21 突き進む者と振り抜く拳

 振り落とされた鉄の槍の矛先が、武志の顔を覆う魔素に弾かれる。

 チィッ、と舌打ちをしてスピュートが槍を引こうとしたところに武志はそれを追いかけ腕を伸ばすが、瞬時にスピュートは後ろに跳ねて距離を取った。


「その硬さ、貫くにはもっと速さが必要だな」


 スピュートはそう言うと、指の動きで手に持つ槍をクルクルと縦に回転させる。

 速さ、という言葉に合わせてかクルクルと回る槍の回転も徐々に速度を増していく。


「オレは速さを増す為に魔素を使ってる。テメェは硬さの為に魔素を使ってるんだろ? 硬いだけのヤツなんざ、オレの速さがぶっちぎってやるよ!!」


 槍の回転が最高速に到達したところで、スピュートは再び捉えられない速度で武志との距離を詰めた。

 ようやく上半身を起こせた武志にとって、顔を上げたら再びスピュートが眼前に現れた形になった。

 顔面への槍の一撃を魔素の外装が弾いたとしても、ぶつかった衝撃は脳を揺らしていてグラグラとする感覚が武志に吐き気となって襲いかかっていた。

 いつまでも防戦一方ではいられない、魔素の外装が何処まで貫かれずに保つのか保証するものは無い。

 それにここまで対峙してきた相手との戦いを思い返すと、魔素の外装の耐久力は自信が持てるほど頼れるものでは無かった。

 頼れるものでは無いが、スピュートの速さに反応しきれないままの武志は迫る槍の一撃に対して魔素の外装の耐久力に願う他無かった。


 住居の崩れた壁の瓦礫の上で上半身だけを起こして座ったままの武志に、スピュートはまるでボディブローを狙う低い軌道で槍を突き出した。

 狙うは再び、頭部。

 必殺を狙う一突き。

 武志がその突きを防ぐ為に両腕を構える隙すら許さない、高速の一突き。

 その矛先が自動反応で形成された魔素の外装に当たる──直前、真っ直ぐと伸びたその軌道が不自然に横に逸れて外れる。


 苦痛の声を漏らしながらスピュートが家の中に転げるように跳ね除ける。

 スピュートの背中、獣皮の鎧に魔素で形成された矢が突き刺さっている。


「タケシ君、無事かっ!?」


 通りにやってきたアースカの声が聞こえ、武志はグラグラとする頭を押さえながら立ち上がり、家の中から外へとふらつきながら出ていく。

 家の中にいるだろうスピュートが追いかけてこない辺り、アースカの矢がダメージとしてしっかりくい込んでいるのか、後方からの敵の攻撃に警戒しているのか。

 警戒しているのは通りにいるギルド員の二人もだったが、そちらはヴィンドが二人の前に立ち塞がっていた。


「何か、誤解があるようで。狼の襲撃がまだ治まってない状況で無用な戦闘は避けたいのですが?」


 刃を抜かず、ヴィンドはただ杖を構えてギルド員の二人を威圧する。


「そ、その怪しい服装の男が門近くの空き家への放火の首謀者ではないかと疑いがかかっている!」


 ギルド員の一人がヴィンドの圧に怯えながら、そう答えた。

 フクロウの刻印がある獣皮の鎧を着ているものの、武装として持つモノは腰にぶら下げた小さなナイフだけで、傭兵とは違い消火へと動いていたようだ。


「ふむ、それは。そこにいるタケシ殿は放火が起きたとされるだろう時には宿屋にいましたよ。ここにいる我々の証言では信用ならないとしても、宿屋の主人も彼のことは見ているでしょう。タケシ殿が放火したなど、間違った情報なのでは?」


「いや、この襲撃の規模を考えるに単独犯とは考えられない。そう考えると、その男自身が放火したのではなく指示していた可能性もあるわけで。何にしろ、疑わしい者を野放しには出来ないのだよ、ギルドとしても」


 怯えるギルド員とは違い、その横に立つもう一人のギルド員は毅然とした態度で答える。

 腰には鉄製の剣をぶら下げていて、構えるヴィンドに対して警戒するように手を添えている。


「しかし・・・・・・」


 警戒してる意志を見せるギルド員の男は、けれど、そう言葉を漏らすと申し訳なさそうに眉をひそめた。


「・・・・・・ギルド我々としても、あの男を連行するだけのつもりだったのだが」


 ギルド員の男がヴィンドの後方に視線を向ける。

 その視線の先にあるのは、崩れた住居の壁と、壁に手をつき持たれかける武志、そして、立ち上がり槍を構えるスピュート。


「連行だぁっ? オレの背中に矢を突き刺したヤツがいんだぞぉ。最早、黒だろ、真っ黒だろぉ!! 判断が遅いんだよォ、連行なんてよォ!!!」


 怒鳴るとほぼ同時にスピュートは駆け出した。

 ようやく自分の家の一階で何が起こってるか様子を見に来た家主の悲鳴が、その前のめりに駆けるスピュートの背中を押しているようであった。


 目で捉えれるスピードだ。

 振り向きざま武志は迫るスピュートを見て、そう思った。

 理由はわからないが、二度起きた捉えられない距離の詰められ方をされていない。

 それが、判断材料として十分だった。


 振り向きざま武志は迫るスピュートを見て、身体にまとわりつく魔素に意識を集中していた。

 自動反応では無い、武志自身の意思で身体を覆う外装が形成されていく。


 振り向きながら武志は右腕を振りかぶった。


「遅せぇよ!!」


 迎撃に振られるパンチなど、速度で突撃するスピュートにとっては幾度と見てきた避けれるものであった。

 駆けたまま避けて懐に入り込み槍を突き刺す、何度と相手を仕留めてきた自慢の速度だ。


 空気の壁を殴り貫いていく拳、その先端から魔素の外装が形成されまとわりついていく。

 猛スピードで突っ込んでくるスピュートに対して、その迫る眼前に置くように振り抜く武志のストレート。


「変身っ!!」


 自分の速度を過信し駆け抜けようとしたスピュートの顔面を、武志の黒鉄の拳が殴りつけた。

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