幸せな日々

第1話 とある家族のお話

 商業都市ウィシュトシュタに、とある4人家族が住んでいた。その一家は商業都市の住民ならば誰もが知っている、有名家族として評判だった。


 彼らは、ある日突然ふらっと現れて、ウィシュトシュタで問題になっていた素性の知れないゴロツキ集団を成敗して問題を解決した。それだけでなく、活動できる人員が不足していて依頼が溜まっているのに業務を停止していた冒険者ギルドを再開させたり、商業都市なのに品不足に陥っていて正常な売買が出来ていなかった状況を一変させたりした。


 もしも彼らの存在が無ければウィシュトシュタは今頃、消滅していたのではないかと言われるほど。彼らは、この商業都市にとって無くてはならない一家だった。


「みんなー! 起きて、朝ごはんよ」


 女性の声が部屋の中に響く。彼女の名はシャルロット。かつて世界を救った経験もある歴戦の勇者だった。そして今は、ある一家の母親をしていた。


「ん。おはよう、シャル」

「おはようございます、バルさん」


 シャルロットの呼ぶ声を聞いて、部屋から出てきた男性。彼の名はバハドゥート。見た目は30歳ぐらいの男性なのだが、それは仮の姿。実際の姿は数百メートルもの巨体を持つドラゴン族であった。過去に勇者と戦いを繰り広げて、討伐されたという経験を持つ。


 討伐をしたのは、目の前にいる彼女ではない。2人は、別の異世界からやって来て出会った。そして、成り行きで家族になった。


「今日も美味しそうなご飯だ。ありがとう、シャル」

「いいえ、それほどでも」


 テーブルの上に並べられた、美味しそうな料理の数々。ストレートな感謝の言葉を伝えるバハドゥールに、頬を赤らめながら謙遜するシャルロット。


「子供たちは、まだかい?」

「すぐに降りてきますよ」


 この2人、周囲には夫婦という関係だと説明して一緒に暮らしていた。美男美女で近所の人からも羨まれるような、仲の良さを見せている。


「ん……、ママ、ご飯?」


 まだ眠り足りない、というような寝ぼけた声。真っ白な髪をした幼い女の子が階段の上から降りてきた。


「おはようミラ、朝食の準備が出来てるわよ」

「やった、おはよう!」

「はい、おはよう」


 シャルロットの返事を聞いて目を覚まし、嬉しそうな表情を浮かべて喜ぶ。彼女の名はミラベール。彼女も見た目通り普通の人間、という訳ではなかった。かつて世界の管理を任されていた天使である。


 そんな彼女は今、母親という関係を築くことになったシャルロットに抱きついて、朝の挨拶を済ませた。高身長であるシャルロットに対して、小さな身体のミラベールが腰に抱きついていると、本当に母親と幼い子供のじゃれ合いにしか見えない。


「ほら、ご飯が冷めちゃうから食べましょうね」

「はーい」


 シャルロットの言うことをしっかり聞いて、自分の席に座ったミラベール。残り、あと1人だけ朝食の時間に遅れて、来ていない。


「ふぁー、あさごはん?」


 あくびをして、寝ぼけ眼で起きてきたのは4人家族の残り1人。彼の名はベリル。面倒くさそうに歩きながら、部屋の中に入ってきた。しかし、席に座るミラベールを見て彼は大声を上げた。


「あ! 姉ちゃん、また俺の席と間違って座ってるって!」

「え? あ!? ち、ちがうよ。ここはミラの席だもん!」


 指差して、コッチが自分の席だろうと間違えを正すベリル。まだ大人には成りきれていない青年というような外見をしていて、精神的にはまだまだ幼い様子の彼。


 指摘されたミラベールはソワソワしながら反論した。まだ幼い女の子という容姿の彼女、ベリルの方が年上で兄のようにも見えるけれど実際は逆である。ミラベールが姉で、ベリルが弟というのが正しい関係だった。


「こらこら、朝から喧嘩しないの。席は決めてないんだから自由に座って」

「だって、母さん!」「ママぁ!」


 子供同士の喧嘩の仲裁に入るシャルロット。いつもは見守って、激しい喧嘩になる直前までは様子を見る彼女も、朝だから時間もなくて急いで収めようとした。だが、子供たちは聞きやしない。


「バルさんからも、子供たちに言ってやって下さい」

「喧嘩しちゃ駄目だぞ」


「ハァ? 悪いのは姉ちゃんだし。俺の席にある大盛り飯を食う気かよ。太るぞ」

「天使はいくら食べても太らないし、大丈夫だもん! ベリルこそ悪魔のくせして、人間の料理を美味しそうに食べないでよね!」


「あ! コイツ母さんの作ってくれた料理を馬鹿にしたぞ」

「してないもん! ベリルは、ご飯食べちゃ駄目だからね」


「なんでだよ!? 俺は、育ち盛りだから良いんだ。いっぱい食べてもよぉ!」

「んぐぐぐっ!」


 歯噛みしてベリルを睨みつけるミラベール。朝からワイワイと家の中は騒がしい。主に姉のミラベールと、弟のベリルの2人が原因なのだが。


「それ以上、うるさくすると朝ごはん抜きにするわよ」

「「……」」


 遂に最終手段である、ごはん抜きという言葉を口に出したシャルロット。彼女が、真剣な表情でそう言った瞬間、黙り込んで静かになった姉弟。


 この場では、胃袋を掴んでいる母親が一番強かった。腹ペコ状態では天使も悪魔も勝てない。


「ほら、ちゃんとベリルのご飯は大盛りにしてあげるから。大人しくなさい」

「フン。仕方ねぇなぁ……」


 母親に宥められて、姉との言い争いを止めて渋々と席についたベリル。よくある、いつもの光景だった。


「それじゃあ、皆も揃ったし飯を食べようか」

「メシー!」「メシー!」

「いただきます」


 皆をまとめて朝食を始めるバハドゥート、元気よく食事を開始する姉弟ミラベールとベリルの2人、手を合わせて行儀よく食事を始めたシャルロット。いつもの通り、家族が仲良く過ごす光景だった。

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