第3話 ツンデレ転校生に付きまとわれる勇者。②
2
朝の和やかな読書の時間。
学校での朝の活動の一環として、読書の時間というものが設けられている。
ここ、聖天坂学園高等学校にも「朝読書」というものを取り入れられた。
俺にとっては、合法的にラノベをがっつりと授業前の時間に読むことができるということもあって、この制度には大賛成だ。
何よりも、本の指定がないというのがいいではないか。
とはいえ、変わっている奴はいくらでもいる。何でもいいからと言って、企業の電話番号一覧を持ってきて、それを片っ端から黙読するという変わり者もいた。
まあ、「天才と何とやらは紙一重」と言われているようなものだからな。
ん? じゃあ、天才であるこの俺(←入学試験1位)が何を読んでいるか気になるか。
俺は今、俺の中での絶賛大人気小説「転生したら推しの悪役令嬢で破滅フラグを回収しつつも、優雅なスローライフを満喫します」をじっくりと読み込むのさ! 略して「転スロ」とも言われているこの作品はWeb小説から始まったのだが、PV数があっという間に桁違いおレベルまで上り詰め、コミカライズ、アニメ化まで決まっていたりする。
まあ、俺はこの作品の古参の一人で、Web小説時代から愛読してきたのだが、晴れて文庫化ということもあって、購入した次第である。
さあ、今日はコイツをじっくりと読ませていただくとするか!
机の上にブックカバーの付けられた「転生したら推しの悪役令嬢で破滅フラグを回収しつつも、優雅なスローライフを満喫します」を準備しつつ、担任がやって来るのを待つ。
いつも朝の会のあとに朝読書タイムは設けられているから。
ガラッ!
横開きの教卓側のドアが開けられ、担任の
歳のころは40を超えたと言ったところ、とはいうものの皺も目立たない顔立ちは30代と言っても誤魔化せそうな感じだ。背が低いのがやや難点だが、美人の類には分類されると思う。
「では、始めますね」
向島先生の号令一番で、学級委員の久遠寺さんが凛とした声を出す。
「起立! 礼! 着席!」
さながら軍隊のようだ。
久遠寺さんの声に生徒が反応し、一連の動作を流れるように行うクラス一同。
「えーっと、本日は朝読書は中止とします」
はぁっ!? 何だって!?
俺は喉元まで出かけた声を思いっきり飲み込む。
お、俺の癒しの時間を返してくれ! と、まだ誰にも奪われていないが、教師に文句を言いたくなってしまう。
とはいっても、一体なんだって、朝の読書タイムまで削ってやらなきゃならないことがあるっていうんだ?
「今日からこのクラスに転校生が入ることになりました。どうぞー、入ってきてー」
先生の号令で、教室のドアが開き、ロングの黒髪の少女が入ってくる。
目、鼻、顔立ちが整っており、まるで人形のような……………て、あれ?
俺、アイツを知っている。
「あ—————————————っ!? お前、昨日の暴走女!?」
「ちょ、ちょっと!? 失礼ね! そっちからぶつかってきたのよ!」
「いいや、違うね。俺は褐色美人な黒崎先生に校舎内を案内していたら、お前がぶつかってきたんだよ!」
「いいえ、違うわよ…………」
俺と黒髪の少女は睨み合って、その場の空気は緊張がはしる。
担任の向島先生は、ちょっとオドオドと目線を泳がせるが、
「神楽くん! 少し黙っていなさい! まだ自己紹介が終わっていないでしょ!?」
「………………う、確かに……」
俺はそう言われて、黙ってしまう。
確かに自己紹介が終わってもいないのに、ここで言い争いをするのは貴重な朝の時間の無駄遣いというものだ。
俺は大人しく席に着くことにする。
「じゃあ、改めて、自己紹介をお願いします」
「皆様、初めまして。私は摩耶友理奈と言います。見識を広めるために、こちらの学校にやってまいりました。これから、よろしくお願いします」
摩耶は丁寧にお辞儀をした。
クラスメイトからは暖かい拍手が送られる。いや、まあ、普通に社交辞令的な拍手だしな。
俺は若干覚めた感じで摩耶を見ながらそう感じたが、彼女は席に案内されるなり、周囲のクラスメイトから話しかけられて笑顔で対応している。
いや、神対応かよ。
てか、明らかに俺にだけ冷たく当たろうとしてない!? 何で、俺にだけ塩対応!?
