第9話 平穏を楽しむ

 ビサイン帝国が戦争を仕掛けてくるのではないかという不安から、ルデナム王国の騎士達が村を守ってくれている安心感を村人たちが抱いている中、僕は普通にいつもの生活を続けていた。今日も畑仕事に行こう。


 そんな時、トルベンに呼び出しを受けた。大事な話があるというので、村から少し離れた場所に一人で来てほしいとの事。何の話だろうか、最近ちょっと疎遠になっていたから思い当たる節がない。


「クルト」


 言われた通り待ち合わせしていた場所に来てみると、先にトルベンが待っていた。僕と同じように彼も一人で待っている。いつもは取り巻き達と一緒に居ることが多くて、彼が一人だけの状況は珍しかった。


「どうしたの? 神託を受けたいのかい?」

「いや、今日は違う」


 彼が僕を呼び出す理由が分からなかった。一番に思い当たるような理由としては、やはりレベルアップするために神託の儀式をお願いされるんじゃないか、という事。でも違ったようだ。じゃあ、何だろう。


「俺はもうすぐ、この村を出ていく」

「え?」


 真剣な表情を浮かべながら僕に鋭い視線を向けてトルベンが口にする。突然の告白だった。


「実は、テルム様に王都へ連れて行って貰うことになったんだ」


 トルベンの話を聞いていて、テルムって誰だろうと一瞬だけ思ったけれど、すぐに思い出した。たしか、ルデナム王国の騎士が村にやってきた時に、僕を詰問してきた人物だったはず。その時に、そんな感じの名前を名乗っていたのを覚えていた。


「王都に行くのか。でも、なんで連れて行ってもらうことになったの?」

「あぁ、それはだな。テルム様に実力を見いだされて、俺は騎士になるのを勧められたんだ」


 騎士になるために、テルムに連れられて王都に行くことになったらしい。トルベンが嬉しそうな表情を浮かべて知らせてきたので、僕も喜ぶ。


「それは、良かったじゃないか! 騎士になるのが夢だったんだろう? お前の夢が叶うのか」

「お前のおかげだ」


「僕?」

「色々とお世話になった」


 お世話とは、どの事だろうか。一緒に特訓して経験値を稼いだ事だろうか。でも、アレは経験値の取得方法について調べていた結果だから、色々と調べる実験台として自覚ないまま協力してもらったから、お世話になったのは僕の方だったりする。


「俺が騎士になるのを夢見るキッカケをくれたのは、お前だった」

「なにかやったっけ?」


 まったく身に覚えがない。僕は彼に、なにかキッカケを与えるような事をしたのか。思い出そうとすると、彼が答えを教えてくれた。


「昔、お前は俺たちに伝説となっている騎士の物語を語ってくれただろう。その時に聞いた物語で、俺は騎士という存在に憧れるようになった」

「あぁ、そんな事もあったな。思い出した」


 遠い昔、経験値について色々と検証していた頃。物語を聞いたりするだけでも経験値が稼げるのかどうか調べるために、トルベン達に色々なお話を語って聞かせたのを覚えている。そして、しっかりと経験値を取得できた事も確認できた。


 物語やら話を聞くだけでも経験値を稼げるんだな、と驚いた記憶がある。その後、繰り返し聞いても経験値は得られない事が分かり、知らない話じゃないと意味が無いと知って、そんなに甘くはないかとガッカリした。


「それから俺たちは仲良くなって、特訓もお前にお願いするようになった」

「そうだったね」


 そんな昔話をしていると、唐突に彼は話題を変えた。


「すまん、お前の手柄を勝手に奪って。ビサイン帝国の兵士を倒したのは、お前なんだろう?」

「いやいや、僕の仕業じゃないよ。トルベンがやったんじゃないの?」


 トルベンは、何故か僕の仕業という事を確信して聞いてきている様子だったが、村では彼のお陰という事になっているので僕は知らないフリを続ける。


「俺はやってないよ。でも村の中では、俺がやったって事になってる。テルム様にも褒められて、それで騎士になるのを勧められたんだ」

「何度も言うが、僕じゃないよ」


 そういう事なら、僕は徹底的に知らないフリを続けることにした。何度聞かれても僕は認めることはない。しばらく沈黙が続いて、トルベンが口を開いた。


「お前も、一緒に来ないか?」

「いや、僕はこの村での生活を続けるよ」


「どうしてもダメか? 王都に行くと、お前なら絶対に騎士に成れると思うんだよ。俺なんかよりも確実に」

「僕は行かないよ」


「……そうか、分かった」


 繰り返し誘われるが、断る。本当に残念そうな顔で分かったと言うので、ちょっと罪悪感があった。だけども、王都に行って騎士になりたいと思っているのはトルベンだけ。僕は今の生活にようやく慣れてきて、新しく作った畑の管理もして作物を育てたいから、王都に行きたいとは思わない。


 薄情なようだがトルベンとは友達なだけで、僕は僕で生きたいように生きていこうと考えていたから。彼の誘いをきっぱりと断る。


「ニコラとフレート達は連れて行くが、まだ幼い子は村に残していくよ。後の面倒はお前に頼みたい。俺からも、クルトの言うことを聞くようにと言っておくから」


 彼は一人だけで行くんじゃなくて、村にいる仲間を何人か連れて王都へ向かうようだった。その中で、幼い子は残して僕に任せるらしい。勝手に、そんな事が決まっていた。でも村を出ていく彼のために、それぐらいは引き受けないとね。


「君のように、彼らのリーダーには成れないとは思うけど。まぁ、彼らに頼られたら助けるよ」


 なんだかんだ言って慕われていたトルベンだから、彼らも言うことを聞いていた。僕に務まるかどうか、ちょっと心配で面倒そうだ。


「それじゃあ、この村の平和はお前に任せた」

「出来る限りのことはするよ」


 じゃあね、と僕らは別れを告げた。そして翌朝、トルベンと何人かの少年達は騎士達と一緒に村を出ていった。彼の誘いを断って村に残った僕は、いつものように畑の仕事に出かけていく。平穏な日常がまた始まった。

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