第14話 狙い

決勝戦の日がついにやって来た。


試合の緊張感、そして真尋とまた会える嬉しさで、昨夜から興奮状態だった頼はアラームが鳴る前にすでに起きていた。丁度支度を済ませたところ、携帯の着信音が聞こえた。


「いつもの頼ならきっと何でもできるから、頑張れよ!」


璃々佳からわずか一行で、とてもシンプルなメッセージなんだけど、頼にとって十分な励みになった。「ありがとう」と返信した後、頼は笑顔で家を出た。


あの日、遼にそそのかされた勢いで璃々佳に連絡した。彼女が試合に来るという確信はあったが、真尋まで来られるとは予想外だった。その上、偶然にも電話をしていた時、真尋は璃々佳の傍にいたので、数十秒間だけでも電話の向こう側から彼女の声が聞こえたのもうれしかった。遼が挑発してなかったら、頼と真尋が次に会えるのは多分新学期になるだろう。


今回の試合でいいところを真尋に見せられたらいいなあ、と頼は密かに期待していた。



朝からウキウキしたのは頼だけじゃなかった。


クロゼットの服を次々と取り出し、中々決められない璃々佳は焦っていた。もうすぐ会場へ向かわなければいけないのに、早く着替えなきゃと思ったこのタイミングで彼女の携帯が鳴った。


「もしもし、リリ。準備はできてる?」

「ああ、もうこんな時間?ごめんねマロ、もうすぐ終わるからね」

「別にいいけど、今はもうリリの家の前だから、うちの車で行くからまだ間に合う。でも何かあるの?焦っているように聞こえる」

「ちょっと、服を決められない」

「…バスケの試合を見に行くだけだよね?何で服選びに悩んでいる?」


どう答えようか迷っている璃々佳は、頼に可愛い姿を見せたいなんて絶対言えないから。理由は分からないけど、璃々佳はどうしても真尋の前では、頼への気持ちを打ち明けることに抵抗があった。恥ずかしいのか、それとも他の理由があるのか、いくらこの思いはもうバレバレでも、意地張って最後まで誤魔化すつもりなんだ。


「…久々に遠出するからさ、せっかくなのでいつもと違う服で行こうと思って…」

「…ん…気合い入ってるね~誰かさんのために」

「そんなことない!とにかく今電話を切るから、5分で出る」


真尋は携帯をカバンにしまって、思わず笑いだした。璃々佳は時々そういう可愛い乙女の一面もあるね。


今まで気づいていなかったけど、頼の電話がかかって来た時の璃々佳の表情はいつもと違った。それから何度も探り当てたとしても、璃々佳は決して頼に対する特別な思いを認めたくなかった。自分の親友のために、何かできるかなと思った真尋は、好きでもないバスケの試合を見に行くと決めた。後で頼と璃々佳を二人きりにさせる機会をさえ作れば、それで目標達成になる。



結局のところ、璃々佳が選んだ服はいつもの私服とあまり変わらない白の半袖ブラウスと青のジーンズ。対照的に、真尋は紺色のデニムワンピースを着ていた。車の中で璃々佳の服を見ていた真尋はため息をついた。


「ね、悩んだ末にこれなの?」

「これはどこがだめ?いつも着てるでしょう?」

「今日は特別じゃないの?」

「別に、ただバスケの試合を見に行くためだから、これでいいよ」

「でもさ、この後食事をするって言ったでしょう」

「これで楽だし。ほら、体育館って結構暑いだよ」

「確かにあの体育館はエアコン付きだよね?」

「もう、私の服のことはどうでもいいよ。それより、マロはワンピースって、意外!」

「いつもワンピースかドレスかスカートだから、別に意外性がないよ?デニムはカジュアルのつもりで行こうと思って。これダメ?」

「似合ってるし、きれいだよ。でも、会場の人の視線をあなたに集中しそうだから、隣にいる私はちょっとキツイかもね…」

「じゃ、着替えた方がいい?」

「もうこんな時間だし、このままでいいから」

「え~そんなに早く重岡くんと会いたいの?」

「そうじゃなくて、初めてのバスケ試合だし、遅刻したら大変失礼じゃない。しかも決勝戦で、なんかワクワクするだけ。それより、何で最近はいつもあらゆることを頼に結び付けたいわけ?」

「さあ、どうしてね…素直じゃないから、リリは」

「どこが?」

「大丈夫、私は何とかする」

「何を企んでいるか知らないけど、余計なことしないでね」



さすがの決勝戦だけあって、高校生の全国大会にしては観客数が半端じゃなかった。璃々佳と真尋は素早く自分の高校の側の席へ向かい、なるべく目立たないように一番後ろの席に座った。会場に入る前に、真尋は髪の毛を帽子に隠し、そして璃々佳の兄が使っていたメガネフレームをかけた。これで変装バッチリだねと、二人は思った。


