あの頃の私たち

CHIAKI

今の私たち 前編

第1話 無言の再会

2021年12月某日・午後6時過ぎ


恒松つねまつ璃々佳りりかが駅から出た時、外はすっかり暗くなっていた。この時期だと、日が暮れるのは早いし、こんな田舎町では元々街灯の数が大都会と比べて少ない方だった。しかも、駅前と言っても、中央口みたいに商店街や繁華街があるわけでもないから、こっち側の出口を利用するのは近くの住民しかいなかった。


真冬の厳しい冷え込みで、璃々佳はコートのポケットから手袋を取り出し、自分の両手にはめた。見慣れた街並みだけど、彼女が最後にこっちへ帰ったのはすでに5年前のことだから、ところどころはもう前と比べて変わってしまった。


丁度その時、遠くから一台の車が璃々佳のところへ向かっていた。彼女の目の前に止まって、車の運転手は助手席側の窓を下した。


「璃々佳!」


璃々佳はうす暗い状態で運転手の顔を確認し、慌ててドアを開けて車に入った。


「頼、迎えに来てくれてありがとう」

「大したことはないから。それにいきなり呼ばれて、よく来てくれるな」

「…まあ、最後だから」

「だよな」


迎えに来てくれたのは、璃々佳の高校時代の同級生・重岡しげおかよりだった。二人は高校卒業してから、違う都市の大学に進学したので、最後に会ったのは5年前の正月だった。その年、二人は駅前で偶然会って連絡先を交換した。あれ以来、二人は電話やメールの連絡ではなく、SNSでお互いの投稿を見ていいねを押すくらいの交流を維持していた。


そして、昨日の深夜、頼からの電話が来た。


二人の高校時代の友人が亡くなったので、通夜に来てくれないかって。


どうやら、頼は誰かからその知らせを受けた直後、連絡先を知っていたクラスメイト数人に電話を掛けた。突然のことなので、実際に帰って来られる人は数人しかいなくて、璃々佳はその一人だった。


頼は運転しながら、璃々佳に話しかけた。


「この時期だと忙しいだよなあ」

「頼だって忙しいでしょう」

「まあ、仕方ないから。最後の別れをしなきゃと思って。で、璃々佳はこっちに泊まるの?」

「いいえ、終電まで帰らないといけない、明日はまだ仕事があるから」

「大変だね」

「頼は?」

「今夜は実家に泊まって、明日は火葬式に出席してから帰る」

「そうか」

「でも、まさかこんなことになったとは…あいつとの連絡は?」

「してない。高3の秋ごろから話をしなくなったし。頼は?」

「10年前は最後だった」

「10年前って?」

「…あいつと神戸で偶然会った」

「彼女は神戸に住んでいたの?」

「いや、仕事で神戸へ行ったそうで」

「そうなんだ。じゃ、ずっと地元にいたかな」

「そうだったらしい。でも…璃々佳は通夜に来てくれるなんて…」

「まあ、口を利かない仲だし、来ない方が自然ですよね?」

「来なくても誰もあなたを責めないと思うけど」

「でも…最後だから。きちんとお別れをしたくて…それに、あれからはもう18年過ぎたし…」


そう言った後、車内はまた静寂に包まれた。外は真っ暗にも関わらず、璃々佳の視線はずっと車窓の外へ向けられていた。


確かに、彼女は通夜に顔を出さない方がいいかもしれないが、知らせが来た時の直感もそうだった。しかし、じっくり考えた後、璃々佳はやっぱりお別れのあいさつをしたくて、時間がないけど、亡くなった友達のために急遽故郷へ帰ってきた。


駅から車で10分走っていたら、目的地であるお寺についた。璃々佳は頼の後ろについて、受付で香典を渡してから本殿へ向かった。通夜に出席していた人の数がそれほど多くないのは、時間帯的にはまだ早いかもしれないけど、故人は生前あまり友人がいないことも関係しているんじゃないかって、璃々佳はそう思った。


本殿に入ったら、真ん中に飾っていた写真は璃々佳が18年ぶりに見た顔だ。


椎名しいな真尋まひろ


璃々佳と頼にとって、彼女は一生忘れられない人だった。


璃々佳は真尋の写真を見つめながら、心の中にある様々な感情がごちゃごちゃになった。あの時は本気で真尋に怒っていたし、憎んでいた。一生会わない、もう話したくもないと誓った。卒業式の日だって、璃々佳は真尋を無視していた。しかし、いざ本当に会えなくなって、話もできなくなった今、璃々佳はなぜか悲しくなっていた。真尋がまだ生きているうちに和解していれば、後悔なんかしないでしょう。


璃々佳は頼の表情から何の感情も読み取れなかった。あの時、頼も真尋にひどく傷つけられたけど、彼は今どういう心境なのかな? 彼はしばらく真尋の遺影を見つめて何も話していなかった。


お焼香を終えた璃々佳は、頼と一緒に本殿を出た直後、ある男が二人に声をかけた。


「失礼ですが、恒松璃々佳さんと重岡頼さんでしょうか?」

「あの、どちら様ですか?」

「私は椎名真尋さんの遺言執行者である、弁護士の紺野こんのあつしと申します」

「遺言執行者?真尋の?」

「はい、そうです。もし時間があれば、椎名さんの遺言についてお話をしたいと思います」


璃々佳と頼は困惑していた。長年真尋と会っていないのに、どうして彼女の遺言執行者に声をかけたの?二人の戸惑いを察して、紺野は事情を説明し始めた。


「椎名さんは生前遺言を作成した時、二人にあげたいものがあるとおっしゃっていました。ここで遺言の話をするのはあまり良くないと思いますが、改めてお二人と会ってすべてを話したいと思います」

「なるほど、でも…璃々佳はこれから東京へ戻るでしょう?」

「そう、今日はちょっと…」

「分かりました。明後日は土曜日なので、もしよかったら、うちの事務所に来てくれませんか?」


そう言った紺野は二人に彼の名刺を渡した。


「俺は大丈夫だけど、璃々佳は?」

「午前は仕事があるけど、午後3時以降はこっちへ戻れると思います」

「夕方でもいいです。こちらに戻ってから私に連絡してください」

「分かりました」

「では、土曜日に会いましょう、ここで失礼いたします」


紺野と別れた後、頼は璃々佳を駅まで送った。


「あの紺野という弁護士、彼は真尋の友達なのかな?」

「そうだとしても、俺は聞いたことがないなあ。まあ、俺は真尋の近況をあまり知らないけど…」

「でも、遺言って…一体どんなこと?私だって、18年間彼女と会ってないし…」

「土曜日になったら、すべては明らかになるじゃないか?それまで待つしかない」


璃々佳はたくさんの疑問を抱えながら、自分で東京へ戻った。


18年前絶交した友達は、いったいどんな遺言を残してくれたのだろう?

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