第13話 現状を打開しよう
夏休みに入り、頼と遼はバスケ部の練習のため、毎日のように学校にいた。
バスケ部は県大会で毎年トップ3以内の成績を誇る強豪なので、例年通り今年も全国大会の出場権を獲得できた。8月からの試合を次々と勝ち続け、来週ようやく決勝戦で去年のチャンピオンと戦うことになった。
一般的に、1年生は試合に出場することは滅多になかった。主力プレーヤーは大体3年生で構成されて、交代プレーヤーの枠はほぼ2年生で埋まっていた。しかし、コーチは1年生にも試合経験を積んで欲しいという目的で、県大会の時から何人かの1年生を後半に補欠として起用していた。そのおかげで、頼と遼のコンビが気に入り、最近は重要な試合でも積極的に二人を試合に投入した。
試合三昧の生活を続けたため、頼は最近あまり璃々佳の家でご飯を食べなくなっていた。そのせいで、真尋と会うのはもちろん、彼女の話を聞くことすらできなかった。
*
練習の休憩時間で、頼と遼は体育館の外にある自販機で飲み物を買って飲んでいた。そしたら、遼が話し始めた。
「あれ以来会ってないの?」
「誰?」
「とぼけるか?当然、女神さまの話だろう」
「椎名さんか、ないなあ」
「随分仲良くなったじゃん、それでもさん付け?」
「あれだけじゃ、親しいとは言えない」
「で、このまま何もしないか?」
「逆に聞くけど、何ができるわけ?」
「絶好の助人いるじゃない」
「璃々佳?」
「あの2人は親友だから、なんとか引き合わせるだろう」
「他人を巻き込みたくないから」
「案外、味方になってくれるよ」
「それでも、自分が何にもしないというのはちょっとなあ…」
「夏休みは絶好のチャンスだと思うよ、ほら4人でどこかへ行こう。気まずくならないと思うし、2人きりになれるチャンスも作れる」
これを聞いた頼は黙り込んでいた。
「断れるのは怖い?」
「それもあるけど、なんかね…」
「この前だって、話が盛り上がってたじゃん?今更緊張するじゃないよな?」
「いざっとなったら、ちょっと戸惑う」
「じゃさ、わざわざ誘うことじゃなく、自然なやり方で」
「どうやって?」
「今度の決勝戦、見に来てくれと誘ったら?璃々佳を通じて、女神様を呼んだら、多分イケてると思う。ダメ元でも、やってみないよ」
「…うん、やってみる」
遼の提案を受け入れたとは言え、頼の内心ではきっとうまく行かないって事前に決めつけていた。でも、何もしないというもあれなんで、とりあえず璃々佳を誘ってみてからと決めた。
*
夏休み中に璃々佳も忙しかった。
秋の文化祭で美術部の展示会があり、そこで出される絵の制作はもちろん、最近は学校の先生のおすすめで、地元の美術館の臨時スタッフとしてバイトをし始めた。学校では原則としてバイトを禁止しているが、特別な家庭事情がある学生にはこのルールは適用されていない。
夏休みと連休の時は美術部の入場者数が多いため、常駐のスタッフだけじゃ回らない時があった。地元同士の助け合いという理由で、それに学生にも社会経験を積んでくれるというメリットもあり、この期間だけのバイトなら学校は認められた。それに、美術部の人たちにとって、ただでいろんな作品とふれあえることは非常にありがたい話だった。
このせいで、頼とは一か月ぐらい会えなかった。家は隣だけど、彼はバスケの練習と試合で家を出るのは朝早く、帰って来た時は璃々佳がまだ美術館にいた。メールでのやりとりは何とかしていたが、やっぱり会えないのは寂しいと思った。
せっかくの夏休みに、二人で何もしていなかった。
その上、真尋とも頻繁に会えないのも鬱々とした。
夏休み期間、真尋の両親は彼女をいろんなイベントに連れていって、家にいなかったことが多かった。それに、ヨーロッパで2週間の旅行もあって、時差のことを考えるとメールで連絡することしかできなかった。
今ごろの真尋と頼は何をしているだろう?そう考える璃々佳は、美術館の外にある公園のベンチに座り、ただ没頭して晩夏の夕日を見つめていた。
「サボっているんですか、恒松さん?」
後ろから聞き慣れた声でこう言った。驚いた璃々佳はすぐに後ろへ振り向くと、真尋が笑顔で手を振っていた。
「ええ?何でいるの?昨日はまだフランスにいたよね?」
璃々佳のところへ小走りした真尋はこう言った。
「今朝日本に着いたよ。だから会いに来たから」
「超久しぶりの感じだよ、マロと会うのは」