二人の位置から学校のチームのベンチがはっきり見えた。そこに集まった選手たちはウォーミングアップ中で、頼と遼は丁度観客席に背を向けていた。後ろの視線を感じたみたいで、遼はいきなり振り向いて観客席を見ていた。璃々佳と真尋の位置を確認したから、すぐ頼に耳打ちをした。そしたら、頼は二人の方向へ手を振って笑顔を見せた。璃々佳は頼と視線が合っていた瞬間、すぐ彼に手を振った。


遼は試合の準備に戻った頼に声をかけた。


「うれしいでしょう~女神様が本当に来たね」


何も返事してないけど、顔がニヤニヤしていたのは全然隠せない頼は聞こえてないふりをした。


「まあ、隠しても無駄だけど。後でカッコイイところを女神様に見せて惚れさせろうよ!」


頼の背中をトントンした後、遼はベンチにいる他のチームメートのところへ歩き出した。


そう言われなくてもそのつもりだから、頼は心の中でこうつぶやいた。



頼と遼はスタメンではないので、試合開始からベンチにいた。でもそのおかげで、頼は真尋を観察することができた。璃々佳は試合の進展につれて気持ちが高ぶっていたため、興奮していたのを見れば分かった。しかし、淡々と席に座っていたままの真尋は、つまらなさそうに試合を見ていた。バスケの試合にそもそも興味がないのか、それとも余計に反応したら周りに気づかれそうなのを避けたかったのか、頼は分からなかった。


でも、あの二人はよく友達になれたなあ。


璃々佳は表情豊かな子で、思うことを時々忖度なしでぶつかってくる、表と裏が一緒で、だから誰でも好かれる。その反面、真尋は子供のころから、礼儀正しく大人っぽい、いつも遠くから冷静に周りを観察していたようで、本心を見せないし、壁を作っていた人だと思われがち。


だから頼は迷っていた。


真尋の家柄のこともあるけど、一番の問題はどうやって彼女へアプローチするか、とどうしたら彼女の心を動かせるかということだ。


遼はいつも言ってた、


「頼が女神様と一緒にいたら、いつか凍死しそう。誰にでも向ける笑顔って、マジでキモイ」


それでも、好きになっちゃったからしょうがない。一度でもいいから、真尋に気持ちを伝えて、ダメになったら諦める。


諦めるかどうかは別だけど。



後半に入る前に、頼と遼はコーチの指示でコートサイドでウォーミングアップをやり始めた。いよいよ二人の出番がくると分かり、璃々佳はすごく楽しみにしていた。そんな璃々佳を見た真尋はこう問いかけた。


「バスケの試合ってそんなに面白いの?重岡くんまだ出てないのに?」

「前はバスケのルールなどあまり知らないから、どこが面白いか分からなかった。でも、頼たちの自主練習を何度も見ていたから、段々その魅力を分かるようになった」

「本当に重岡くん目当てに来たじゃないの?」

「だから、マロは何で最近頼の話ばかりするの?もしかして…そっちが気がある?」

「私はただリリがこの話題に興味あるそうだから、あなたに合わせただけ」

「そもそも、マロは頼をどう思っているの?子供のころからの付き合いだし」

「特に何も思ってない、みんなと同じ」

「え~、少なくとも遼とは違うタイプでしょう?」

「性格のことじゃない、関係性だよ。みんなは同じ学校に通っている同級生だけ」

「友達の領域に入れないってこと?」

「私の友達はリリだけ」

「なんか悲しいね、今まで友達がいないみたいな言い方」

「私のことはいいって。試合再開するから、そっちに集中してよ!」

「はい~」



後半開始5分ほどの時、頼と遼は二年生先輩のサブとしてコートへ入った。こんな重要な試合に出られるなんて、二人は序盤からちょっと緊張しているようにプレーをした。しばらくしたら、ようやく落ち着いたように、パスもだんだん良くなってきて、シュートのチャンスもいくつかあった。しかし、相手は強豪で去年のチャンピオンにもなったから、そちらの守備はかなり手強いので、シュートをしてもブロックされることは多かった。


中々突破できないと思って、頼と遼はお互いに合図を送った。中でシュートできないなら、外から3ポイントを狙うしかないと決めた。ドリブルでフェイントを見せかけた遼は、反対側にいた頼はガードされていなかったことに気付き、すぐ彼にボールをパスした。そして、頼はその位置に迷いなくジャンプショットをした。


ボールはリングに接触せず、そのままきれいにネットに入った。


3ポイントを決めた頼はチームメートに囲まれ、次々と彼とハイタッチをした。しかし、試合はまだ途中で、ショットを決めた興奮からすぐプレーに戻らなきゃいけなかった。


しかし、頼は反対側へ走っている最中、いきなり観客席に向かって、右腕を挙げそこへ指をさした。


その方向にある席に、真尋は座っていた。

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