6 咆哮と飛翔

 咆哮する緑龍。

 大気を震わせ、武志達に重圧プレッシャーを押しつける。

 吹っ飛ばされまいと反射的に硬直する筋肉が、反動を鎖のように邪魔をする。

 荒れた村の地に杭打たれたように張り付けられた身体へ、ドラゴンの右前足がゆっくりと襲いかかる。

 空を、ゆっくりと薙ぐ。

 鋭利な爪に引き裂かれた層と巨大な足に押し出された層、二つの空気の層が出来上がり斑な風圧が刃物のように武志達の肌を撫でる。


「グゥッ!・・・・・・」


 魔素による外装、黒鉄の鎧をものともしない抉り取っていく風の刃。

 鎧の内、素肌を斬りつけていき血飛沫が咆哮に飛ばされる。


「二人共、大丈夫か!?」


 ミュレットとアースカの前にはノールが立っていて、その大剣と甲冑で守る盾となっていた。


「もぉノール! なんで王子が盾役やるのよ!!」


「こっちは魔素が使えるんだ、自分の身ぐらい自分で守るさ。こっちに構うな、突っ込めノール王子」


 背中に抗議をぶつけられ苦い顔をするノール。

 以前にも同じように抗議されたが、身体が自然と動いてしまうのだから仕方ない。

 しかし突っ込めと言われたのなら、遠慮なく突っ込むべきだなと、ノールは切り換えた。


 即座に動き出すノール。

 大剣を軽々と肩に担ぎ、鳴り響く咆哮の中、前へと走り出す。


「この咆哮の中、動けるのかよ・・・・・・」


 武志の足は、相変わらず縫いつけられたように地を離れない。

 その身が飛ばされないよう、崩されないよう、身体中の筋肉が踏ん張っているのがわかる。

 しかしそれは、意思とは無関係な形であり、まるで自分の身体が別の意思によって動かされてるような錯覚に陥る。

 頭と口だけが動く中、武志はアースカの言葉を思い出す。

 ──魔素を使う。

 自分の身を守るため魔素を使うのが、打開策か。

 ただ纏うだけが使い道じゃないはずだ。


 先制の一撃を斬りつけたヴィンドは、咆哮の影響を受けぬよう更に奥、ドラゴンの腹の下へと駆けていた。

 ノールが動き出したのを確認すると、腹を突き上げるように仕込み刀を振り上げた。

 皮膚は硬く、刃を弾く。

 ヴィンドは眉を上げ、振り返りノールに視線を送る。


 ノールは視線を合わせると頷き、ゆっくりと空を薙ぐドラゴンの右前足に、大剣を振りかぶりぶつけた。

 前足と大剣の鍔迫り合い。


 二層に重なる風の刃が止み、ミュレットとアースカも動き始めた。

 左右に散る二人。

 ドラゴンが咆哮上げる大きな口の真っ正面に向けて動いたミュレットは、杖をクルンと回転させて炎を作り出しドラゴンの口へと放り込む。


 ミュレットとは逆、ドラゴンが振り上げた右前足の影、ドラゴンの死角に動き出したアースカはドラゴンの大きな瞳めがけて弓を引く。


 ミュレットの炎が口へと放り込まれ、ドラゴンは咆哮することを止めた。

 ようやっと重圧から解放され、武志も動き出せるようになる。


 アースカの放つ矢が、ドラゴンの大きな瞳に当たったが突き刺さることなく、何事もなかったかのように弾かれた。


「まだ、突き刺すには力不足か」


 冷静に呟くとアースカは、ノールの邪魔にならないように後方へと距離を取る。

 それを確認してノールは背筋に力を込めて、ドラゴンの右前足を押し返した。


「ヴィンド爺!」


「承知!」


 体勢を崩すドラゴンに押し潰されないよう、腹の下から飛び跳ね逃れるヴィンド。


 ドラゴンは右前足を押し返されると、その動きを利用してその巨体を水平に捻った。

 長い長い胴体が地を擦り、土煙を巻き起こし、そして大木のように太い尻尾が鞭のようにしなりながら辺りを払う。

 前足の動きとは見違える機敏な払い。

 反応しきれずノールの身体を払い飛ばす。


 尻尾はしなやかに元の位置へと引き戻され、ドラゴンは次の攻撃へと速やかに移行する。

 再び開かれた大きな口、中に見える業火。

 放り込まれた炎をも吸収し、一つとなりて吐き出される火炎放射。

 尻尾で弾き飛ばし、瓦礫へと打ち付けたノールへの追撃。


「ノールっ!」


 上空高くへと飛び上がっていた武志が、ノールを呼び起こす。


「構うなっ、行けっ!!」


 村の住居であったであろう瓦礫の上、横たわるノール。

 ぶつけられた衝撃は、ノールの右半身を麻痺させていた。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ドラゴンへと飛びかかる武志の咆哮。

 武志の身体の何倍もある巨大な顔面へと、ジャンピングパンチ。

 緑龍の硬い鱗、その皮膚を、強い打撃が歪ませた。

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