第2話 出勤

「美味しかったよ、シャル」

「お粗末様です」


 食事を終えたバハドゥートに、そっと温かなお茶を差し出したシャルロット。2人は落ち着いた様子で、朝の時間をゆっくりと過ごしていた。


「美味しかったー」「まぁまぁだったー」


 子供たちも食べ終わって満足げだった。そんな2人を嬉しそうに微笑んで見つめるシャルロット。


「いっぱい食べたくせに、まぁまぁ、だなんて文句を言っちゃ駄目だよベル」


「ベルって呼ぶな、ベリルだ。それよか、姉ちゃんの方がいっぱい食べてたよ」

「っ!? それは、言わないでよ」


「やっぱ、太るんじゃないかよ。そんなに食べると」

「ミラはデブじゃないもん。食べても太らない、って聞いたもん」


 食事を終えた後も、元気よくじゃれ合っている姉弟を見守りながら、シャルロットがバハドゥートに尋ねた。


「バルさん、今日も会合の方に参加ですか?」

「うん。どうやら、頼りにされているみたいだからね。シャルは、ダンジョンの方に行く予定なのかい?」


「はい、そうです。3人で行ってきますね」

「すまない。私だけ家族と一緒に行けなくて。君の願いを全然聞いてやれていない」


「いえ、全然! 朝晩、一緒に過ごせるだけでも満足ですよ」

「そうか、ありがとう。いつか必ず埋め合わせをするよ」


「はい! 楽しみに待ってますね」


 バハドゥートとシャルロットの2人がそんな夫婦らしい会話を繰り広げていると、扉がノックされる音が聞こえた。誰かが家に訪問してきたようだ。


「バルさん、おはようございます! カイです」

「おはよう、カイくん。早かったね」


 家を訪れたのは、カイと言う名の青年だった。バハドゥートを呼びに、彼の家に朝早くやって来た。


 急いできたのか額に汗を流しているカイを家の中に招き入れて、訪問の理由を聞くバハドゥート。


「ジェラルド様が、商業都市について早く会議を行いたいと」

「なるほど。わざわざ呼びに来てくれたのか。すまないね」


「いいえ、全然問題ないですよ!」

「わかった、すぐに行こう。ちょっとだけ待っていてくれ準備する」


「はい! 待機してますね」


 席から立ち上がり、会議に必要な物を取りに自室へと戻るバハドゥート。


「せっかく家に来て下さったので朝食でも振る舞いたいのだけれど、急いでいるんですよね? 食べてる時間も無さそうですか?」

「うぅぅぅ、シャルロットさんの手料理……。本当に残念ですが、食べている時間も無さそうなので。お気持ちだけ、ありがとうございます」


 シャルロットの気遣いに、本気で残念がるカイ。流石に、仕事を放り出して食事をしている時間がない。


「また、時間がある時に来て下さい」

「はい! 是非!」


 力強く頷いて、シャルロットの提案を喜ぶカイだった。


「待たせた、カイくん。行こうか」

「はい」


 準備を終えて、戻ってきたバハドゥート。そのまま玄関に向かって、カイを引き連れて歩いていった。


「それじゃあ。子供たち2人の世話は頼む。何かあったら、アレで呼び出してくれ。心配ないと思うが、ダンジョンに行く時は気をつけてな」

「はい。いってらっしゃい、バルさん。カイさん」

「どうも、失礼しました!」


 家を出ていくバハドゥートを見送って、シャルロットもダンジョンに向かう準備を始める。


「それじゃあ、朝食の後片付けを済ませたら今日も皆でダンジョンに行きましょう」

「行くー」

「えー、今日はパスかな。俺は、家でゴロゴロしときたい」


 喜ぶミラベールと、面倒だと拒否するベリル。


「……」

「う」


 拒否したベリルを、黙ったままじーっと見つめるシャルロット。たじろぐ弟だったが、一緒に行くと口には出さない。


「……ママと一緒に行ってくれないの?」

「ぐっ」


 更にシャルロットは涙目になって懇願するような視線を向けるが、ギリギリ耐えるベリル。しかし、無視し続けるのも苦しくて呻き声を上げた。


「……」

「チッ。……あーもう、分かったよ、一緒に行くよ!」

「やったー」「やったー」


 ミラベールも一緒に加わった視線の重圧、シャルロットの泣きそうな表情にベリルは耐えきれなくなって、ダンジョンへ一緒に行くと遂に観念した。そんな彼の言葉を聞いて喜びの声を上げる母娘。


「すぐに後片付けを済ませるから、2人はダンジョンに行く準備をしておいて」

「はーい」「うぇーい」


 素直に返事をするミラベールと、適当に返事をするベリルだった。




***



「それじゃあ、今日も皆でダンジョンに行きましょうか」

「えいえいおー」

「おー」


 ガチガチの全身鎧装備を身につけて、背中には身長と同じ長さの大剣を担いで準備万端の状態で外に出てきたシャルロット。


 やる気いっぱいのミラベールは可愛らしい杖を手に持っているだけ。やる気がない声を出すベリルは、手に何も持っていなかった。


「2人とも、またそれで行くの? 装備は無くて大丈夫?」

「俺は、この拳があれば十分よ」


 心配そうに聞いてくるシャルロットにグッと握りこぶしを作って、彼女の目の前に差し出すベリル。


「それより母さんは、装備でガチガチにしすぎじゃない?」

「ベリル、人間は脆いんだからちゃんと固めないと死んじゃうんだよ」


「いや、それにしてもガチになりすぎだと思うけど」

「うーん、そうかしら」


 指摘されて、改めて自分の身につけている鎧を確認してみる。今まで、こんな装備を身にまとって戦ってきたから、違和感はない。


「ママ、かっこいいよ!」

「ありがとう、ミラ」


 褒めてくれるミラベールの言葉を聞いて、喜ぶシャルロット。


「まぁ、どうでもいいや。行こうぜ」

「そうね行きましょう」

「しゅっぱつー」


 そして家族3人は、都市の近くにあるダンジョンに向かって歩き出した。

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