第3話 嗚呼、この国は腐っていた。


「――噂じゃ、罪を償っている最中なんだってよ」


「……大罪人の娘、か」


 どこまでいっても噂でしかないぞと。自身が持つ情報も所詮は誰もが知っているような情報でしかないのだと、そう念を押すターデスラ。

 誰に聞いても同じような内容の話という部分に少し違和感を持つのは、気にし過ぎなのだろうかと。

 噂であれ真実であれ、尾ひれの付けられた話がチラホラとあってもいいはずなのに。情報が統制されているのは誰かによる狙いであるのか……? などと深読みをしてしまうモントゥ。


 もっとも、質の悪い本の読み過ぎだと笑い飛ばされてしまったが。


「なぁ、気になるなら見に行くか? いつもあそこに来るんだよ」


「本当かっ!?」


「喰いつきエグ……」


 つまらぬ妄想よりも現実にある理想。

 あの少女をもう一度見れるのならばと早速とばかりにターデスラの指差した方向へと走り出していくモントゥ。

 詳しい場所も分からないのに行動力だけは一人前であり、それ故に厄介であり。


 ただでさえ数歩離れれば人混みに溶けて消えていくほどに人で溢れているのだ。連絡手段も確立できていない現状ではもう一度会えるのかすら微妙。

 暴走気味の足を止める方法は何かないかと思案しつつ、急いで特徴的な跳ねた寝癖を目印に追いかけていくターデスラなのであった。


「……あれ?」


「どうしたよ相棒」


「あの、生きてるの……? あとあんたの相棒になった覚えはない」


「あー、まぁ生きてるだろ、そりゃ。生きてなきゃ何度もできる作戦じゃねぇからな」


「でもさあ……」


「あ、来たみたいだぞ」


「マジか」


 生死の疑問など本人が現れてしまえば疑問ではなくなってしまうのは当然のこと。どうやって、という新しい疑問が生まれてくるのだが、それを解決するための彼女に関する情報を知らなさ過ぎた。


「思ったよりも人だかりにはならないんだ」


「ま、目立たない場所を俺が選んだからな」


 ちょっと離れているから、と説明をされ少しばかり不満を持ってしまうのは仕方がないだろう。

 楽しみしていた瞬間は、誰しも近くで見たいと思うものなのだから。


「わざわざ近づいてみようとする熱心なファンなんて俺達くらいってことなんだがな」


「へぇ……?」


 ならどうして目立たない場所を選んだのか。その理由はすぐにでも思い知ることになる。


「いいか? 近くにいるのはあんたみたいに初めて見る奴か、事情を知った上で笑いに来た物好きばっかだ」


「笑いに……――」


 と、ターデスラが言っていた扉が開いていくのと同時。

 笑いに来た物好きしかいないというその意味を知ることになる。


「………………皆様。本日も、申し訳ありませんでした」


 発したのは謝罪の言葉。だが、注目すべきなのはそこじゃなかった。


「……本当に、申し訳ありませんでした」


 服を着ていない。殴られたのか全身の至る所が赤く変色していた。

 人として扱われていないことが一目で分かる姿に驚きを隠せない。


 顔は確かに戦場で見かけたあの少女。しかし、あの時に感じた人間味の無い不気味さなどはなかった。


 寧ろその逆。


 およそ格好はその限りではないが、ばつの悪そうなその表情や滲み出る後悔の想いはまさに同じ人間のもの。


「ぎゃはは! んなもん見せてんじゃねーよ!」


「ホントに反省してんのかよ? クズの子供はやっぱクズなんだよなぁ!!」


 その光景に目を見張る。

 程よく熟れた手頃な果実を的当ての如く投げつけるその姿。わざわざかき集めたのであろう投げやすそうな石を遠慮もなしにぶつけようとするその姿。


 なんだこれは。


 この状況を理解できない。理解したくない理解してはいけないと脳が映像の処理を受け付けない。


「大きな声じゃ言えないが、気分悪いだろ? だがこれがこの国の常識だ」


 異常だった。


 我先にと少女の身体をけがしていくのが常識?

 こちらもどうぞとタダ同然の値段で果実を売り歩く商人がいるのが常識?

 人を殺す威力を誇る投擲を笑って見ている人達がいるのが常識?


 血を流す少女を笑う人間が? 娯楽の如く時間を消費する人間達が? 止めようとしない人間が?


「ダメだ。今は行くな」


「離せよクズが」


 身体が動き出すと同時、それを予想していたらしいターデスラに肩を掴まれるモントゥ。


「今行けばあんたは国の敵になる」


「あのを助けられるのならいい」


「それは無理だ。絶対に助けられないからな」


「なんだと……!」


「よく考えてみろ。これだけの醜態を晒しておいてあんたみたいな人間がゼロだったと思うか? 思わないよな。なのに結果は見ての通りだ。誰一人として救えていないんだよ。自分は特別だとか思わない方がいい」


 納得できるはずがない。


 が、納得せざるを得なかった。


 怒りに燃える身体になった状態であるのにターデスラはその肩を離すことがなかったからだ。

 己の火傷を気にしないその姿から、本当に自身の身を案じているのだと理解させられる。


「少し離れよう。話がある」


 その身一つで飛び出していくことはないと判断したらしいターデスラは、騒がしさに紛れその場を離れていき。

 多少冷静になった頭が再び沸騰する前にと、モントゥもその場を後にする。


 そこに住む人間は全て。

 そして、飛ぶ鳥までもが汚染されていた。


「おいおい、お前いつから鳥の便所になったんだよ? ……笑い疲れちまうじゃねーか!」


「おらっ! 鳥便所就任記念ってやつだ喜べ!」


 嗚呼、そうか。

 この国は腐っていたのか。


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