第1話 勇者は平凡な“ラブコメ”を求める。②

     3


 他愛のない会話をしつつ、朝食を取ると片づけを済ませ、再び自室に戻る。

 ラブコメ的展開を求めてはいるものの、うつつを抜かしていては、残念ながら成績下降は免れない。

 周囲から、神楽祐二かぐらゆうじは頭脳明晰であるということを示しつつ、ガリ勉ではなく近づきやすい人間であることをアピールすることはとても重要なことだ。

 授業は真面目に受けることも大事なことなのである。

 と、言ってもさすがに今朝の江奈は何だかおかしかった。

 いつもの元気な江奈というのはあったものの、少し乙女な感じを出しているところがあった。

 さすがに、本人に面と向かって「今日は女の子っぽいね」なんていう失礼な質問をしでかした日には、二度と口を利いてくれることはないだろう。

 だからこそ、ここは江奈を傷つけることなく話を切り出さないといけない。

 では、どうやって話しかければいいのだろうか……。

 ライトノベルを読んでいれば、気軽に話しかけるなんてことが普通だが……、て、俺の知識ってそもそもラノベレベルだというのが問題でもあるな。

 とはいえ、実践してみないと分からないから、話しかけてみるか……。

 だが、空気とこういうときに限って読んでくれないものである。

 1限目が終わり、俺が江奈の席に近づいて、


「なあ、江奈……」

「あ! 洞泉寺さん! 次の時間の課題って何だったっけ?」


 俺が話しかけたのを遮るように、江奈の隣の席の女子生徒が話しかけてくる。

 俺は話しかけることが上手くいかず、自分の席に引き下がってしまう。

 あれ? もしかして、俺って陰キャだったっけ!?

 まあ、いい! 次は教室移動が伴うからそれを利用すれば、話を切り出すことくらいは簡単だ!


