第3話 ご近所付き合い

「おはよう、シャルさん。今日も元気ねぇ」

「おはようございます、マルカさん」


「ございます」

「まーす」


「コラ、2人とも。ちゃんと挨拶なさい」


 3人がダンジョンに向かっている途中に出会ったのは、近所に住んでいるマルカという女性。人の良さそうなおばさんが、優しく声を掛けてきた。


 シャルロットは足を止めて、丁寧に挨拶をする。彼女は、ご近所付き合いを非常に大切にしていた。子供たちが適当に挨拶しているのも注意する。


「「おはようございまーす」」


 注意された姉弟2人は、声をハモらせて改めて挨拶する。語尾を伸ばし、ちょっとふざけ気味だったが。


「ふふっ、仲良しね」

「仲良しだよ」

「仲良くないです」


 マルカの感想を肯定するミラベールと、否定するベリル。2人の意見は、真っ二つに分かれていた。


「「んー!」」


 お互い納得のいかない答え。唸り声を上げてにらみ合う。そんな子供たちの様子を微笑ましそうに見つめていたマルカだった。


「ところで、今日も皆でダンジョンに行くの?」

「はい、そうです」


 シャルロットが鎧で完全装備している姿を上から下までジッと眺めながら、マルカは尋ねた。行き先は案の定、ダンジョンだ。


「気を付けてね」

「ありがとうございます、行ってきます」


 マルカおばさんは冒険者ではなく、ごく普通の一般人で主婦だった。シャルロットの強さは当然知らないけれども、噂では聞いた事があったので心配は少ない。だから気を付けて、と言って彼女らを見送る。


「ミラちゃんもね」

「はーい」


 マルカおばさんは、子供たちにも注意をするように言って聞かせる。まさか、子供たちの方が母親よりも強力な力を持っているとは、夢にも思わないだろう。


「ベリルくんも、大丈夫かな」

「っす……」


 声を掛けられたベリルは、ぶっきらぼうに返事する。

 近所に住む人に見送られながら、三人はダンジョンのある場所へ出かけていった。



***



「この辺も、活気が出てきたわね」

「いっぱい、人が増えたね」

「多すぎて、うざったいぜ」

「もう、そんな事は言わないの」


 3人は大通りを歩く。道の左右で露天を開いている商人と客が商談している様子を眺めながら先へと進んでいた。


 ちょっと前までは、見れなかった光景。最近、外から商人が戻ってきた事によって見れるようになった景色だった。


「シャルロットさん! いい商品が入ってるよ! 買っていかないかい?」

「ごめんなさい。これから、ダンジョンに向かうの。帰りに寄れたら、商品を見させて頂戴」

「おぉ! 仕入れに行くのかい。頑張ってくれよ。我々商人は、シャルロットさんの働きのおかげで生かせてもらってるからなぁ」


 シャルロットが通りを歩いていると、商人の1人から声を掛けられた。そんな会話をしていると、周りからどんどんと人が集まってきた。


「シャルロットさん、ダンジョンに行くんだって? コレを持っていってくれ」

「え? こんな高級なポーションを頂いても、宜しいんですか?」

「あぁ。その代わり、ダンジョンから無事に行きて帰ってきてくれよ」

「ありがとうございます」


 商人から無料でアイテムを受け取るシャルロット。感謝の言葉と笑顔を向けると、アイテムをタダで渡した商人は満足そうな表情で離れていった。


「「「シャルロットさん!」」」

「わ!? あ、ありがとうございます」


 集まってきた商人から次々と、アイテムをタダで渡されていくシャルロット。流石に貰いすぎて、困惑気味の表情だった。


「母さん、ちゃんと断って。どんどん商人の奴らが集まって来るよ」

「そ、そうね」


 近寄ってくる商人に面倒くさそうな視線を向けながら、小声で母にアドバイスするベリル。彼の指示に従って、どんどん集まってこようとする商人たちを大声で止める事にしたシャルロット。


「も、もう持てないので。お気持ちだけで結構です! ありがとうございます!!」


 両手で抱えるほど沢山のアイテムを受け取ったシャルロットは、もう貰えないからと更に集まってきそうな商人に向けて伝えた。そして、大通りから早足で離れる。


「こんなに、貰っちゃった」

「ママ、モテモテだね」


「うーん、モテモテというよりも役に立つ人だから、だと思うわよ」

「そうなのかなぁ」


 大通りから先に進んで、ようやく静かになって落ち着くことが出来た。少し前に、品不足だった商業都市に大量のアイテムを持ち帰ってきて、商売を再開できるようにしたという出来事があった。その結果、この都市にいる多数の商人達から頼りにされるようになった。


 そんな商人達は見返りを求めて商品をプレゼントしてきたのだろうな、完全な善意では無いだろう、とシャルロットは考えていた。


 商人からのご厚意で受け取ったポーション等を、アイテムボックスの中に収納していく。アイテムボックスという空間魔法で創造した“どこまでも広がっていく空間”の中に、手持ちのアイテムを自由に保管する事ができた。


 商人達から受け取った、アイテム量の多さに苦笑するシャルロット。


 これからダンジョンに潜ってドロップ品を集めに行こうとしているのに、出発前に沢山アイテムを手に入れてしまった。これだけの量を受け取ると、アイテムボックスを圧迫してしまう。もっと空間を広げることも出来るけど、より多くの魔力が必要になってくる。


 一旦、家に帰ってボックス内を整理してから出直すべきだろうか、とシャルロットは少し悩んでから結論を出した。


「ま、いっか。ダンジョンに行きましょう」

「うい」

「行こう、ママ」


 今から家に戻ろうとするなら、さっき通ってきた大通りの道をもう一度通ることになるだろう。そうすると同じことの繰り返しになりそうだったので、今日はこのままダンジョンに向かう事にしたシャルロット達だった。

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