第10話 予期せぬ急接近
友達になったとは言え、璃々佳と真尋は人前で何の変わりもなく、普段通り接していた。
始業式の“騒動”から分かったのは、誰かが真尋と親しくなると、どうしても好奇心や嫉妬の目で見られる。単純に友達になりたいだけで、こんなややこしいことが起きないように注意しなきゃと二人は思った。極秘交際の芸能人みたいに、今まで通りの距離感を保った方がベストだと決め、学校では携帯を通じて連絡を取り合って、放課後の二人は大体璃々佳の部屋で過ごす。
成績優秀な真尋は塾に通う必要がないけど、放課後の時間は父親の意向でいろんな習い事が詰まっていた。平日に水泳、美術、ピアノのレッスンがあり、週末では親が出席するイベントや食事会に同行させることが多かった。今までどこへ行ってもいつも車で移動することになったが、高校に入った時点で、ようやく父親の了承を得て、自分で登校することが許された。もし誰かが真尋と接近しようとしたら、チャンスがあるのは登下校と学校にいる時間に限られていた。
璃々佳の場合では、両親は基本的に習い事に関して子供が欲しいなら行かせる主義なので、彼女は土曜日の美術教室以外に何もやってなかった。璃々佳は美術部の活動がない日に、いつも頼と遼と3人で勉強したり、運動することが多かった。正直なところ、頼と2人きりになりたかったが、遼と頼は小学生からずっと同じクラスとバスケットボール部にいたから、ともに行動することが当たり前で、どうしても遼を「排除」することが難しかった。
*
7月、ここ数日は雨が降っていないせいか、夜でも蒸し暑い状態が続いていた。バスケ部の練習を終えた頼は、早く家に帰りたいと思ったが、母親からのメールを見て溜息をついた。
「ようちゃん、学校帰りに店に寄ってね。いいものあげるから♡」
「いいもの」というのは何か、大体想像がつく。母親が作った惣菜か、あるいは商店街から買ったお菓子やデザート、だから頼は特にそれを期待しなかった。父親は残業しがちで、平日は家で夕飯を食べないことが多かった。母親は平日だけ実家の弁当屋で働いていたので、昔からほぼ弁当屋のもので夕飯にしていた。中学生になった頼は少しづつ料理ができるようになって、自炊することが多くなった。
璃々佳たちが隣に引っ越してきてから、彼女の母親は一人で夕飯を食べていた頼があまりにも可哀想だと思った。それで毎晩のように彼を誘い、恒松家と夕飯をすることになった。お礼として、頼の母親はいつも何らかの惣菜やお菓子を用意し、頼に恒松家へ持たせた。
「ようちゃん!」
「母さん!人前でそれで呼ばないでよ!」
「いいじゃないか!店にいるのは全員親戚だし」
「客もいるだろう?」
「まあ、硬いことを言わないの~」
「で、今日は何?いいものって?」
「璃々佳のお母さんは用事で帰りが遅くなるからって、それで夕飯の準備を頼まれた。今日は惣菜3品とアサリの味噌汁のフルセットだよ。ご飯は璃々佳のところで炊けばいい。それと、デザートは璃々佳が好きな杏仁豆腐だよ」
「あの…璃々佳は母さんの娘じゃないよね?何で全部璃々佳の大好物なの?」
「ええ、ようちゃんが嫉妬するの?やだ〜だって璃々佳はようちゃんのお嫁になるでしょう?いずれそうなるし、今から仲良くならないとね~」
「どこからそういう発想だ?俺と璃々佳はただの友達だ」
「ただの友達ね~これからどうなるか分からないよ」
「余計なことしたら、気まずくなるだろう。勘弁してくれよ」
「自然に任せてもいいけど、こんないい子が逃がしたら承知しないだから」
「こんな話を絶対璃々佳の前にするなよ、誤解させたくないだ」
「ん?まさかようちゃんは別に好きな子がいるの?」
「何で話はそうなる?もういいから」
荷物を持ち上げて店を出ようとした時、母親は頼の腕を掴んだ。
