22 抗戦と更なる疑惑

 顔面に黒鉄の拳がぶつかり、スピュートは後方に転がっていき、室内にある木製の丸テーブルにぶつかる。

 テーブルの脚は簡単に折れてしまい、丸い天板がへたり込むスピュートの前に落ちた。

 その天板にアースカが追撃にと放った矢が三本、突き刺さった。

 スピュートはその天板を片手に持ち上げて立ち上がり、盾のように構えて再び武志に向かって駆け出す。

 先程食らった一撃は過信と予想外による失態だった。

 スピュートの狙いは、通りへ出ていこうとするふらつく武志ではなくその先にいる弓使い──アースカだった。

 それ故にスピュートは魔素を使わずに己が持つ元々の俊敏性のみで武志をすり抜ける算段であった。

 武志の魔素による外装が硬く厄介なところに援護射撃まであったとなると面倒であると踏んだところの優先順位であった。

 予想外だったのは、武志が黒鉄の外装を拳に纏ったところで速度まで増したことである。


「魔素を全身に纏うとは、正気か!? やっぱり気持ち悪いな、テメェは!」


 今度の突進は完全に武志に向けてのものであった。

 効果時間は短いが、魔素によりスピュートは加速する。

 テーブルの天板が盾となり武志の眼前に迫っていた。

 天板が目隠しとなってスピュートの姿、本命である槍の動きが見えない。

 見えない、スピードを追えないとなると武志のやれる事は一つだった。

 正面切って殴りつける。

 武志は再び、左足を踏み込んで右腕を大きく振りかぶった。


 木製の丸い天板は、黒鉄の拳に簡単に打ち抜かれる。

 拳の形に打ち抜かれた天板はそこから縦に割れていき──その影から槍の先端が現れる。

 真っ向からぶつかる鉄製の槍と黒鉄の拳。


「クソがぁ!──」


 吠えるのは、スピュート。

 砕けゆくのは、鉄製の槍。

 衝突する槍の刃などものともせず、黒鉄の拳は真っ直ぐスピュートの鎧、フクロウの刻印を殴りつける。

 再び、スピュートの身体を家の中に押し返した。


「オイ、嘘だろ、スピュートさんの槍を砕きやがったぞ」


 壁の崩れた住居で行われる戦闘。

 ギルド員の一人がそう驚きの声を上げると、ヴィンドは自分に注意を向けるように仕込み杖を軽く横に振った。


「こちらとしては誤解されたままの無駄な戦闘は避けたいのです。これ以上大きな被害になる前に、ギルドの方には引いて頂きたいのですが?」


「避けたいとは言うが引かなければ武力行使も辞さないと。脅しか、ジイサン?」


「こちらもただ好き勝手にやられる訳にはいきませんからな」


 腰に下げた鉄製の剣に手を添えたままもう一人のギルド員は考え込むように頷いた。

 スピュートはギルド・アルペッツステーレが契約する傭兵の中でもやり手の傭兵だ。

 旅の途中で寄った旅人たちなら保身に避ける厄介な魔物退治の依頼も、率先し簡単に解決してしまうほどの実力の持ち主である。

 その実力の持ち主である槍使いの攻撃は弾かれ、自慢の鉄槍も砕け散った。

 ギルド員二人の前に立ちはだかる老人の威圧から察する力量も、壁の崩れた住居からは程遠い位置から弓を放つ男の実力も計り知れない。

 人数的には三対三であるが、スピュートにも実力が程届かないギルド員二名を数に入れるには無理がある。


 ここは退くべきか、そうギルド員の男が鉄製の剣に添えた手を離した時、立ち並ぶ住居の影から一人の女性が現れた。


「ちょっと待って、ギルドの人。この襲撃の犯人一味は間違いなくそいつらよ」


 砂埃で汚れたマントに身を覆い、細身で長身、腰まで伸びた金髪をなびかせる女性。

 艶のある声が、襲撃された喧騒の街中でハッキリと通った。


「・・・・・・誰だ、アンタは?」


 ギルド員の一人は鉄製の剣に再び手を添えて、突如現れた女性に向かい警戒する。


「魔に飲み込まれた北の大国──ソルから逃げ延びた者と言えば大体の事情は察してくれるかしら?」


 艶のある声の女性は、両手を広げて見せて武器は持っていないとギルド員に示す。


「ソル、ですと?」


 ギルド員より早くヴィンドがその国名に反応する。


「ソルの人間じゃないと知らないと思うのだけど、そこのお爺さん、知る人ぞ知るってお爺さんでね。それにそのお爺さんが仕えてる人物も──」


 ヴィンドが女性の言わんとすることに勘づくと同時に、艶のある声の女性はヴィンドに向けてウィンクを送る。


「──北の大国ソルを魔素漬けへと陥れた第一王子、ノールって名前の青い甲冑の騎士がこの街にやって来てるわ。この魔狼騒動も彼が引き起こしてる、間違いないわね。彼らはその一行なのよ、ギルドの人。今すぐ捕まえないと、街が危険だわ」


 ソルという国名が今どれほどの危険性を孕むのかギルド員の男たちは理解していた。

 突然現れた女性の言葉に軽々と従うつもりは無かったが、女性の告発が終わるや聞こえるのは街を襲う魔狼の咆哮。

 デトハーが北の大国のように魔素に飲み込まれるなどあってはならない。

 街を守り続けてきたギルド員達はその使命に、非力だとわかっていても、確信の無い可能性の話だとしても、己が持つ武器を構えざるを得なくなった。


 立ちはだかるヴィンドに武器を構えたギルド員の二人を見て、艶のある女性は口角を上げて微笑むと建物の影へと姿を消した。

 代わりに魔狼が数体、戦う武志達、対峙するヴィンド達を取り囲むように影から現れた。

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