第3話 星月社 黄昏賞

 およそ1ヶ月後の、8月初頭しょとう

 会議室のスクリーンのそばで、白戸しらと朗々ろうろうとした声がひびく。


弊社へいしゃ――星月社せいげつしゃは、1つの単行本たんこうぼんレーベルと、2つの文庫レーベルを持ちます。

 弊社の文芸雑誌『文芸星月』に連載されたり、弊社主催しゅさいの新人賞を取った作品は、まずは基本的に単行本レーベル『文芸星月』から出版されます。

 そして好評だった作品はやがて、『星月文庫』か『星月推理文庫』のどちらかで文庫化されます。

 では聞いてみましょうか。『文芸星月』から単行本が出て、その後に『星月文庫』と『星月推理文庫』になった小説、それぞれ1つずつ言ってもらいましょう」


 白戸は、笑顔で見回すように学生たちの顔色をうかがう。


 学生たちは一見して不慣れとわかるリクルートスーツに身を包んでおり、パイプ椅子にかしこまっている。

 視線をそらし、(えぇ……)といかりくんのような苦笑いをしたのが3人。

 残る2人、小柄な女子は無表情で真意をはかりかねるが、眼鏡の男子は自信がありそうだ。

 白戸は、眼鏡の男子を指名した。


「では君……すぐるくん」


 今年、選び抜いた5人の学生は、奇妙なことに名字かぶりが2組もいる。

 名字で呼ぶには不都合があるので、名前で呼ぶと最初に断っていた。


「ええと……それでは……」


卓青年は少し迷ってから、


「星月文庫から出たのが阿久津あくつじん先生の『デスバトルアイランド ~2名生存~』、星月推理文庫から出たのがいかり哲史郎てつしろう先生の『熱砂ねっさの王』です」


 一気に、よどみなく答えた。

 白戸にとってそれは予想通りのことで、注目に値しない。白戸は卓青年を見つめながらも、目の端の方で、先ほど視線をそらした3人に注目していた。


 ああそうか、と納得した様子が一人。長身の女子、絵馬えまさん。

 大柄な泰造たいぞうくんは得体の知れないものを見たように驚き、痩せぎすの文彦ふみひこくんはばつが悪そうに顔をそむけた。


「卓くん、お見事。……どっちが好き?」


「いや……それは……」


 卓くんは苦笑いして、うつむいた。

 読んでいないというよりも、答えを出したくないという風だ。


「そういうときは『それぞれに異なる良さがある』って言うんだよ。阿久津先生と碇先生じゃ、書く方向性も対象読者もかなりちがうからね。……『俺とは全然タイプがちがう。今は、そう言わせてください』って本人も書いてたでしょ? 『今は、そう言わせてください』」


 昨年の碇くんデビュー時、『プチバズった』阿久津くんの推薦文を繰り返す。

 卓くんが笑いをかみ殺している。

 釣られて、ミディアムボブの無表情女子――有栖ありすさんも少し表情がやわらいだ。固く結んでいた口がニマーっと横に伸びている。


「分野がちがえば比べっこなんて不可能。分野が同じでも、優劣ゆうれつの議論は争いの種になるだけ。言葉をにごすのが人として正解さ。……


 ふくみのある言い方に、初々ういういしい5人の学生たちの顔がハッと引き締まる。


「では改めまして。弊社インターンシップに来てくれてありがとう。8月まるごといっぱい……たった一月という短い期間だけど、お互いにとって実りある時間にしたいと思って、メニューを組ませてもらいました。君たちにしてもらうことは……あれ」


 白戸は、部屋の隅にぎゅうぎゅう詰めに置かれた段ボールの箱を指し示す。


「弊社のミステリ新人賞『黄昏たそがれ賞』に送られてきた力作りきさくたち……あれらの、一次審査をしてもらいます」


 5人の学生に、異なる表情が浮かぶ。

 白戸はそれらすべてを記憶に刻み込んだ。



   ***



 第42回『星月社 黄昏賞』(旧 星月社ミステリ大賞)

 

【応募資格】

 星月社から刊行実績を持たないすべての人。プロ・アマ問わない


【応募要綱ようこう

・広義のミステリ作品の範疇であること


①原稿データ送信の場合

 応募フォームより必要事項記入の上、

 冒頭に、全体のあらすじを記した1200字以内の梗概こうがいをつけること

 1ページ17行×42字として、260ページ以内であること

 必ず、ページ番号をつけること

 

