第5話 謝られるだけで辛くなることもあるのですよ


「――ふむ、貴様か。罪人の護衛をしたいとかいう物好きは」


 モントゥは今、国のお偉方に囲まれていた。


戦場いくさばの方が稼げるのではないのか?」


「奴の護衛をしたい者など金以上の欲望を抱えているに決まっておるではないか。これまでもそうであっただろうに」


 他人の欲望を嬉々として聞き出す連中。そんなつまらない楽しみ方を好む奴らの餌。

 思ってもいないことを話し、いかにして気に入って貰えうのかを考えるのが今のモントゥのお仕事。


「昔は多くの希望者がいたのだと聞いていたのですが、今は違うのですか?」


 事前に“革命組織レヴリィー”の仲間と共に考え用意しておいた動機が底を突きかけてきた場合の作戦。

 とりあえず誰にでもいいから話を振る作戦。

 個人に対してではなく対象が定まらないような問いがベター。複数個用意しておいた中の一つを選び、適当に投げかけただけ。


「熱心な者達は皆体験済みであるということだ。だからこそ、困ったことに今は護衛がゼロであるのだがな」


「そうなのですか? 好きな者であれば長く続けるものかとも思うのですが」


「ふん、貴様もその内に理解することになるだろうよ」


 おおよそ。想定通りの流れ。一度聞いた話をもう一度聞くことになりストレスだけが溜まっていく。

 護衛者が突然の死を遂げていることくらい把握済みだ。というより、この国に住む者ならば誰でも知っていることなのではないだろうか? という話。


 だからこそ。それのせいで余計に戦場に咲く花、もとい“シルティ・ゾネ”は嫌われているのだ。

 呪われた血がそうさせるのだと、中途半端にオカルトじみた思想のままに原因はあいつにあるだと。

 誰が最初に言い始めたのか。まるでシルティ・ゾネが全ての元凶、悪いことは全てシルティ・ゾネのせいであると誘導するように。


 全てを掴んでいるわけでもないし、把握していること全てが事実であるわけでもないことを理解した上での結論。


 この国はシルティ・ゾネの犠牲ありきで成り立っているのだ。


「いやはや、あの人形の重要さを改めて思い知らされますな」


「えぇ、全くもってその通りですわね。こういった機会でもなければ“当たり前のことへの感謝”を忘れてしまいますわ」


 思ってもないことをベラベラと。


「……は?」


「あっ、いえ。あの……今何を……?」


 つい、心の言葉がぽろり。

 それまでの緩い空気がピンと張り詰めてしまう。

 あくまでも戦場に咲く花を“護衛という建前で侮辱したい変わり者”としてやってきたのだ。


 本心がどうであれ、今だけでもその役を演じ切らなければ全てが終わり。

 最悪、運悪く事故に巻き込まれて死んだ者という役を与えられてしまうことに。


「……君は、この国の出身ではないと言っていたね」


「はい、先の戦いに参戦するため一昨日にこの国へと訪れました」


「ふぅむ。では仕方あるまい」


 努めて。冷静であれと何度も心の中で言い聞かせる。

 何かおかしいこと言いました? と、とぼけてやり過ごすのだと。


 明かりの無い中であるのに、一人一人の姿は妙にハッキリして見えて。

 床も壁も天井も真っ暗。黒く塗りつぶされているのか、やはり明かりが無いのか分からない不気味な部屋。

 化け物の体内にでもいるような不気味さを感じたのはそれのせいか。


 それとも――


「いいだろう。丁度、戦も終わり新しい身体になった時機だ」


「では……?」


「貴様は今この瞬間から花の護衛が仕事となる。精進せよ」


「ご期待に添えられるよう尽力いたします」


「連れていけ」


 面談終了。

 来た時と同じように目隠しをされ、兵士に連れられその場から離れることに。


 当然のように手は拘束され、足には枷がつけられ。

 これではまるで奴隷だ。そう思ったところで自由になるわけでもなし。


 その気になれば壊せるような代物でもないため、まさに籠の中の鳥。

 他国からの志願者であるからなのか、皆が一様にしてそうであるのか、それともモントゥであるからなのか。


「おい、まだなのか」


「まだだ黙っていろ。先に言っておくが、一応お前は国に仕える兵士にもなったわけだ。先輩には媚びておいた方がいいぞ」


 一体どんな趣味を隠し持っているのか。

 やたらとボディタッチの多い“先輩とやら”もよっぽど変わり者だろ。と、決して口にはしないが心の中で『似た者同士ですね、変わり者という意味では』と呟き。


「…………」


「チッ。悪かったさ、もうしねぇって」


 怒鳴られるのが怖いだけの小心者とするか、引き際を弁えている目利きとするか。

 扱いが雑になることもなく、必要最低限の接触だけに留め歩調すら合わせてくれるその態度。


 モントゥとしては後者であると判断することになった。

 恐らくは彼なりの距離の詰め方であり、軽いスキンシップ程度の認識であったたのだと思われる。

 いわゆる人との物理的な接触を苦としないタイプの人間である。


 舌打ちをしたのも、他人に対し自身の感情を隠そうと思わない言ってみれば素直な性格であると考えられる。

 媚びろどうこうのくだりは……軽い冗談みたいな?


「ほら、着いたぞ」


「なぁ、拘束具を外してくれないか? 何も見えないし」


「俺からは外すなって言われてるんだ。すまんな」


 そう言って勝手に開けられていく扉。

 ノックの一つもしないなんて。と思うのはモントゥだけなのであろう。罪人に対する態度なんてそんなものであるのだと、一つ学びを得られたとするしかない。

 なるべくこの国に紛れる必要がある以上、変に目立つのも良くないからだ。


 もっとも、革命組織レヴリィーから言われた注意事項の全てに従うつもりはないモントゥであるのだが。


「…………」


 居る。誰かが、ナニかがそこに居る。


「……誰? あなた誰なの?」


 初めて聞くその声は極上の快楽へと導いてくれた。


「ねぇ、痛い? 外してあげるね?」


 初めての憂いは極寒の地を独り彷徨う孤独な心を一瞬で温めてくれた。


「ごめんなさい。私のせい。これは……私のせいなんでしょ?」


 初めての謝罪は


「本日より護衛を任されましたリーベ・モントゥです。一生をかけて、あなたを御護りいたします」


 その決意をより固いものにさせる、胸の痛くなる言葉であった。

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