第5話 頼
璃々佳は頼にとって特別な存在だった。
いつも男子としか遊んでいなかったので、頼と仲良くなれた女子はいなかった。別に恥ずかしがり屋でもなかったし、女子から評判もいい方だけど、頼はなぜか女子と一緒にいると落ち着かないせいで、無口になることが多かった。
璃々佳の前では、頼は素の自分でいられて、本音も遠慮なく言えた。どんなことを話しても、彼女は嫌な顔もせず、いつも真剣な表情で彼の話を聞いていた。時に自分の視点から物事を分析し、アドバイスもしてくれた場合もあった。相談できる兄弟はいなかった頼にとって、璃々佳はありがたい存在だった。
頼はいろんなことを抱え込みがちで、時に無理をしてでも大人しい一面を周りに見せたかった。忙しい親に心配させたくないし、周りの期待もできるだけ応えたい一心で、頼はどうしても自分の気持ちを誰かに打ち明けられなかった。不思議なことに、彼は自分の弱い部分を璃々佳に晒しても平気だった。
だから、璃々佳が困っていた時、頼は真っ先に彼女を助け出した。
名門系列学校に在籍していたので、頼はある程度の成績を維持すれば、入試を受けなくてもそのまま高等部へ入れる。璃々佳は高等部へ入ろうと言い出した時、頼は自ら提案し、得意の数学と理科を教えてくれた。二人の努力が実り、璃々佳は晴れて頼と同じ高校に入れた。
高1の初日、璃々佳は頼に一緒に学校へ行かないかと誘ったが、彼は友達と約束があるからと言って、朝早く家を出た。
実は、これは半分うそだった。
頼は高校の正門の近くにある公園へ向かって、そこにある一つのベンチに座った。誰かを待っているように、頼の視線の先は公園の中央入口だった。
5分ほど待っていたら、同じ高校の制服を着ていた女の子が公園に入ってきた。彼女の姿を見た途端、頼は自然に表情が柔らかくなった。彼女は頼を見かけて、微笑んでいながら彼の方へ歩いた。
「おはよう、重岡くん。あれ、何でここにいるの?」
頼に声をかけたのは椎名真尋だった。彼女とは小学生の頃からずっと同じ学校にいたから、仲良くとは言えないが、会う度に必ずお互いへ挨拶をする。
「おはよう、椎名さん。ここで遼と待ち合わせるだけど、あいつはまだ来ていない」
「ああ、増田くんね。仲良しですね、重岡くんたちは」
「初めて高等部へ行くから、一緒に行こうって言われた」
「高等部は小中部と同じ敷地内なのに?門の位置が変わるだけでしょう?ハハハ、増田くんって変なの。でも、重岡くんは優しいね、こんなお願いも聞いてくれるって」
「あいつの言うことを聞かないと、後でうるさいから」
「じゃ、後ほど学校で会いましょう。私は先に行きます」
「ああ、後でね」
頼は真尋が公園を出るところを、後ろからずっと見つめていた。長い黒髪を後ろポニーテールにまとめて、それは歩きながら揺らいでいた。紺色の高等部制服を着ていた真尋は、10代の女の子特有の若さとフレッシュ感を放っていたと同時に、何だか大人っぽい魅力も漂っていた。
つい見とれてしまった頼は、後ろから近づいて来た遼に気付かなかった。
「おい、もう見えなくなるから、起きて!」
「びっくりした!いつから来た?」
「あなたが女神さまと話していたところから」
「そんなに前から?何で出てくれないか?」
「本当に邪魔したら、後であんたに殺されるだろう?俺は気を利くから。しかし、お前はひどいなあ、俺を利用して、それに俺の悪口まで言った!待ち合わせを言い出したのはあんただ!」
「そんなこと真尋に言えないだろう?」
「あれ?いつの間にか彼女のことを呼び捨てになったの?」
「うるさいなあ!そろそろ学校へ行こう…」
「逃げるなよ!頼はさあ、いつまで待ってるの?真尋を好きになったのはもう10年近くだろう、彼女に告白すれば?」
「このままでいい」
「真尋は金持ちだし、美人で頭もいい、学年トップの成績、将来はきっといい大学へ入れる。完璧すぎるな、まったく。でも、いつまで経ってもこの状況に満足できるの?他の男に取られたら、後悔しても遅いぞ?」
「この話はもう止めろ。ほら、早く行こう!」
この話題を打ち切りたいと思って、頼は素早く正門の方へ歩き出した。後ろからついて来た遼は諦めずに真尋のことを話していた。
頼と真尋の出会いは小学1年生の時だった。当時同じクラスだった二人は、偶然にも隣同士になった。頼にとって、真尋はキラキラの太陽だった。毎日長い髪をきれいに結び、可愛らしい服を着て、誰にも親切に接していたので、彼女は学校の人気者だった。真尋の周りにいつもたくさんの人が集まって、頼は彼女にあまり近づけなかった。
だから、頼は授業中の時間が一番好きだった。その時だけ、真尋の隣にいられた。誰にも邪魔されず、間近で彼女を見つめた。残念ながら、幸せな日々は次の席替えの時に終わってしまった。
それから、同じ小学校と中学校に通っていても、二人の距離は全然縮まらなかった。なぜなら、この9年間同じクラスにいたのは小学校1年生の時だけだったからだ。
遼が言った通り、このまま何もしないと、いつか真尋は他の男のところへ行ってしまう。しかし、この状況を打開する見込みがないまま、頼は真尋に対する想いを、心にしまうことしかできなかった。
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