②原稿郵送の場合

 最初の1枚にペンネーム、本名、住所、電話番号、略歴を記入の上、

 冒頭に、全体のあらすじを記した1200字以内の梗概こうがいをつけること

 1ページ17行×42字としてA4用紙1枚に2ページ印刷し、130枚以内であること

 または、文字数にして10万字(原稿用紙換算250枚)以内であること

 必ずページ番号をつけ、原稿右上に穴を開け、じ紐でとじること

 

・7月31日必着

・全応募作品から4作品を最終選考作品とし、澤麦さわむぎ伸粒のぶつぶ(作家)、尾形おがた啓介けいすけ(作家)、しょく博和ひろかず(作家)、赤池あかいけこん(作家)の4名による審査のもと、大賞を決定する

・大賞作品は賞金200万円が贈られ、弊社より単行本として刊行する

・審査員たちが受賞に値する作品なしと判断する場合、受賞作なしとなる

…………


 5人の学生が手元の資料に目を通し終えた頃を見計みはからい、白戸は切り出した。


「今年の応募総数は150作品。去年に比べて10作品も増えたねえ」


 白戸は一人でうなずきながら、部屋の後方にあるダンボールの山を眺める。

 すぐるが、緊張した声で尋ねた。


「あそこにあるのが……応募作品ですか?」


「その通り。普通の、A4用紙に印刷された紙だよ。右上に通し穴を開けて、とじ紐でとじてあるだけのね。アナログでしょ? 規定さえ守れば、中学生でも簡単に応募できる。梱包こんぽうが必要ないぶん、通販の発送よりも簡単かもね」


 長身の女子――絵馬が、作業内容を確かめるように尋ねる。


「私たちで、最終選考の4作まで絞り込むんですか?」


「いや、その前段階までだね。君たちにはだいたい20日来てもらうから……一人あたり30作品、1日1.5冊のペースで読んでもらう。で、それぞれに上位3作を出してもらえば15作集まる。そこから、文芸の編集者たちで4作まで絞り込む予定です。当然、編集長も参加でね」


「1日1.5冊……」


 がたいのいい男子――泰造が、おびえたようにつぶやいた。


「大丈夫大丈夫。これはどうあっても商品化は無理かも……っていうのも、かなりあるから。が変だとか、主語述語が滅茶苦茶だとか、書き出しだけで終わってるとか。この選考会はあくまで大賞1作にいたる道だから、そういうのは流し読みでOK。だから読むのは実質、1日1冊ぐらいのペースになるかな」


「それでも1日、1冊……毎日……」


 泰造くん、初期の阿久津くんみたいな反応をしているなぁ。

 これはなかなか大変そうだ。


 文彦が、下からねめつけるように尋ねた。


「明らかにダメな作品は、途中で読むのをやめてもいいんですか」


「いや、ダメとわかる作品でも、最後まで読んでください。他の出版社は知らないけど、うちは礼儀として、応募作は誰か一人が必ず最後まで読むことにしてる。小説はいろんな立場の人が書いてるけど、書いて発表するのって大変だから」


「はぁ……」


 言外げんがいに不満がれている。

 くだらない、と感じているらしい。

 思うのは自由だけど、態度に表れてはいけない。


「ま、やってもらうことと言ったら、毎日1冊は読んでもらって、読み終わったら選評シートに選評を書いてもらう。この繰り返し。毎週金曜日には、一週間の感想を聞きたいから、僕と面接の時間を取ろう。単純だね」


 絵馬がまっすぐ手を挙げた。


「何かな、絵馬さん」


「選評シートは、応募者にも見せるんですか?」


「いや。あくまで編集者たちが参考にするだけだよ。社外に出ることはないね」


「わかりました」


 絵馬が真面目な顔つきでうなずく。


「ま、そんなわけで1ヶ月よろしくやっていこう。誰かがピックアップした作品の中から大賞――『黄昏賞』が出るわけだけど、その作品を拾い上げた人にはボーナスを出そうか。最終選考4作に残った人は1つにつき3万。大賞を出した人には10万。微々たるものだけど、少しは張り合いが出るだろう?」


 1ヶ月働く対価としたら、大賞を出しても雀の涙だ。

 しかし、良い作品をピックアップできたら功績として認める……

 そのことは伝わったらしい。

 インターン生たちの顔つきがわずかに引き締まる。


「それじゃ、さっそく仕事を始めよう。最初の仕事は……5階のダンボールを3階の自分の席まで運ぶこと。肉体労働だね」


 インターン生たちが立ち上がり、ダンボールの前に移動する。


 1ヶ月に及ぶ、黄昏賞一次選考が始まった。

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