第6話 暗殺の対象


「リーベ……?」


「リーベ・モントゥ。えぇ、リーベと呼んでいただいて構いません」


 片膝を突き、最大限の忠誠を見様見真似で示すリーベ。

 彼女からは格好の良い騎士に見えているのだろうか。おとぎ話に登場する憧れの存在のように見えているのだろうか。


 今はそうでなくとも、いつかそうなってくれる日が来ればと。


「……あなたは何をしに来たの」


 警戒心からというよりも、単純な興味と。

 “早く終わらせなければまた怒られてしまう”という、思いが少し。


「あっ、そうよね。服を着ていたら邪魔になるから――」


「……そんな必要はありませんよ」


 自然に脱衣を始めていくシルティ・ゾネの手を、ひび割れたグラスを持つように。

 酷く冷たい手。触れた瞬間、咄嗟に手を引いてしまいそうになったほどに。


 驚く表情を浮かべたのは、果たしてどちらの顔であったのか。


「私の前では、その必要はないのです」


 抱きしめる。動かない、固まってしまったシルティ・ゾネを身体を抱きしめる。

 ふむ、リーベがどんな感情をその時に持っていたのか。


 可哀そうだ。助けてあげたい。なんとかしてあげたい。そんな感情を持っていたのか?

 いやいや。そんなことなど微塵も考えちゃいなかった。その瞬間に考えていたことなどはもっと別のこと。


 彼女を抱きしめたい。触れていたい。傍に居たい。

 単純で。自身の想いを優先した行動を純粋ではないものとするのならば、明らかに不純な。欲望のままの“したい”という感情。


 惚れた女を抱きしめたいと思うことの何がダメなのか。

 まさにリーベはその思考のままに動いただけであり。こうすればこう思ってくれるだろうから、なんて裏のある考えがあってのことではなかった。


 もっとも、シルティ・ゾネがそれをどう感じるのかは自由である。


「気持ちが悪いわ」


「すっ、すみません! つい……」


 拒絶の言葉。リーベにはそう聞こえていた。


 窓の無い部屋。

 明かりはあれど必要最低限といった、人が暮らすには不自由な程度。

 埃が舞い、少し動けばつられて虫が這いまわるような部屋。


 彼女のために働くような人間はいなかったのだろう。

 明かりを灯している道具も古く、それこそ何十年も経っていそうで。

 足跡がつくほどに積もった埃は、掃除をする者がいなかったということ。

 虫が棲むのは、それくらいがお似合いだと気にもしなかった人間ばかりであったということ。


 気分が悪いのはリーベのせいであったのか、この環境のせいであったのか微妙なところ。


「…………」


 一言も発することなく。

 リーベの存在など既に興味を失ってしまったのか、部屋の奥へとふらふらと。


 恐らくはリーベが入ってきた扉ではなく、奥にあるもう一つの扉を目指しているのだろう。

 埃の無い場所が道のようになっていることから毎日のように通っているのが分かる。

 ついていっていいものか。どうも距離感が掴めないままに、シルティ・ゾネが扉へと手を伸ばした時点で動き出すリーベ。


 何をしにここへと来たのか。

 彼女を助けるためだろう。彼女を救うための情報をかき集めるためだろうと。

 最悪嫌われても良い。……いや、やっぱそれは辛いから嫌だなぁ。なんて考えながら、一歩を踏み出し。


 そして。


「――曲者っ!?」


『僕に気付くか……!』


 振り向きざまに剣を振るえばそこには一人の少女が。

 音も無く、背後から急接近してきたのは“急ぎの用事”であったのか。

 いや。そうではないのだろうその手に持つ“小太刀”が意味するのは、暗殺か。


 ターゲットにされる理由など“花の護衛”になったから。それくらいしか思いつかない。

 護衛する者の謎の死の原因は、恐らくはこの目の前で刺し殺そうとする殺気を隠さない少女であるのだろうと、そう直感するリーベ。


 何かされるであろうことは予想していたが、こんなにも早く機会が訪れるとは。

 しかもそれを成していたのが、こんなにも幼い少女であったとは。


 今回、たまたま彼女であったのか。いや。

 身のこなしからして、今までの“暗殺”も彼女がしてきたことなのだろうと。


 シルティ・ゾネではなく確実にリーベを狙った奇襲であるのは間違いがなく。


 殺すつもりは無し。

 牽制としての一閃を繰り出すリーベであったのだが、認識の甘さを実感することになる。


 引かせることができれば良し。防御態勢をとらせることができれば良し。態勢を崩すことができれば良し。

 しかし、実際はそのどれでもなかった。


「っ!? 消えた……!?」


 目の前の敵を見失うなど初めての経験。

 背景に溶けていくかのように。白く立ち昇る水蒸気が徐々に見えなくなってくように。絵の具が水に溶け、本来の色がなくなっていくかのように。


 ――自動防衛、展開


「なっ……!」


 まさに間一髪。

 喉元に突き付けられた刃からリーベを護ったのは、炎のつるぎであった。


 今、その瞬間にできた隙を見逃すことなく。

 リーベは少女の腕を掴み、強引に組み伏せる。


 リーベの中の天使と悪魔が争っている気がしなくもないが、痛いとわめかれたところで手を緩めることはしない。

 今は彼女の匂いを堪能するだけで我慢しようと。さりげなく髪へと顔を埋めるだけで済ませるのであった。


「き、キモイっ。嗅ぐな、この変態!」


「おっと、騒がない方が良い。……まぁ、誰か来ても構わないのならば別ではあるが」


 革命組織レヴリィーの連中の話では、もし護衛の死の原因が暗殺であるのならその者は“仲間”かもしれない、とのこと。

 組織の一員であるとかそういった意味ではなく、同じ目的を持つ者同士であるという意味。


「くっ……!」


 大人しくなったところを見るに、少なくとも“国側の人間ではない”らしい。

 さて、この後どうしようか。と、扉の向こうの気配を探りつつ思案するリーベ。


「拘束具がない。君の腕は掴んだまま扉を閉めに向かう。君も、誰かに見られたら困るだろう?」


「…………(こくり)」


 私も見られたくない。と、暗に自身も国側の人間ではないと言葉にして。

 それが伝わったのかは不明であるが、その意に従うことを頷き同意してくれる少女。


 お話合いはこれから。

 どんな話が聞けるのだろうと埃が舞う空気の悪い部屋の中、期待を膨らませるリーベなのであった。

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