第9話 始まり~その2

こんな狼狽ろうばいの姿が誰かに見られたのは初めてで、もちろん誰かに追われるのも体験したことがなかった。


真尋は少し恥ずかしそうに見えたので、どんな言葉で事情を説明するか躊躇していた。


「恥ずかしいですけど…」

「約束する、絶対笑わないので、ゆっくり話せばいいですよ」

「...さっきの3人組に、放課後一緒に出掛けないかって言われました…」

「え?それだけであんなに必死で追いかけ回る必要ありますかね?」

「彼女たちとは長年の知り合いですが、親しいとは言えない関係です。しかし、いつも出掛けの誘いが来て、中々断れなくて…」

「嫌なら断ればいいじゃないですか?」

「彼女たちの親はうちの父と仕事上のつながりがあって…」

「でも、椎名さんのお父さんは確かに地元では結構影響力がある方と聞いていたけど?気を使う必要ってありますか?ああ、でも私はこういうことがよく分かりませんけど…」

「まあ、会社が大きくても、周りのサポートはまだ必要です。だから、みんなと仲良くなれって、いつも言われまして…」

「大変ですね。でも、時々断ればいいじゃないですか、そういう嫌な付き合い?」

「普段はそれほど苦痛ではないですけど、でも今回はさすがに嫌です」

「うん?今回は何かありますか?」

「この前はいつも通り一緒に出掛けましたが、まさか他校の男子との合コンに連れて行った。しかも、あの子たちは私を利用して、相手を誘ったみたいです」

「それは最悪ですよ!でも、あの男の子たちの考えは物凄く分かります。だって、椎名さんは美人だし頭もいいから、私は男子ならきっと惹かれます…」

「そんな単純な動機ではありません。椎名家と何らかの繋がりがあれば、何もかもうまく行くという思い込みは丸見えです。お父さんとお母さんと比べたら、一人娘の私に近づけやすいでしょう。向こうは私という人を好きというより、私の苗字が好きです。だから、今回はあの人たちと一緒に遊びましょうと言われ、私は固く断りました。でも、あの3人組は私が一緒に行かないと、向こうは遊んでくれないと言い張って、どうしても連れて行きたい…」

「なるほど、目当ての人が行かないなら、デートは成り立たないですね。あの子たちは男子たちと同じ狙いでしょう…」

「彼女たちに利用されるのはもちろん嫌ですけど、あの男の子たちが不純な動機で友達になろうとしたことはさらに嫌がります」

「10代の子はそんなに計算高いことするなんて…やっぱり私と椎名さんが住む世界は全然違うですね」

「それは嫌味ですか?」


真尋はいきなり厳しそうな顔でこう言って、璃々佳は慌てて否定しようとした。


「いいえ、違います!決して嫌味ではないです。ただ、今までこういうことがドラマにしか出る話かなと思って…」


必死に説明する璃々佳を見て、真尋は急に笑い出した。これを見た璃々佳はどう反応すべきか一瞬戸惑っていた。


「ごめんなさい、だって恒松さんは真剣になって説明しようとする姿ってかわいいなあと思いますから…」

「もう、びっくりさせないで!機嫌が損ねたと思ったのに…」

「恒松さんは初めてなんです、こういうふうに思ったことをそのまま、私の前に口にした人」

「いや、これはね、よく無神経とか、素直すぎるとよく言われますよ。いいところとして捉えるなんて、椎名さんは初めてですよ」

「私の周りにはたくさんの人がいますが、本音を言う人はいません。だから、初めて恒松さんと出会った時に、なんだか新鮮で、どうしてもすぐに友達になりたいと思いました。でも、始業式で急に接近されて、恒松さんに迷惑をかけたから。それで中々近づけなくて…」

「ああ、そういうことですか!何で椎名さんは私なんかに興味を示したのでしょうかって。これで謎がすべて解けました!」


二人はお互いを笑顔で見つめていた。


「でもね、椎名さんは周りの人にとって、手に届かない存在です。うまく説明できませんけど、なんか神様に対して馴れ馴れしい態度を取っちゃいけない感じです。だから外部から来た私は先入観なしで椎名さんに接していた。もしかして周りから見ると、私はすごく生意気で図々しく見えるかもしれません」

「恒松さんって鋭いですね」

「それは誉め言葉として受け止めます…ハハハ」

「でも、この町にいる限り、椎名という苗字を背負わなければいけません。本当にどこか私のことを知らない場所へ行きたいです」


しばらくしたら、璃々佳はこう切り出した。


「なら私と遊ばない?」

「ええ?」

「椎名さんのことをあまり知らないので、椎名家はこうとかああとか全然気にしていません。だから、椎名さんはせめて私と一緒にいる時、ありのままの椎名さんになれるんじゃないですか?え…私の言葉は分かりずらいかな…」


「ありのままの自分になれる」


この言葉の響きは中々いいね。


「私と友達になってくれるんですか?」

「ええ?まだ友達になっていないですか?まあ、会話したのは今日で2回目ですけど…友達とはまだほど遠いかもね…」

「そういう意味じゃないです。だって私みたいの人と友達になれたら、いろいろめんどくさいじゃないかも…」

「それなら平気、私だっていろんな意味でめんどくさい人間ですから」


真尋は笑顔でこう言った。


「じゃ…とりあえず、苗字で呼び合うのは止めません?敬語も?」

「そうね、同級生ですから、敬語って結構距離ができちゃう。でも下の名前で呼ばれたいの?」

「どうですかね、下の名前で私を呼ぶ人は親たちだけですから」

「じゃ、マロってどう?」

「ええ?」

「マシュマロみたいに、見た目は白く、中身はふわふわで柔らかく、イメージにぴったりだと思う。丁度名前は真尋だから、いいじゃない?」


こういう発想を持つ人に初めて会った。真尋はこのあだ名が結構気に入った。


「いいよ、マロと呼んで。じゃ、璃々佳のことはどうする?」

「うん、家族や友人からいつもはリリだけど」

「じゃ、私も同じくリリって呼んでもいい?」

「ええ、そのまま?」

「いいじゃない、シンプルで分かりやすいんだよ。それに二人でいる時しか呼ばないから」

「マロはこれでいいなら、私もいいよ!」


そう宣言した後、璃々佳は自分の手を真尋へ差し出した。真尋は満面の笑みで彼女と握手した。


「これから、いい友達になろうね」


黄金の夕日に包まれたアトリエで、二人はこう誓った。

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