「璃々佳との晩ご飯を楽しんでね!」
聞こえないふりをした頼は振り向かずに家の方向へ歩き出した。
頼は自分の母親が何を企んでいるのかを分かっていた。今まで異性との浮いた話がなかったせいで、璃々佳と親しくなるのを見て、二人の関係を誤解しても当たりまえだ。最初は弁解しようとしたけど、全然信じてもらえなくて、それで頼はこの話題を無視すると決めた。しかし、璃々佳と彼女の家族と一緒にいる時、みんなはどうしても二人を揶揄われたい一心で、この話題を避けられなかった。あまりにも強く否定すると、璃々佳にとっても失礼だなと思い、頼は仕方なく黙り込んでしまう。
自分が好きなのは別の人だって言うのに。
*
璃々佳の家に到着した時、頼はチャイムを鳴らした。だけど、中から誰かが玄関へ向かっている気配がなく、インターフォンからも応答がなかった。ため息をした頼は試しにドアノブを回したら、やっぱり鍵はかかっていなかった。
「璃々佳のやつ、また鍵をかけていないんだ。危ないって言ったのになあ~」
そうぶつぶつ言いながら、頼は玄関へ入り、慣れたようにリビングへ向かった。
「璃々佳、何度も言ったよね、ちゃんと鍵をかからないと…」
璃々佳を説教しようとするさなか、予想もしなかった人が目の前に現れた。慌ててキッチンからリビングへ歩いて来たのは真尋だった。
「ああ、重岡くん!」
「椎名さん?どうしてここに?」
「リリ…いや、恒松さんに誘われて…」
「リリ?璃々佳が?」
「ええ、恒松さんに連れられてきました。今はちょっと出かけているですけど…」
「椎名さん一人を残して?」
「すぐ帰ってくるって、なんか弟さんの忘れ物を塾に届けるって」
「理仁くんが?」
「そうです。もうすぐ帰ってくると思いますけど、もう10分以上経ちましたので」
「でも、お客さんを一人にさせるなんて、しかも鍵もかかってない、不用心だな」
これを聞いた真尋はくすくす笑い出した。不思議そうな表情をした頼を見て、真尋は慌てて説明しようとした。
「ごめんなさい、別に重岡くんを馬鹿にするつもりはないですけど…」
「大丈夫です、そう思ってないから」
「よかった。でも、重岡くんは本当に恒松さんが言う通りですね」
「まさか俺の悪口を言いました?」
「そうじゃなくて、重岡くんはまじめで、周りの面倒もよく見ています。でも、気に入らないや間違っていることを見つけたら、つい親みたいに説教してしまう」
「別に説教なんて…」
「でも、恒松さんは重岡くんにとても感謝しています。特に初めてこの町に来た時、いろいろ助けてくれて、いつも面倒を見てくれて、とてもうれしそうに言いましたよ」
真尋が笑顔でこう説明した時、頼はつい彼女を見とれてしまった。
こういうふうに真尋と二人で会話していたのは初めてかもしれない。いつも二人は世間話しか話せないから、これは頼にとって大きな進歩だと思った。
「でも、椎名さんはいつから璃々佳と仲良くなったんですか?」
「まあ、いろいろがあって…ああ、重岡くんはなんか持ってきたんですか?」
頼は手にある食べ物の容器をダイニングテーブルの上にのせた。
「母が用意して晩ご飯です。璃々佳と理仁くんと一緒に食べてって」
「そうですね、重岡くんはお隣に住んでいるから、よく恒松さんの家族と一緒にご飯を食べるって聞きました」
「こんなことも璃々佳から聞いたんですか?おしゃべりだな~」
「楽しい話をおすそ分けという感じですから。聞いている私もいい気分になります」
「椎名さんはこういうちっぽけな話に興味ありますか?」
「だって、私は一人っ子ですから。兄弟の話とか、お隣さんとの付き合いもあまりないので、これらは新鮮な話ですよ」
「楽しんでいただけたら幸いです」
「これからも楽しい話を聞かせてください!」