「ま、祐二にはそれでいいよ。あたしにとってはライバルが減るんだし……」
「ん? 何か言ったか?」
「いいや、何にも~」
俺の後ろの席で何だか、江奈が言ったような気がしたが、さらっと流されてしまった。
江奈とは、あの告白の時以来、少し距離が出来てしまったが、今はかなり普通の距離まで縮めることが出来ている。
というか、いつも通り、俺の傍にいて、リアル彼女なのでは? とクラスメイトからも疑念を持たれている。
明るくて猫のように構ってほしそうに懐いてくる姿は、どんな男だって好意的に対応してしまうだろう。
だから、狙っている奴が多いのは事実だが、そんな幼馴染に変な虫がつかないように助けてあげるのも、俺の仕事だからな。
とはいえ、俺もまだ先日の告白に対する返事が出来ているわけではない。
あの日の後、すぐに江奈は風邪で寝込んでしまって、数日間休んだわけで、その間にそういった告白という感情を大きく変化させるものも、時間とともに感情は落ち着いてしまうものなのだ……。
俺としては何とか、返事はしてやりたいと思ったが、まあ、今すぐ結論というのは難しいので、まずは「この関係を維持したい」と江奈には伝えた。
本人も変に意識して、今の距離が壊れてしまうのが怖かったようで、「それでいい」と笑いながら答え、俺に抱き着いてきた。
傍から見れば恋人のように見えるかもしれないが、これが幼馴染というものだ。
お互いの距離なんて、こんなもんなのだ。
「それにしても、何て
何やら険しい表情で、摩耶を睨みつけている江奈に気づくが、何のことを言っているのか分からず、俺はそれを聞き流すことにした。
3
転校初日の私・摩耶友理奈にとって、クラスメイトからの反応は上々だった。
まあ、教室に入室早々、神楽に嚙みつかれたのはちょっと驚いたけれど、別にそれはいいの。
そういう反応はあるかな……って思ってもいたし。
それ以上に、意外と私が「摩耶財閥」の令嬢であることを知ってか知らないか、多くのクラスメイトが私のもとにやってきたのは何だったのかしら。
邪な考えを持っている男子生徒は、軽~く排除していったわけだけれど、こういう学校での人間関係を考えると、女子生徒は重要なネットワークを構築していたりする。
特に男子生徒のことなんかを聞くとなると……。
とはいえ、もうすでにあの日から4日も経過している。
早く神楽に「死の宣刻」のことを教えないと……。
私にとって、解除の出来る人間が私以外に誰なのか分からない今、本人にこのことを伝えることが先決というものである。
そのためにもまずは神楽という人物像を理解しておきたい。
何の問題もなく、別の言い方をすれば、何の変哲もない午前中の授業が終わり、私の周りには再び人だかりができていた。
昼休みの時間。
このタイミングでできれば、他の女子生徒から神楽という男の攻略法を聞いておきたい。
私は周囲に来てくれていたクラスメイトとともに食堂へと移動する。
チラリと後方の席を見てみると、神楽が女子生徒と談笑しながら、そのまま食堂へと向かうのだろうか、教室から出て行った。
食堂では日替わり定食が用意されており、配膳を順に済ませていき、窓際の日当たりの良い席にクラスメイトに案内される。
食堂の端の方の席で話もしやすい。
今日の日替わり定食は、メンチカツ定食のようだ。存在感のあるメンチカツと付け合わせのキャベツの千切り、人参のグラッセにフライドポテト、お茶碗には白米、そしてコンソメスープが付いている。
バランスの整った食生活を送ることが出来るように、管理栄養士の人がきちんと仕事をしてくれているようだ。
「そういえば、摩耶さん!」
髪をリボンで止めているマキという子が話しかけてくる。
「どうかしましたか? それと私のことは友理奈って呼んでくださいね」
「え? いいんですか?」
「はい!」
「じゃあ、友理奈。普段休日とかは何をして過ごしているの?」
「休日ですか……そうですねぇ……。両親とハイキングなどに行きますかね」
「え!? 友理奈って案外、アウトドア派!?」
「あはは。父の影響かもしれませんね。父がキャンプにハマっていまして、私もそれに同行させてもらうんです。夜の星空とかを見るのが好きなので……」
「まあ、友理奈ってそんな感じがするなぁ……」
そう言ってくるのは、三つ編みを編み込んで、両耳の上にくるりと輪っかを作っている亜弥って子。
「皆さんはどんな感じなんですか?」
「まあ、マキは彼氏にベッタリって感じ~?」
と、亜弥が少し意地悪そうに言うと、マキは頬をプゥッと膨らませて、
「べ、ベッタリって感じじゃないから! 私が部活の試合に応援に行ったりしているだけよ!」
「え? マキって彼氏がいるの?」
そうそう! こういう話を聞きたかったのよ!
