昔の私たち

第4話 璃々佳

2003年4月・春


校門の前にあった大きな桜の木を見上げて、璃々佳は深く息を吸った。これからの3年間、ここであの人と同じ高校に通える。これを考えると、璃々佳は思わず微笑んでいた。


ここは地元では有名な小中高一貫の学校で、卒業生の多くは県外の名門大学へ進学したことで知られている。だが、ここの学生のほとんどは系列の小学校と中学校からエスカレーター式入学するので、外部から入ることは至難の業だった。


璃々佳がこの高校に入りたいと思ったのは中3の時だった。


璃々佳の父はサラリーマンで、母は商店街で美容院を経営していて、店の近くにあったマンションで家族5人が暮らしていた。璃々佳の3歳年上の兄は東京の大学へ進学したので、この春から家を出ていた。2歳年下の弟は中学生で、璃々佳と同じ中学校に通っていた。


璃々佳の祖母が亡くなったことで、実家の一軒家が空いた。一人っ子の父はそれを継ぐことになり、せっかくの家をそのまま空けるのは勿体ないと思って、実家へ引っ越すことを決めた。1か月の改装工事を経て、恒松家がそこへ引っ越したのは璃々佳が中2の秋ごろだった。


そこで、重岡頼と出会った。


隣の家に住む頼は同い年で、兄弟はいなかった。璃々佳がパーティーで初めて知ったのは、恒松家のお母さんと重岡家のお母さんが同じ商店街で店を経営していたこと。頼のお母さんは実家の弁当屋で朝から晩まで働いていたし、お父さんはIT会社の社長で帰りはいつも遅い方だった。頼は子供のころから一人で家にお留守番することが多いので、彼は同い年の男の子と比べて、何だか大人しい感じがした。


近所挨拶をした時、璃々佳は両親と一緒に行ってなかったから、彼女と頼の初対面は引っ越しパーティーだった。大人たちがお酒を飲みながら談笑していた時、璃々佳は黙々と自分でバーベキューをしていた頼を見かけた。彼女は彼に近づき、自己紹介をした。


「初めまして、恒松璃々佳です」

「初めまして、重岡頼です」

「すみません、お客さんなのに、バーベキューをさせて…」

「気にしないで。どうせ暇だから、これを焼いたらみんなが食べられます」

「じゃ、私も一緒にやります」

「いや、暑いから、俺がやった方…」

「そんなことはできません、それに一緒にやった方が早いし…」

「分かりました、やりましょう」


そう答えた頼は、璃々佳に向けて太陽のような眩しい笑顔を見せた。突然のことなので、璃々佳は思わずドキッとした。自分の気持ちがバレないように、璃々佳はバーベキューをしながら、話題を変えようとした。


「頼はさあ、確かに中2だよね?」

「そうよ」

「同い年だから、敬語を使うにはちょっと変じゃない?」

「そう言えばそうだよなあ。じゃ、どうする?」

「敬語を辞めたら?」

「いいよ。いっそのこと、呼び捨てでもどう?」

「分かった。よろしくね、頼」

「よろしく、璃々佳」


名前通り、頼は頼れる人だった。誰かに言われたから行動するのではなく、困っている人がいたら自分が助けようとする。やるべきことがあったら、自ら行動するというのは頼のスタイルだった。二人でバーベキューをしているうちに、璃々佳は徐々に頼に惹かれた。これって、一目惚れかもしれなかった。


頼は地元の有名系列中学校に通っていて、成績がかなりいい方だった。しかし、あの学校ではこのような成績を上回る人がたくさんいて、そんな彼でも学年トップ30位ぎりぎり入れるレベルだった。その反面、璃々佳は文系の科目は得意だが、数学と理科が苦手だった。


璃々佳は元々地元にある私立高校へ進学しようとしていた。頼への気持ちが強まっていくうちに、彼と同じ高校に入りたいという考えが芽生え始めた。だけど、今の成績じゃ、到底無理だし、落ち込んでいた璃々佳に助けの手を差し伸べたのは頼だった。


「本気でうちの高校へ入りたいなら、勉強の手伝いをしようか?」


こう言われたのは二人が中3になった春だった。助けてくれる頼の提案に感謝しつつ、璃々佳はもっと喜んでいたのが頼と一緒に時間を過ごせることだった。それから、二人は週3の頻度で一緒に勉強することになった。まあ、勉強と言っても、大体は頼が璃々佳に数学と理科を教えてくれた。そのおかげで、璃々佳の成績がかなり上がっていて、目標だったあの高校へ入るのも夢ではなくなった。


そして、入試の結果発表日が来た。頼と璃々佳は朝早く高校の正門の前にあった掲示板を確認した。璃々佳の受験番号を見つけた時、二人は手を取り合って喜んでいた。初めて頼の手を握っていた璃々佳は、必死に自分の赤くなった顔を隠そうとした。


今日までの時間を噛み締めながら、璃々佳は意を改めて校内へ歩き出した。

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