第2話 今の二人
東京に戻った時はすでに11時過ぎだった。
璃々佳は自宅に着いた時、リビングの光はまだついていた。中からテレビ番組の音が微かに聞こえてきた。璃々佳の婚約者・
「お疲れ、大丈夫だった?」
「うん、通夜参加してからすぐ帰った。まだ仕事しているの?」
「ちょっと明日のことを事前確認しただけ。それに君が帰るまで寝れないだろう」
「待ててくれてありがとう。明日の予定は?」
「朝は会議がないし、家で仕事するつもりだから平気。それよりご飯は?」
「さっき帰りの電車でおにぎり一個食べたよ」
「夕飯のチキンクリームシチューはあるけど、食べる?」
「それはいいね」
「じゃ、シチューを温めるから、先にお風呂に入ったら」
「うん、そうする。ありがとう」
お風呂から出てきたら、壮真は温かいチキンクリームシチューを璃々佳の前に運んできた。おいしそうに食べていた璃々佳を見て、壮真は思わず微笑んでいた。皿洗いを済ませて、二人はソファーでくつろいでいた。
壮真と出会ったのは大学時代だった。同い年の二人は学部が違うけど、写真部の活動で親しくなった。ずっと友達の関係を維持していた二人は、25歳になったその年、壮真から告白され、二人は晴れてカップルになった。
二人は大学時代からお互いのことを気になっていたが、中々一歩踏み出せない状態が続いた。壮真は告白する勇気を出せなかったら、このまま一生友達になるかもしれない。30歳になって、二人は今のマンションを連名で買って、一緒に住むようになった。そして、今年の夏、璃々佳は壮真からのプロポーズを受けて、二人は来年の春に結婚式を挙げる予定だ。
璃々佳は壮真に真尋の遺言の件を教えて、彼は不思議そうな表情を見せた。
「でも、その真尋さんという友達とは高校以来会ってないよな?」
「そう、連絡もしてないし。一体どんな内容かな、その遺言状…そして、何で私?」
「まさか何かやばいものをあなたに残すじゃないよな?だって、璃々佳は高3の時、真尋さんと絶交しただろう?」
「絶交というより、自然に口を利かなくなっただけ。それに、真尋はそういうことをするような人じゃない」
「あれ、今真尋さんをかばった?絶交したじゃないの?」
「…あの時は本当に彼女のことを許せなかった。でも、大人になってから、あの時のことを振り返れば、私だって非があった。しかし、謝りなんかしたくない…」
「まあ、それはタイミングの問題でもあるだろう。その時解決できなかったこと、なんか時間が経てば経つほど、そういうことができなくなるじゃない?」
「でも、まさか私たちの再会は彼女の葬式で…まだ若いなのに」
「…それは確かに残念だけど。でも、あなたが今できることは、まず彼女の遺言を聞くこと、それから彼女の願いを叶えることだろう?じゃ、土曜日に俺も一緒についていくか?」
「午前中はミーティングがあるでしょう?大丈夫だよ、一人でも行ける」
「分かった。何かあったら俺に連絡して」
そう言った壮真は璃々佳を抱き寄せて、彼女にキスをした。
*
頼は実家に帰りお風呂を済ませてから、自分の部屋に戻った。いつも年末年始しか帰らないだけど、まさか今回はこういう状況で帰省したとは想像もつかなかった。
丁度その時、頼の携帯が鳴った。画面を確認したら、妻の名前・
「もしもし、弘子」
「頼、今実家に帰った?」
「うん、今お風呂上りだ。明日火葬式に参加するだけ。調子はどう?」
弘子は二人目の子供を妊娠中なので、頼と一緒に実家へ帰らなかった。彼女は電話のカメラを自分のお腹に向けて、手でお腹を優しく撫でていた。
「お腹にいる姫ちゃんは今日調子いいよ。でも、王子様はパパがいないからって、朝から機嫌が悪かったね、さっきようやく寝た」
「そうか、ごめんな、いきなり実家へ帰って」
「仕方ないでしょう、お友達の葬式だから、参加しないといけないじゃない」
「その件についてさあ、話があるだけど」
頼は弘子に真尋の遺言状の件、そして家に帰るのは土曜日になることを教えた。
「その友達の遺言状に何を書かれて、心当たりはある?」
「まったく。だって18年間ずっと会ってないし、10年前神戸でバッタリ会った時だって、実際に会話したのは5分ほどだった。ただのあいさつと世間話だけだよ」
「でも、その友達にとって、あなたとそのもう一人の女性は特別な存在じゃない?だから、長年会っていないけど、最後に二人へ何かのメッセージを残そうとしていると思うよ」
「まあ、真尋ってやつは、何を考えているか分からないだから」
「土曜日まで待ってば、すべてが分かるじゃない?」
「ごめんな、こんな時一人にさせて」
「大丈夫よ、王子様と姫様もいるし。それに、明日うちの両親は来るよ。孫の顔を見たくてさあ、だからゆっくりできそう」
「それは助かる。とにかく、遺言状の件を片付けたら、すぐ家に帰る」
「分かったよ、じゃ早く休んでね、明日はまだ火葬式があるから」
「うん、お休み」
「お休み」
電話を切った後、頼は携帯の中のアルバムを見ていた。家族写真を見ながら、頼は微笑んでいた。
弘子とは職場で会った。彼女は頼より2歳年上で、彼が新入社員だったころの指導役を担った。堂々としているカッコイイ姿に惚れて、頼は弘子のことを密かに片思いをしていた。彼女は頼の気持ちを気付いたのは、知り合ってから3年後のことだった。いつまで経っても頼は自分の気持ちを打ち明けようともせず、弘子は我慢できなくて、彼に問い詰めた結果、頼はようやく弘子に告白した。それからさらに2年間の付き合いを経て、28歳の頼と30歳の弘子はようやく結婚した。
結婚してからも、二人は同じ会社で働いていた。しかし、中々妊娠できない弘子は妊活に集中するため、結婚3年後に正社員の仕事を辞めて、他の会社のパートタイマーになった。勤務時間を半分以上減らしているおかげで、ストレスも前よりだいぶ減った。そして、二人はようやく3年前に第1子である息子の誕生を迎えた。
正直に言うと、弘子と出会わなければ、今の幸せは絶対手に入らないだろう。だって、高校卒業してからずっと思っていたのは、自分は誰を好きになることができない、そして誰かに愛される資格もないということ だ。だから、弘子を好きになったけど、彼女にどうしても告白できなかった。
頼は本棚から高校の卒業アルバムを取り出し、自分のクラスのページをめくった。全員の顔写真を一つ一つを見ながら、頼はみんなとの思いを今でも鮮明に覚えていた。あの時、みんなは受験で結構ストレスが溜まっていたけど、一緒にいる時は純粋に楽しくはしゃいでいた。
そして、数十人の写真の中で同じ列にいた三人の写真から目を離せなかった。
椎名真尋
重岡頼
恒松璃々佳
あの頃の3人は、今になってもう2人しか残らなかった。
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