彼氏彼女の関係から、クラスメイトの男子生徒の情報、といっても神楽のだけど……を聞きたいのよ!
「バスケ部キャプテンの牧原くん。身長も高いし、超がつくほどのイケメン。でも、こんな芋娘を好きになってしまったのよ……」
やれやれと両手を広げて、肩をすくめる亜弥。
なかなか酷いことを言うものだ。
「ちょっと! 亜弥、私だって怒るわよ! 誰が芋娘よ! 私だってもう彼とキスくらいしてるのよ!」
「え、え、ええっ!?」
私は思わずある言葉に動揺を見せてしまう。
頬から耳にかけて一気に火がついてしまったように赤く染まってしまう。
「え? どうしたの? 友理奈? 顔真っ赤にして?」
「おやおや。もしかして、友理奈にもそういう男がいたりするのかなぁ~? 私の仲間なのかな?」
「べ、別にそういう人はいないわよ。まあ、高校生活の一部としてそういう殿方を見つけるのもありかなぁ……って」
「そっかぁ~。でも、ウチのクラスってそこまでカッコいい人っていないよね?」
と、マキがクラスメイトの男子生徒が聞いていたら、速攻で落ち込んでしまいそうなことをバッサリと言い切った。
「ねえ、神楽くんなんてどうなの?」
その時、私は急いていた所為もあるのだが、思わず神楽の名前を口に出してしまった。
二人は食事をしていた手をピタリと止めて、私の方に詰め寄る。
「友理奈って神楽くんのようなヤツが好みなの?」
「え?」
マキの圧が強い。
「どの辺が好みとして見ているのか興味深いので、教えてもらえますか? あの二次元厨二ボーイの……」
「ええ!?」
亜弥の圧はもっと強い。
私はタジタジと冷や汗を垂らしながら、背もたれまで逃げるが後がない。
「まあ、性格に問題があるけれど、そこそこ顔はいいかもなぁ……クラスの中では……」
マキの答えに私はほっと胸を撫でおろす。
だが、その後で亜弥が、
「でも、神楽くんっていつも江奈っちの傍にいてるよね。何だかお姫様を守る勇者の様な感じっていうか」
ドクンッ………
私は亜弥の言葉に心臓が殴られたような衝撃を受ける。
お姫様を守る「勇者」ですって――――?
「まあ、江奈も身体が弱かったから、昔から神楽くんが面倒見てあげてたんでしょ? 今でこそ、江奈が私たちと一緒に体育に参加したりできるのは、彼のおかげなんだって」
「まあ、そう考えると優しいところもあるんだよねぇ……。神楽くんって」
「へ、へぇ~、そうなんだぁ~。私も優しくて一途な人は良いかなぁ……って思う」
私は作り笑顔で返しながら、自分の好みのタイプをざっくりと彼女らに伝えておく。
でも、何でさっき、あんな衝撃を受けたんだろう……。
――――お姫様を守る「勇者」。
その言葉に私の心臓が再び衝撃を受ける。
と、とにかく、放課後に彼を捕まえることにしよう。
本人は嫌がるかもしれないが、こちらがしおらしくでもしておけば、少しは話を聞いてくれるかもしれないし……。
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