第4話 その一段はあっけなく
全てが腐っているように思えて。
通りすがる人の全てが。目に入る景色が。吸い込む空気が。
ただそこにいるというだけで吐きそうになってしまうほどに。
例外は一歩先を進むターデスラだけであり。
問答無用に暴言を吐き、罰と称し斬りかかるなんてことをしない程度には信用をしていた。
「いつまで連れ回す気だ」
「もう少し我慢してくれ。後悔はさせないからよ」
「…………」
つまらない誘いであったら即刻斬り捨てる。なんて、物騒な思考回路を持った人物が後ろを歩いていたとターデスラが知ったらどう思うのだろうか。
失望したのか。呆れたのか。笑って、許してくれたのだろうか。
もっとも、ifを並べたところで意味はないが。
「ここだ」
「娼館、だと……?」
今から大人の階段でも上るんですか???? とでも言わせたかったのかしらん、と。
「はいその剣を下ろしましょうね、マジなのはホントなんで」
「あくまでも話をするだけだと?」
「もちろん」
ふざけているのかと怒鳴り散らかしその場を去ってもいいはずであったのだが、未だ残っていたらしいモントゥの理性がそれを拒む。
真面目な話をする場であるとは到底思えないものの、この状況でここを選んだ理由がツマラナイものであるはずがないと。
改めて案内された娼館を視て。
外からの見た目は、およそ中で何が行われているのか想像できないほど普通。娼館であると見分けられる要素は扉近くに置かれた、世界共通の目印くらいのもの。
大々的な宣伝が飾られているわけでもなく。変に上品であればより目立ってしまうし、あえてパッとしない装いに留めているのか。
なるほど。
確かにきな臭い連中の溜まり場には適しているのかもしれない。と、おかしな点が多いからこそ。一つ一つそれを見つける度に頭が冷めていく。
「あら、そちらは初めてのお客様ですね。ご一緒にですか?」
「人数は多い方が良いだろう?」
「……えぇ、それには同意いたしますわ。ではいつもの部屋へどうぞ」
「君も後で来るといい」
「ふふ、冗談がお上手なんですから」
受付の際に手渡していた何かが仲間である証明書の役目を果たしたらしい。
顔馴染みである様子であったが、わざわざそうした手順を踏むのは顔の偽装などを警戒しているためか。
奥へと進んでいく途中ですれ違った男女。男はいやらしい手つきで女の尻を触り、女はそれを受け入れ男へと密着するようにしていて。
娼館なんて格好だけかもとも一瞬考えたものの、それらしいそういったサービスの提供もしているのだと改めて思い知らされる。
外とは違い中は豪華絢爛に装飾されていて。
勿論、声が漏れて聞こえてくるなんてこともなく、覗く隙間もなく。これでは中で何がなされているのか知ることはできない。
それこそ、秘密の作戦会議が開催されていた。なんてことがあっても誰も気付けないだろう。
まぁ、高級感そして清潔感の溢れるのに淫靡である矛盾を感じてしまうような雰囲気に包まれ落ち着けないモントゥでは、そんなことにすら気付けなかったわけであるが。
いくら気が強くても耐性の無い雰囲気を前にすればそんなもの。完全無敵の鋼の心臓を自称するには少しばかり経験が足りないと言わざるを得ない。
「この部屋だ。多分、これから何度も来ることになるから覚えとけ」
「わ、分かった」
いくつもの並ぶ扉を無視して最奥の一つ手前の部屋へと入っていく二人。
何の変哲もない部屋――
「に見えるだろ? でもな、ほらここ」
「……地下に行けるのか」
何を鍵にしてしているのか不明だが、ターデスラが床へ手を置くと段々に凹んでいき地下へと降りることができるのであろう階段が現れる。
若干カビ臭い空気のせいで顔を歪めることになったが、そこでようやく。
ぼんやりと霧がかっていた頭が冴えてくる。
後々に明かされることであるのだが、実は建物の中には少量の媚薬が霧散されていたのだとかなんとか。
前持っていってくれよ! と思う反面、前持って言うようなことでもないような気も。と、怒るに怒れないような秘密の開示がされていたり。
下りていく。
高鳴る鼓動。チリチリと鼻の奥が擦れるような不安。計り知れない期待。
新鮮な空気を吸えたことで緊張感が爆発的に広がってきてしまう。
のこのこと付いてきてしまったが、果たして正解であったのか。
正誤はともかく。素性の分からぬ者に連れられ娼館に入ったことがあるなんて経験は、おいそれと誰かに言えるような話でないことは間違いがないだろう。
自身がチョロ属性を持っていた事実に背筋が凍る。
そして、降りる。
最後の一段は驚くほどあっけのないものであった。当然だ。ただの階段なのだから。
「まぁ、そんな緊張することないさ。飲みに来たくらいの感覚でいい」
「馬鹿か。こっちの目的に合わない内容だったらすぐ帰るからな」
「……落ち着いたようで何より」
そう。
“戦争に咲く花と呼ばれていた少女を助ける”というのがモントゥの“やりたい”であるのだ。
さて、何も知らない街で出会った、何も知らない場所に。
本当にモントゥの求める何かがあるのだろうか。
果たして扉の向こうに待っているのは、希望か絶望か。
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