃厚なキスをして近しい存在の唾液をアンタに流し込む必要があるの……」

「……え……。じゃあ、俺って一度、濃厚なキスで助けてもらってるの……?」


 俺が摩耶に問うと、摩耶は目線を逸らしながら、コクリと頷いた。

 俺も逆に恥ずかしくなってしまう。


「てことは、前はお前が―――」

「あぁぁぁぁぁぁっ! 言わなくていいから! 何も言わないで!」


 摩耶はこれ以上にないくらい激しい動揺をしつつ、真っ赤な顔をしていた。

 いかん、このままでは単なるコイツに対する精神攻撃にしかならない。

 俺は話題を変えることにした。


「ちなみにさっきから俺のこと勇者って言ってるけれど、摩耶は何だったんだよ……。僧侶か? 賢者か?」

「私は………」


 瞬間、摩耶の表情が暗くなる。

 そして、俯きながら、こういった。


「私は魔王だったのよ……。アンタ達に倒されたね……」


 え……。てことは、コイツは俺の敵だったのか?

 でも、今はそんな気配を一切見せてないじゃないか。

 じゃあ、他にも俺の仲間が………。


「そう。アンタの考えている通りよ。私以外にアンタの仲間は他に三人いたはず。一人は江奈よ。ただ、あの子がどの役職クラスだったのかは知らないけれどね。あとの二人はまだ分からないわ……」

「そっか……」 


 そっか。これは江奈が言っていた夢の話に酷似しているのか。

 確か、アイツは僧侶って言ってたな……。他に賢者と魔法使いがいる、と。

 俺は頭をポリポリと掻きながら、


「……でも、さすがにそれをすぐに信じろとか言われても……。まあ、都合よく、ここで発症するわけでもしねぇかぎりなぁ……」


 その時、俺の心臓にドクンッ! と大きな衝撃を受ける。

 うげぇ!? なんだこれ!?

 身体から心臓が引き抜かれそうな痛みが走る。


「うあぁぁぁぁぁぁ………」

「神楽!? この症状は、『死の宣刻』!? もう! フラグなんか立てるんじゃないわよ! 今、ここで見せてあげるわよ!」

「あがががががが………」


 苦しい! 胸が、心臓が、妬けるように熱い!!!

 その瞬間に、俺の両頬を摩耶が手で掬い取るように添えて、唇を重ねてくる。


「信じられるように、ここで見せてあげる!」

「――――――!?」


 ……んちゅ…ちゅぱちゅぱ……ちゅるちゅる……

 普通のキスではなく、舌を絡めてくるようなキスを―――。

 だが、そのキスをされると、スッと胸から痛みがなくなり、苦しみから解放される。

 摩耶は唇を離すと、顔を真っ赤にしながら、


「どう? 信じる?」

「……信じるしかねぇじゃんか……、こんなの」


 俺はそう答えるしかなかった。

 俺自身も摩耶という美少女とのキスに動揺が隠せなかった。

 放課後の日差しが差し込む教室に、気まずい空気が流れたが、それはどうしようもできないものだった。

 お互いが変な意識が生まれてしまったのだから………。




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作品をお読みいただきありがとうございます!

少しでもいいな、続きが読みたいな、と思っていただけたなら、ブクマよろしくお願いいたします。

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