20 あらぬ疑いと鉄の槍

 宿屋から外に出た武志は、先に出ていったノール達の姿を探しながら周辺の様子を見回す。

 ノールとミュレットの姿は既に見てる範囲には無く、店舗と住居が入り交じって並ぶ東通りにはそこら中で狼の吠える声と悲鳴が飛び交っていた。

 建ち並ぶ建物から漏れる光を頼りに、とにかく近くにいる街の住民を助けるために武志は駆け出した。

 通りからいくつか建物を挟んだ先では、宿屋に飛び込んできた男の言うように火事が起きているらしく、その火の明るさが逆に建物の影を濃いものにしていて夜目が効くまで人影を探すのは困難になりそうだ。

 最近じゃ家の近くの山でもこんなに暗いことは無いな。

 日本の街灯の多さに思いを馳せつつ、武志は狼の吠える声がする方に掛けていく。

 視力が機能しないなら、聴力で。


「よぉ──」


 狼の咆哮に耳を傾けていると、聞き覚えのない男の声が聞こえ、武志が振り向くより早く、横腹に鋭利な一撃がぶつかった。

 眼前に、逆立った銀髪の男。

 横腹に、突き刺される鉄の槍。

 衝撃に、住居の壁に押しつけられる。


「ここらじゃ見かけない怪しい服装の男ってのは、テメェか小僧?」


 トサカの様に逆立った銀髪を揺らし男は突き刺した槍に力を込める。

 問答をしようと言うのに、答えさせる考えは無いようだ。

 武志が押しつけられた住居の壁がミシミシと音をたて始めた。


「な、に・・・・・・すんだよっ!!」


 眼前の男の顔をめがけて、武志は左手を振りかぶった。

 銀髪の男はそれを避けて、後ろへと跳ねた。


「魔素で鎧みたいに攻撃を防いだってのか? 気持ち悪い使い方するな、テメェ」


 槍で刺された横腹に魔素が外装として集まっていた。

 銀髪の男は吊り上げられた細い目で鋭くその外装を睨みつけた。

 武志の意志とは関係なく、自動の防衛反応。

 貫かれなかったとしても、槍がぶつかった衝撃が武志の呼吸を乱していた。


「ちょ、ちょっと、スピュートさん! そいつはまだ疑いがかかってるって話で──」


 スピュートと呼ばれた銀髪の男の後方に二人の男が駆けつけてきた。

 息も絶え絶えに身体を曲げて、膝に手をやり呼吸を整える。

 二人の男もスピュートと呼ばれた銀髪の男もよく似た獣皮の鎧を着用していて、その胸部分にはフクロウの刻印がしてあった。


「あ? ああ、疑わしきは罰しろって言うじゃねぇか。疑われるような怪しい服装してるヤツが悪い」


 スピュートは右手に持つ鉄の槍をくるりと回転させて、その矛先を武志へと向ける。

 もう一度刺してやる、という宣言。


「そんな、言葉、俺の住んでた国じゃ、聞かなかったよ」


 食らった衝撃は大きく、呼吸はまだ乱れたままだ。

 武志は壁を後ろ手で押して背中を離すと、両腕を眼前に構えた。

 何が何だかわからないが、わからないまま槍に突き刺されるなんて真っ平ごめんだ。


「そうか、外の国から来たってのか。この街を燃やしによぉ!!」


 踏み込む、などという予備動作の無いスピュートの動き。

 僅かに身体が前に倒れかけたかと見えた瞬間、離れた距離を見えぬ速度で詰めて槍を突き出していた。

 心臓めがけ、高速の刺突。

 反応出来ない武志を身体にまとわりつく魔素が自動反応で防衛する。

 鉄の槍と魔素の外装がぶつかり、金属同士が衝突したような甲高い音が夜の街に響いた。


「また防ぐか? だが、テメェには速さが圧倒的に足りてねぇ!!」


 吠えるスピュートは二手、三手と次々と槍を突き出す。

 引手の隙など一瞬でしかなく、その高速の攻撃に反応しきれていない武志には反撃の間を許されない。

 自動反応で防衛する魔素のおかげで耐えられているが、ぶつかった強い衝撃自体は武志の身体に直接ダメージを与えていた。


「そらそらそらそらっ!! いくら防ごうが、この速さが、テメェを貫くぜぇぇ!!」


 魔素の外装に弾かれようと手を緩めず繰り出される、スピュートの槍撃。

 四、五、六・・・・・・数えるなど追いつくはずもない高速の刺突。

 甲高い金属音がキィンキィンと鳴り続け、武志の身体は再び住居の壁に押しつけられる。

 速度を増していく金属音。

 そこに混じるミシミシという音。


「ちょ、ちょっと、スピュートさんっ!! アンタ、そんなにやったら壁が──」


 スピュートの後方にいる男の一人がそう声を上げると、それを合図に住居の壁に限界が来た。

 ミシッと特別大きな音を立て、壁が崩れ、武志は家の中に倒れ込んだ。


 やりやがった、と頭を抱える後方の男たち。


「速さは足りねぇが、硬ぇなテメェ。こいつは手こずりそうで、何よりだ」


 仰向けに倒れる武志を跨いで、見下ろすように立つスピュート。

 八重歯が目立つ口角を吊り上げて、ニヤリと笑う。

 槍を持つ手を逆手に変え、武志の顔面目掛けて振り落とした。

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