第1話 勇者は平凡な“ラブコメ”を求める。③
5
放課後になり、男子寮と女子寮の間に行くと、そこにはすでに江奈がいた。
ちょうど、食堂が男子寮と女子寮の渡り廊下のような構造になっており、その下は周囲から見ても死角と言える場所になっていた。
もちろん、そんなところに入ろうとする生徒はほぼいない。
なぜなら、そんなところを教師に見つかれば、罰を与えられることは必至だったから。
とはいうものの、俺は江奈から明らかに避けられている印象が拭えなかった。
だからこそ、その理由を訊いておきたかった。
「江奈!」
「もう! 声が大きいって……。ここで一緒にいるのを見られたら、二人とも罰を受けるの知ってるんでしょ!?」
「あ、そうだったな……」
「本当に祐二はいつもこんななんだから……」
目の前にはいつも通りの江奈がいる。
昼間のは一体何だったのだろうか、とすら感じてしまうようなくらい差があった。
「……で? 今日は何であたしは呼び出されたのかな?」
「いや、朝は普通だったのに、何だか、昼間は凄く避けられていたような気がしたからさ……」
「そ、そんなことないよ! どうしてあたしが祐二を避けなきゃなんないのさ!」
「そうか……? 何だか、今も無理しているような気がしてならないんだよ……」
俺はそういうと、江奈に近づき、頭を撫でる。
江奈はビクリと身体を震わせ、無言に俯いてしまう。
「昔いっただろ? 俺が江奈を守ってやるってさ」
江奈は身体を小刻みに震わせ、俺の方を見上げる。
その瞳には、大粒の涙が貯められていた。
俺には、どうして江奈がこんなに悲しんでいるのか、全く分かりもしなかった。
6
あたしは身体が小刻みに震えてしまった。
そして、瞳からはとめどない涙が溢れ出ててきた。
「え……あれ? どうしてあたし泣いてるんだろう?」
「どうしたんだよ……江奈……」
ちょっと祐二に頭を撫でられて、そして以前、祐二が約束してくれた「俺が江奈を守ってやる」という言葉を再び掛けられただけだ。
それなのに、どうしてこうも暖かい何かに包み込まれたような気持ちになるのだろう。
「ご、ごめんね」
あたしは、手で涙を拭う。
あたしは無理やり笑顔を取り繕うが、祐二はやはり心配した表情のままだ。
「実はね、昨日、変な夢を見たの……」
「変な夢?」
「うん。すっごくおかしな話なんだけど、聞いてくれる?」
「ああ、江奈が落ち着くまで今日は一緒にいてやるつもりだったからな」
「……んふっ。ありがとう……」
そう。あたしが知っている神楽祐二という人間はいつもこうだ。
困っているあたしに対して、いえ、困っている人がいたら最後まで放っておけない。そんな心優しいところがある。
だから、あたしはこの人のことを————、ううん、何でもない。
きっと、この気持ちは何だか違う気がするから………。
あたしは一息深呼吸をすると、
「実はね、あたしが見た夢って凄く現実離れしているんだけれど、でも、すごくリアリティのある夢だったの」
「……なんだそれ……」
「まあ、突っ込まずに聞いてよね。あたしが見たのは、この世界とは異なる魔法が存在する世界なの……。そこで、あたしと祐二は一緒にパーティーを組んでいた。あたしは『僧侶』で、それ以外に『賢者』、『魔法使い』の子がいて、そして祐二は『勇者』と呼ばれていたわ」
「え!? 俺が勇者なの?」
「うん。夢の世界での名前まではきちんと憶えていないんだけれど、あのときの顔は間違いなく祐二くんった。で、あたしたちは人間を苦しめている『
「……おおっ。何だか、なかなか詳しい設定の夢だな」
「もう! 茶化さないでよね。話止めようか!?」
「あ、ごめん。続けてくれるか?」
あたしが頬をプゥッと膨らませると、祐二は慌てた素振りを見せてくる。
本当に茶化されると話したくなくなっちゃうんだけど……。
「で、その旅の結末はまだ出てこなかったんだけれど、『
あたしは思わず恥ずかしくなってしまう。
だ、だって、キスしたまで言うつもりじゃなかったのに、言っちゃったんだもの!