頼と真尋はお互いを見つめながら微笑んでいた。
これは反則だな、頼は思わずこう思った。好きな子が目の前にいて、しかも今まで見たことのない笑顔を見せられたら、頼は自分の心拍数が上がっているのを自覚していた。落ち着こうと自分の気持ちを必死に抑えながら、頼はいつもの声で話を続けていた。
「椎名さんは先ほどキッチンから出ていたんですよね?何をしているんですか?」
「実は、恒松さんとちょっとしたお菓子作り中です。ほら、学校ではいつも家政科で洋菓子ばっかりを作りますので、今回は和風の物を挑戦したいと思っています」
「そうだね、璃々佳はお菓子作りに興味がありますし、結構うまいなと思います。でも、椎名さんだって家政科の成績は常にトップでしょう?璃々佳から学べることってありますかね?」
「とんでもないですよ、上には上があるのですから。和風のものを作ったことがないなので、だから恒松師匠に教わりたいです」
「師匠というレベルじゃないと思うけど、璃々佳はこういう美形的なものを作るのは得意かもしれないです。で、椎名さんは和菓子が好きですか?」
「好きというより、家ではあまり食べる機会がなくて、正確にいうと興味があります。だって、いつも食事会とかで出されたのは洋菓子ですから」
「なるほど、それはある意味大変ですね、食事会というのは」
「仕方ないですけど、慣れてますから。しかし、重岡くんのお母さんの手料理はとても美味しそうですね、いい香りしています」
「じゃ、椎名さんは食べてみますか?」
「え、でも、これは皆さんの夕飯ですよね?」
「量は十分あるですから、試食してみます?」
「お願いします」
頼は素早くキッチンへ向かい、棚から箸と小さな皿を取り出し、料理を皿にのせて来た。
「どうぞ、召し上がってください」
「いただきます!」
真尋は一つ一つの料理を口にした時、美味しいと何度も言いました。自分が作った料理ではないが、頼はなぜか誇らしげに真尋の反応を見ていた。
「重岡くんのお母さんは料理上手です!毎日こんなものが食べられるなんて、幸せものですね!」
「一般的な家庭料理だけですから、大したことはないです」
「私のうちではなかなかこういう家庭の味を食べられないですよ」
「どうして?」
「両親はいつも忙しくて、一緒にご飯を食べるのは大体食事会です。そんな場面で家庭料理なんか出さないです。派手な料理より、こっちの方がいいですよ」
「じゃ、もし良かったら、今度俺たちと一緒にご飯を食べますか?」
あまりにも突然の提案なので、真尋は目を大きく開いて頼を見つめた。
「お世辞ではないですから、本当にそう思ってます。あまりにも美味しく食べていたので…ああ、でも俺が作っているわけではないけど…」
「誘ってくれてありがとうございます。では、お言葉に甘えてまた今度ご飯を食べさせてください」
「喜んで!」
「しかし…重岡くんは結構この家のことよく知っているみたいですね。食器の位置も分かるし、すごく慣れた感じで…」
次に何かを言われるかを察したみたいに、頼はすぐ言い出した。
「誤解しないで欲しい!ほぼ毎日璃々佳の家族と一緒にご飯を食べるだけで、だからここの間取りとか物置のことを分かっただけで…その、別に…」
「誤解ってなんですか?」
「その…璃々佳と…」
「重岡くんって面白いですね、別にそう思ってません。だって恒松さんから聞いたところ、大親友でしょう?だから、下の名前で呼び合いますし、お互いの家にも自由に出入ります」
「そうですか、それは良かったです」
「でも、本当のところ、重岡くんは恒松さんのことをどう思いますか?異性として意識したことありますか?」
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