「なあ、江奈、少し話があるから、一緒に移動———」

「あ、洞泉さん、ちょうどいいところにいた!」

「赤松先生、どうかしましたか?」

「次が教室移動だってことは知っているんだけれど、ちょっとこの荷物を一緒に職員室まで持ってきてくれないかしら」

「はい、大丈夫ですよ! それくらいお安い御用です!」


 今度は江奈が赤松先生から呼び出されて、授業で使用した教材及び提出した俺たちのノートを持って職員室まで移動する羽目にあう。

 では、昼食の時にと声を掛けようとすると、再び、江奈の友だちが先に誘って、一緒に食堂に向かってしまう。


「洞泉寺さん! 一緒に食堂行こっ! 新商品が出てるんだって!」

「え? ホント? すっごく楽しみ!」

「…………………」


 もう、声すら掛ける気力も失われてしまいそうだ。

 こんなことがずっとあったうえで、俺はもしかして、ラブコメの主人公ではなく、単なるモブなのではないかと落ち込みそうになってしまうのであった。

 それにさっきも俺から「話がある」って言ったにもかかわらず、江奈から話しかけてくる気配が一向にない。


「てか、何か、アイツも俺のこと避けてないか?」


 そんな不安に駆られるのも当然と言えば当然だ……。

 単に声を掛けるだけのことができないとか、本当にモブではないか。

 そんなモブキャラであったとしたら、自身の考えている「高校生活ラブコメ計画」が計画状態で頓挫してしまう。

 何とか放課後に捕まえることにしよう。

 俺は中庭の見えるベンチに座りながら、購買で購入したサンドイッチを片手に、スマートフォンで江奈にLINEで連絡を入れておく。


『放課後に男女の寮の狭間に来てほしい。さっき言ってた話がしたい』


 と。

 江奈はLINEを確認すると、俺の方をチラリと視線をやった。

 が、その顔はどことなくよそよそしさが拭えないものであった。

 俺にとって、乙女心とは理解が難しいものなのだ。

 その時、俺のスマートフォンが震え、通知欄には江奈から一言、「OK」というスタンプのみが送られてきてあった。


「ホント、江奈のやつ、どうしたんだろう……」


 頭がグチャグチャになりながらも、俺は午後の授業を何事もない素振りで受けることにした。



    4


 あたし・洞泉寺どうせんじ江奈えなは昼休みに女子友だちと一緒に昼食を食堂で取った後、ひとりで女子トイレにいた。

 あたしは朝からの出来事をすっと振り返ってみる。

 別に祐二を起こすことはいつも通りで何も問題ない。

 これは小学校のころからの何変わらぬ光景だったのだから。

 あたしと祐二が住んでいたのは、お隣同士の一軒家。

 ウチのパパやママは祐二のご両親ともとても仲もいいし、窓さえ開ければ、お互いが普通に会話もすることができるような、そんなお隣さんだった。

 あたしは昔から病弱で、すぐに喘息を患っていた。

 だから、いつも祐二は傍にいて、あたしが辛そうにするとすぐに駆けつけてくる、スーパーマンのような存在だった。

 学校でも祐二は常に成績優秀だったし、運動もずば抜けてできていた。

 でも、あたしは少しでも激しい運動をするとすぐに咳き込んでしまって、保健室送りにされていた。

 けれど、あたしが喘息持ちだということを知っていた祐二は、持久走の時でもあたしの傍らを伴走するように走ってくれた。

 祐二の成績があたしの所為で下がってしまうんじゃないかと心配して、伝えたことがあった。その時でも、祐二は、


「そんなの別に構わないよ。江奈もちゃんと運動できるようになれば少しずつ、身体が丈夫になってきて、少しずつ運動が出来るようになるだろ? それを手助けしてるんだから、江奈が気にすることは何にもねぇーんだよ」


 そういって、あたしには「気にするな」と言い続けてくれていた。

 後々で小学校を卒業するときに担任の先生から聞いたのだが、病弱なあたしに付き添ってくれていたのは、祐二から先生に提案があったらしい。

 喘息は無茶をしてはいけないが、肺を丈夫にすれば、軽い運動をすることができるということを祐二はお父様のお知り合いのお医者様から伺ったらしい。そこで、祐二自身があたしの傍で見守ってくれることを、先生にお願いして支えてくれたそうだ。

 その甲斐もあってか、あたしの身体は、特に肺は、中学を卒業するころには、見違えるほど頑丈になっていたらしい。

 かかりつけ医の先生も驚いていたが、あたしは軽い運動であれば、他の人と変わらぬくらいで出来るようになっていた。

 とはいえ、中学生にもなるとそろそろジェンダーというものへの意識が芽生え始めるころで、いつもあたしの傍らに祐二がいることに対して、「冷やかし」や「イジメ」のようなことが周囲で行われ始めた。

 あたしは一度、帰宅時に祐二を呼び止めて、


「もう、あたしには構わなくていいよ。あたしが嫌な思いをすることは仕方ないとして、佑二も一緒に背負うことはないから」


 と、断りを入れたことがあった。

 すると、祐二はあたしのほうに振り向いて、笑顔のままで、


「どうして江奈だけが嫌な思いをしなきゃなんねーんだよ! もう少し頑張れば一緒に運動できるようになれるんだろ? それならば、一緒にやり切ろうぜ。周囲の雑音なんか気にしてたって仕方ないだろ? 俺はさ、江奈が楽しそうに運動している姿が待ち遠しいんだよ。昔いっただろ? 俺が江奈を守ってやるってさ」


 そう力強く言ってくれた。

 あたしは思わず目尻に目いっぱいの涙を浮かべて、祐二の背中にしがみついた。


「お、おい!? どうしたんだよ!」

「ありがとう! 本当にありがとう! 絶対にあたし強くなって見せるからね!」

「おう! 頑張ろうぜ!」


 そうして、翌日からも祐二はずっとあたしをサポートし続けてくれた。

 たまに祐二は酷い冷やかしを受けたようだが、その時は「幼馴染が困ってるときは助けてやっても普通じゃね?」と軽く流していたみたい。

 だから、今、高校生になってこうやって普通の人と同じくらいの並の運動が出来るようになったのは、祐二がずっとあたしを支えてくれたから他ならない。

 だから、あたしは祐二に対して、本当に感謝している。

 でも、昨日見た夢の所為であたしの今日はいつも以上に祐二を意識して見てしまっていた。

 朝、声を掛けて朝食を取ろうとするその瞬間までは良かった。

 でも、佑二の真横に座ってから、あたしは祐二に対して変に意識してしまうようになった。

 すべては昨日見た夢の所為せい———。




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