あたしは慌てて、祐二の方を見ると、祐二も顔を真っ赤にしていた。
「……お、お前、それ、何だか凄く恥ずかしいよな! てか、キザ過ぎないか!?」
「……そ、そう? あたしは祐二に支えてもらっているって実感できたし、そ、そのキスも嬉しかったし、力を分けてくれた気持ちになれたから、最後まで戦えたんだもの!」
そう。
あたしはこのあと、戦線離脱をせずに仲間と共に魔王の臣下を倒すことが出来た。
祐二が勇気を分けてくれたからこそ、できたことなのだ。
「で、でも、それでどうして俺を避けることに繋がるんだよ……?」
「……そ、それはね……」
そういってあたしはそこで話が止まってしまう。
だって、これ以上言っちゃうと、何だかあたしが祐二に対して………。
ううん。でも、この気持ちはきっと間違っていないと思うから………。
「……あのね、祐二……」
「ん? 何だよ?」
あたしは佑二を真っ直ぐに見つめ、両手で彼の頬に手を添える。
急なことで恥ずかしそうにする佑二。
「この気持ちは間違いないって確信したから、言うね」
「……えっ!?」
「あたしは祐二のことが好き。優しくて、あたしを守ってくれる祐二のことが好きなの!」
そういうと、あたしは祐二の顔を引き寄せ、そのまま唇を重ねる。
……ちゅっ……
そして、あたしは歯止めが利かなくなった。
……ちゅる…ちゅぱちゅぱ……
舌を絡めて祐二を誘惑し始める。
何だろう……、これ。本能から祐二を手に入れなければならない、と指示されて、理性がすべて無視されるような感覚。
あたしは祐二を壁に押し当て、そのまま彼を抱きしめてそのままキスを続ける。
……ぷはぁ……
一頻り舌を絡め終えたあたしは唇を離す。
とろ~りといやらしく唾液が絡み合っている。
や、やだっ!? あたし、何てエッチなことしてるの!?
目の前の祐二は呆然とあたしの顔を見つめている。
え……。もしかして、幻滅された!?
あたしはその場の空気が怖くなり、祐二を力任せに突き飛ばし、そのまま走り去った。
「あたし……、何てことしちゃったんだろう!!」
あたしの疑問に誰も答えられるものなんていなかった。
祐二すらもその答えは分からなかっただろうから………。
7
彼女が走り去った後、呆然としていた彼が気を取り直して立ち去った。
その場所が死角になっていると信じていたのは、その二人だけだった。
二人が気づいていなかったが、遠くから一つの視線がそこに向かって向けられていた。
猫のような瞳が黄色で、全てを見透かしていそうな感じであった。
褐色の肌を惜しげもなく露出した水商売でもしていそうな黒っぽいスーツは、その彼女の淫靡な肢体からさらに妖艶さを引き立たせて、見るものすべてを虜にしてしまいそうな格好であった。
血のように真っ赤な唇に人差し指を当て、
「ふぅ~ん、そう。そういうことなのね……」
何か一人で理解した様子で頷き、そしてニヤニヤと口の端からは微笑みが止まらない。
それはまさに、楽しくてたまらない子どものように———。
「『
黄色の瞳はキューッと収縮して、バッと解放される。
彼女が何かを閃いたときの合図だ。
「そうだ! 妾がもっとかき回して面白いことをしてあげましょう。『
『
周囲に誰もいなかったわけではない。ここは学校だ。生徒の往来もある。
しかし、『
いや、いたのだが、皆が彼女の「
「食事は若い者に限るわね……。これから楽しんじゃおうかしら……」
そういうと、『
その場に精子を喰い尽くされた学生たちを取り残して————。
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