「私も会いたかった!」
再会を喜んでいた二人は思わず抱き合った。
「で、今どうして外にいるの?バイトは?」
「今は30分の休憩時間、あと2時間で閉館したら帰える」
「じゃ、丁度良かったね」
「後でご飯でもする?」
「今日はダメね、またどっかでつまらない食事会があるみたい。でも、リリと会いたくて家からちょっとだけ抜け出した」
「全然休んでないじゃない、夏休みなのに」
「仕方ないよ、椎名家の人間の宿命だから。それより、これおみやげ!」
結構重みがある一つの封筒をカバンから取り出し、真尋はそれを璃々佳へ差し出した。喜んでいた璃々佳はすぐ封筒を開けて、中にあるたくさんの写真を見ていた。
「ありがとう!ヨーロッパって本当にきれいなところ沢山あるね~」
「でも本当にこれだけでいいの?風景、建物と街並みの写真だけで満足してる?」
「もちろん!だってこの写真は、アーティストにとってどれほど貴重だと思う?今の私はヨーロッパへ行けないけど、写真をこうして見ると、作品作りにいいアイデアが浮かべるよ~」
「ならいいけど。リリのために役立つことができたからうれしい」
「マロって写真撮るのは得意ですよね、本当に何でもできるパーフェクト姫」
「カメラがいいだけで、私の技術に関係ないから」
「またまた、謙虚すぎるよ。素直に褒め言葉を受け止めたらどうですか?」
「褒めすぎると嘘っぽくなる」
「私はそういう嘘言えないよ~」
「あら、どうかしらね?重岡くんのことで結構嘘をついているけど?」
「何でまた頼の話になるわけ?」
「だって、明らかに重岡くんはリリにとって特別な存在だから。で、最近会ってるの、重岡くんと?」
「ないね、向こうはバスケの全国大会があるし、忙しいの。私もだけど」
「せっかくの夏休みなのに?勿体ないよ」
「別にいいじゃない、一緒に過ごせなくても」
「寂しいそうな顔してるから」
「もう~この話はやめて」
「私は言わなくても、リリは思うでしょう?」
反論しようとした瞬間、璃々佳の携帯が鳴り始めた。画面上の名前を見た時、璃々佳は驚いてしばらく動けなくなった。おかしいと思い、真尋も画面を確認した。
「何で出ないの、ほら、重岡くんからだよ」
「何でいきなり電話かかってくるのよ!」
「それはどうでもいい、早く出て~」
「分かったから」
深呼吸をして、璃々佳は電話に出た。
「もしもし、璃々佳?今大丈夫?」
「どうしたの、急に?今はバイトの休憩中だから、大丈夫」
「悪いね、いきなり電話かかって来て」
「気にしないで、何がある?」
「あの~今度の土曜日は暇?」
「うん、丁度今週の土曜日は休みだから。何で?」
「うちの決勝戦を見に来てくれない?椎名さんと一緒に?」
「ええ?見に行けるの?」
「丁度チームから2枚のチケットを貰ったので、使わないと勿体ないじゃない?だって、うちの親は忙しいし、来られないと思う」
「そうだよね、でも私たちでいいの?」
「いいよ、だって他にあげるやつもいないしなあ」
「ひどい!」
「冗談だよ~それで、来る?」
「ちょっと待って、一応マロに確認するから」
意外にも真尋の名前を聞いた頼は驚いた。まさか、彼女が丁度璃々佳の傍にいるとは予想もしなかった。真尋の声がわずかに聞こえただけで、頼の表情が柔らかくなった。しばらくして、璃々佳の声が聞こえた。
「大丈夫よ、マロも行けると言ったから」
「よかった、じゃ今夜チケットを渡すから」
「了解、後で会うね」
「また今夜で」
電話を切った後、真尋は興味津々で璃々佳の喜ぶ顔を観察した。やっぱり、頼は璃々佳にとって特別な存在だと改めて確認できた。
「良かったね、重岡くんの応援に行けるって」
「え?別に彼の応援で行くわけじゃないよ」
「まあまあ、説明しなくても、丸見えですよ」
「マロって、本当に人の話を聞かないね」
喜ぶ璃々佳を見ると、真尋は微かにうらやましい気持ちが湧いて来た。
誰かを好きになる気持ちはなんだろう?真尋はそれを体験したことないから、璃々佳の喜びをまるで自分のことのようにうれしかった。だから、どうしても璃々佳と頼のことを応援したくなった。
でも、今の真尋はまだ知らなかった。この純粋な応援の気持ちがこれから大きく変わって、3人の関係が思わぬ方向へ行こうとしていること。
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