第5話 事情説明

 アルチバルドという老人に案内されて、俺たちは建物の中を歩いていた。その後に続いて、学生たちが歩いている。


「どうしよう、結城?」

「結城くん、私たちこれからどうしたら?」

「あのおじいさんに、ついていっても大丈夫なのかな?」


 不安そうな表情の学生たちは、一人の青年の周りに集まって質問していた。中心にいる青年は、どっしりと構えた様子で答えた。


「今はとりあえず落ち着いて、あの老人の話を聞いてみようよ」


 先程、アルチバルドと話し合っていた学生服の青年。彼が学生たちのリーダー的な存在のようで、頼られているみたいだ。慌てないで堂々とした姿を見せながら彼は、たった一言でパニックを起こしそうだった学生たちを落ち着かせていた。


「やっぱり、これって漫画や小説でよくある異世界召喚ってやつじゃないの?」

「だよね?」

「馬鹿だな。こんなの夢だよ、夢。ありえない」

「テレビで見たことあるよ。集団心理とかってやつ? それで幻覚を見てるとか」

「いやいや、これはリアルすぎるって。あれとか本物じゃね? ここは現実だよ」

「ということは、マジでクラス召喚ってやつ?」

「それだと少なくない? 高橋や田中とか居ないし。後ろに、大人たちも居るよ?」

「誰だろう? あの人たち」

「巻き込まれたのかな?」

「どうだろう……?」


 先頭には学生の男女が集まっていた。仲良く騒いで、よく聞こえる大声で会話していた。その集団から少し離れて、スーツを着た大人も一緒に後をついて歩いている。俺たちは学生組と違って何も話さず黙ったまま、前に進む。


 学生が15人ぐらいで、大人たちは5人だけ。学生たちは知り合いのようだった。だが、大人たちの方は面識がない。俺以外に、他の4人も知らない者同士。


「……」

「……」

「……」


 俺たちの周りをぐるりと囲うようにして、法衣のような衣装を纏う者たちが黙々と歩いていた。まるで犯罪者の護送のようだ。逃さないようにしているみたいだなと、俺は感じていた。


「勇者の皆様、どうぞこちらへ」


 いくつもの石像が並べられた威厳溢れる雰囲気のある廊下を進み、大きな扉がある部屋に通される。十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間だった。ここが、説明するために用意していたという部屋か。


 その部屋の内装も、例に漏れず煌びやかな作りだった。


「ご自由に座って下さい。長い話になりますので」


 アルチバルドに指示されて、俺たちは適当な席に座ることになった。長い話になるらしい。少しでも情報がほしいので、話の途中を聞き逃すことは避けたい。


 面倒だなぁ、と思いながら入ってすぐにある席に腰を下ろした。




「さて、あなた方は現在なにが起こったのか理解できず混乱していることでしょう。一から説明をさせて頂きますので、まずは私の話を最後までお聞き下され」


 そして、アルチバルドというジジイの口から長ったらしい歴史の話を聞かされた。俺たちが今いるらしい、マンドスシリアという国について。


 簡単に要約すると、こうだった。


 この世界は、マイアドナという名前で呼ばれている。マイアドナという世界には、人間種、亜人種、それから魔人種と呼ばれる3つの種族が存在しているらしい。


 そのうち、人間種と魔人種、2つの種族は何百年も戦争を続けているという。常に人間種は魔人種に攻撃され続けて、何度も滅亡の危機を迎えているそうだ。


 そして最近、各国で異常事態が多発しているという。それは人間種が滅亡の危機に瀕する前兆。このままでは、人間種が滅んでしまう。


「そこで我々は、アプロディーティアという女神に救いを求めました。人間の滅亡を避けるためには一体どうすればよいのか、と聞いたのです」


 黙って話を聞いていたら、段々と胡散臭い話になってきたな。この世界についての説明を話し始めた最初から、目の前のジジイは胡散臭かったがな。


「偉大なる女神は我々に、世界の危機を救ってくれる勇者を召喚する方法について、神託として授けて下さいました。あなた方の世界は、我々の世界より上位にあって、例外なく強力な力を持っているそうです。あなた方には是非その力を発揮して頂き、魔人種の容赦ない侵略から人間種を救って頂きたい」


 説明を終えると、アルチバルドは俺たちに向かって深々と頭を下げていた。お願いしますということか。


 突然の話に、静まり返る大広間。


 勝手に俺たちを召喚しておいて、俺たちには関係ない世界を救ってくれだなんて、誰がそんな面倒なことを引き受けるのか。誰も返事をしない。


「……ひとつ、聞きたいことがある」

「なんでしょうか?」


 そんな状況の中、最初に口を開いたのは、結城と呼ばれていた青年だった。彼は、片手を挙げて質問する。アルチバルドに聞きたいことがあるらしい。


「僕たちは、このマイアドナという世界から自分たちの世界に帰ることは出来るのでしょうか?」

「……非常に申し上げにくいのですが、あなた方の帰還は現状では不可能です」


 アルチバルドの答えを聞いて、元の世界に戻ることは出来ないことを知らされた。先程まで静かだった大広間が、一気に騒がしくなった。


「そんな、無責任な!」

「勝手に召喚しておいて」

「早く、俺たちを元の世界へ戻せよッ!」


 元の世界には帰れないということが判明して、激しく糾弾されるマイアドナ。俺は騒ぎに参加せずに黙って、彼らの様子を眺めていた。


「皆、落ち着いてくれッ! まだ、質問したいことがある!」


 そう言って、結城は騒ぎを鎮めた。学生組だけでなく、大人たちも彼の言葉を聞き素直に従って黙った。


「何でしょうか?」


 静かになった大広間に、アルチバルドの声が響く。結城と2人で会話する。さて、次に彼はなんと質問するのかな。


「”現状では不可能”と言っていたけど、どうにかすれば元の世界に帰る方法がある、ということ?」

「その通りです」


 元の世界に帰る方法が存在している、という希望を知って大広間が騒がしくなる。だが、その方法とは。どうするつもりなのかな。


「魔人種は人間種と比べて、様々な知識を持っていると言われています。そして彼らは、召喚とは対となる帰還についての技術も把握していると言い伝えられています。つまり、彼らと戦い技術を奪えば帰還する方法を知ることが出来るかもしれない」


 なんとも、都合の良いことだ。つまり元の世界へ帰るためには、魔人種と戦って、彼らの技術を奪い取らないと帰れないらしい。召喚した俺たちを戦わせるための理由にしか聞こえないが。


「話を聞いたか、皆! どうやら僕たちは、魔人種と戦わないと駄目な運命らしい。魔人種から帰還の技術を奪取しなければ、元の世界へ帰ることは不可能。けれども、可能性はゼロじゃない。だから僕は、戦おうと思う」


 ギュッと、拳を握って結城は宣言した。僕は戦うつもりだと、召喚された者たちに向かって力強く告げていた。そんな彼に感化されて、学生たちが立ち上がる。


「お前がそう言うなら、俺もやるぜ」

「何もしなければ、元の世界に帰ることが出来ない。なら、やってみよう」

「頑張ろう、結城!」


 異様な盛り上がりを見せる学生たち。当然の流れだ、という風に結城という青年に皆が賛同していく。


「子どもたちが、あんなにやる気を出しているんだ。我々も」

「そうですね。大人である私達も、やりましょうか」

「元の世界へ帰るために!」

「……」


 大人たちも、結城という青年に影響されたらしい。かなりのやる気を出している。俺は冷ややかな視線を向け、やる気を出している者たちを眺めていた。

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