第6話 真尋

裕福な家庭に育てられた才女。


周りから見た椎名真尋はまさにそうだった。


地元では元々農業が盛んであったため、数多くの農地を持っていた椎名家は昔から金持ちの一族としてよく知られていた。40年ほど前から都市化が一気に進み、農業から脱退しようとした椎名家は、所有していた農地を少しづつ売却した。それから手に入れた資金を使って、小さな建設会社を立ち上げた。真尋の父の代では、小さな家族企業だった会社がすでに大手の住宅建設会社に成長した。近年は住宅だけでなく、公共工事も受け入れられるようになった。


そんな名家めいかに生まれた真尋は、周りから注目されるのは当然だった。


彼女は誰でも羨む美貌の持ち主で、地元ではアイドルみたいにみんなの憧れの存在だった。金持ちだけど、誰とも隔たりなく仲良くなれたので、誰にも好かれると言っても過言ではなかった。頭脳明晰で、常に学年のトップ、スポーツ万能、芸術の才能もあり、彼女は完璧そのものだった。


真尋の父は椎名家の長男で、会社の社長でもあったため、一人娘の真尋が次期後継者になることが予想されていた。実のところ、真尋が生まれた後の10年間、両親は男の子を産むための妊活に励んでいたが、中々授かることができず、あげくに二人目のことを諦めた。真尋の二人の叔父おじは家業に興味がなかったため、自分の子供たちを会社に入れさせようとも望んでいなかった。それで仕方なく、真尋の父はやっと彼女を後継者として育てることを決心した。


仕事が忙しい父は真尋の教育や才能の育成を誰よりも気にかけていた。母はそれなりに金持ちの実家を持っていたが、ランク上の名門である椎名家に入ったことで、前みたいに自由に生きられなかった。彼女はいつも夫の顔色を伺いうかがいながら、真尋の面倒を見ることが中心の生活を送っていた。


真尋は時々こう思っていた。もし自分に弟や妹がいたら、両親はどういうふうに自分のことを見るだろう?後継者として期待されなくなったら、自分はもっと楽になれるかな?周りの人が自分のことをどれほど優秀だと思っていても、真尋はそういうふうに一度も思わなかった。外見は所詮親から与えられたもので、自分で磨き上げたものではなかった。持っていた知識や才能でも、外の人から見れば、お金持ちの椎名家にいたから、簡単に手に入れたものだと思うだろう。真尋は誰も知らないところでどんなに頑張っても、自分がどんなに苦しくもがいていても、誰も見てくれなかった。


本当の真尋はどんな人かなんてどうでもいいだった。


完璧な存在を演じるために、真尋は誰にも本音を言えなかった。弱音を吐かない、泣けない、いつもニコニコしかできない、嫌いなやつとことがあっても、不機嫌な表情も見せられなかった。だから、真尋は高校を卒業することをものすごく期待していた。大学に入れば、地元から離れるし、周りから色眼鏡で見られない時こそ、ありのままの自分になれると思った。


その時が来たら、真尋がまず一番最初にしたいのは、この女の子らしさを演じるための長い髪を切ることだ。



高1の初登校日、真尋は正門へ向かう途中必ず通る公園で頼と会った。


小学1年生からの顔見知りだけど、頼は真尋にとって不思議で理解不能な存在だった。周りみたいに自分をチヤホヤしたことがなく、むしろ近づくことさえもしない、いつも適当な距離を置いて、遠くから見守るみたいな感覚で接していた。自分に好意を示す男子はたくさんいるけど、頼みたいに自分に無関心のようにふるまっていた男の子はいなかった。


真尋は一時、頼のそういう態度は自分の関心をわざと惹きつけるためではないかと疑っていた。もしかして、頼は自分のことが好きで、ただ周りみたいに同じやり方で接したくないとか、あるいはただ気恥ずかしくて、自分に近づく勇気を持っていなかったかもしれなかった。でも、10年近く何もしてくれないから、やっぱり自分が考えすぎかもしれないという結論にたどり着いた。


いずれにせよ、頼の気持ちはどうであれ、真尋は彼のことをタイプだと一度も思っていなかった。それに、自分がこの地元から脱出したい計画には、地元の人と関係を切ることが重要で、だから頼と恋仲に発展したら、ややこしい事態になるかもしれない。



高校の校門を通ったら、真尋は周りからの挨拶に対して、いつもの作り笑顔で応えていた。これから3年間、同じことをしなければならないと思うと、何だか気が重たい。系列小学校と中学校から上がって来た子がほとんどなので、高校に入っても特に何かを変わったって感じもしなかった。


自分のクラスを確認しようとして、真尋は掲示板の方へ向かった。そしたら、見たことのない女の子がその前でうろうろしていた。たくさんの生徒が掲示板の前に集まっていたため、彼女はその人込みに入れず、ただ遠くからみんなが去っていく時をその場でじっと待っていた。このままだと、クラスのリストを確認することが出来ないはずなので、真尋はその子の方へ歩き出した。


「おはようございます、新入生ですか?」

「ああ、おはようございます。はい、そうです。あのう、先輩ですか?」

「ええ、私は先輩に見えるんですか?」

「いいえ、そういうつもりではありません。ただ親切に声をかけてくれたので、だから先輩かなと思い込んでしまいました。すみません…」

「気にしないで、さっきの冗談ですから。私も一年生です。困っているように見えたから、何かをお手伝いましょうか?」

「そうか、同じく一年生ですか。実は、クラスのリストを確認したいですけど…」

「この人込みに驚いたでしょう?うちの生徒数はかなり多いですよね…」

「私の中学校では、生徒数はここの半分ぐらいかな。だから、この大勢の人に圧倒されたみたいで…」

「やっぱり外部入学ですか?だから見たことないなあと思いました…」

「ここのみんな、ほとんどは系列から上がって来たと聞きましたけど、やっぱり外部から来た人は浮いているですね」

「外部生でも、そのうち慣れますから、気にしないで。それより、いつまでも立っていても、リストを確認できないですから、私に付いてきて!」


こう言った真尋は外部生の手を引いて、掲示板の方へ歩き出した。不思議なことに、そこの前に集まっていた学生たちは真尋の存在に気づき、すぐ道を開けてくれた。


この光景を見た外部生は目を大きく開いた。でも、それを上回る衝撃は、周りからの視線だ。みんなはなぜか自分のことを興味津々に見ていて、やっぱり自分の手を引いていたこの子に関係あるのかな?


掲示板の前に立っていた真尋は振り向いて、外部生にこう言った。


「お名前はなんですか?」

「ああ、私は恒松璃々佳です」

「いい名前ですね。ちょっと待ってて…ほら、ここだよ。1年A組ですね、私と同じで」

「本当に偶然ですね、とてもうれしいです。この高校に入って初めて声をかけてくれた人と同じクラスに入れるんなんて…ああ、聞き忘れましたけど、お名前はなんですか?」

「私は、椎名真尋です。これから3年間よろしくお願いします、恒松さん!」

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